4.団結

先遣隊が無事に帰ってきたのは、

それから2時間を少し過ぎた頃だった。


「本当に…いるんだ……。」


彼らが持ち帰ったのは

ゴブリンか何かの腕のようだ。

濃い緑の肌、鋭い爪、青い血。

間違いなく人間のそれではなく、

彼らの顔に滲む疲労は本物だ。

この瞬間、クラス全員が理解する。

ここは本当に異世界なのだと。


「皆様、お食事をお持ち致しました。」


現実を突きつけられ、

やっとそれを受け入れようと

努力している者がいる中、

美味しそうな匂いと共に扉が開かれた。

腹が減っては何とやら。

色々と考えるのはとりあえず後にして、

腹を満たすことを優先した。

見たことも聞いたこともない料理や食材に

若干の抵抗を感じていたが、

味は凛太郎たちの口にもよく合った。

腹を満たし、また一同が集まると、

杉森が一番に声を発した。


「わざわざ言うことでもないと思ったけど、

クラス委員として、先遣隊のリーダーとして、

まず最初に言っておくよ。

…ここは異世界だ。俺たちのいた世界とは

何もかもが違う世界だ。

出てくる料理は見たことがないし、

剣だって鎧だって当たり前にあるし、

外に出れば獣人やモンスターがいる。

ここは異世界で間違いなくて、

俺たちは魔王を倒すための勇者として

この国に召喚された。

夢でもドッキリでもなく、現実だ。」


こうして言葉にされると、

目で見た光景や体験したことが

より現実味を増して聞こえてくる。

腹を満たして時間も過ぎると、

それはもう疑いようのない悪夢のように

現実としてまとわりついてくる。


「外に出てモンスターと戦った俺が

正直に言うと…すごく怖かった。

相手を殺さなければ自分や仲間が殺される。

ここはそれが当たり前の世界で、

どうしようもなく怖かった。

剣を握る手は震えたし、

あのモンスターの断末魔だって

今も頭に響いてる。」


杉森はそこで一度息を整える。

心を落ち着かせるように、

みんなを不安にさせないように。

誰も何も言わず、彼の言葉を待った。


「だからあえて言うよ。

戦うのが怖い人はここに残って、

少しの勇気を絞り出せる人だけで

魔王を倒す旅に出るべきだと思う。」


それが杉森の結論であり、

先遣隊の総意でもあるのだろう。

戦うのが怖い者を無理に外へ出しても、

何もできずに死ぬだけだ。

いくらこの世界のためとは言っても、

所詮彼らは違う世界の住人。

命を懸けて守る義理も理由もないのだ。

血も涙もない判断だと罵られても、

杉森はクラスの人間を案じた。

彼のその勇気に、凛太郎は拍手を送りたい。

だが、凛太郎とは違う考えを持つ者もいる。


「杉森さ、もし仮にここにいる奴が全員、

戦いたくないって言ったらどうするんだ?」


「そ、そうなった時は俺が……。」


「お前が一人で魔王を倒すってか?

一人で全部片付けさせてくれってか?

ただ拒否権もなく巻き込まれただけなのに?

この世界が危険だと分かっていながら?

死ぬかもしれないって分かっていながら?

おいおい、そりゃ無理があるだろ。」


有り得る話だ。

外が怖いものであると力説したのは

他でもない杉森だ。

彼の言葉のせいで恐怖を覚えたのなら、

その責任を負うべきなのは杉森自身。

人一倍正義感と責任感の強い杉森だ。

クラス委員に選ばれたのだって、

杉森のそういった性格があってのことだ。

困った人がいれば放っておけないし、

真っ先に矢面に立とうとする。

この世界に召喚されたのだって

決して杉森に落ち度はないのに、

誰かが責任を負うべきだと思ったら

いの一番に名乗りをあげる。

それが杉森という人間である。

そしてそんなことは、

わざわざ言わなくてもみんな知っている。


「…俺も行くぜ。魔王を倒しに。

お前一人には任せられねぇからな。」


だから、そんな杉森を支えるために

これまでもみんなで団結し合ってきた。

決して杉森を孤立させたりしない。

みんなで困難に立ち向かう。

杉森の横に、まず一人並び立つ。


「浦野…いいのか?」


「今更水臭いこと言うなって。

俺たち仲間だろ?」


「浦野……!」


漢同士の熱い友情。

杉森の瞳に薄らと涙が浮かぶ。

だが、それだけでは終わらない。

このクラスには36人もいるのだ。


「私も戦うわ。」


「か、柑凪さんまで…!?」


同じクラス委員として、

柑凪は杉森の横に並び続けてきた。

二人は一年生の時も同じクラスであり、

彼のことを一番近くで

支えてきたと言っても過言ではない。

だからこそ、危険を顧みない彼を

安全な場所へ引き返させるのは彼女が適任だろう。


「俺も行く。」


「俺だってついていくぜ。」


「こういう時に俺様を頼らずに、

いつ頼ってくれるんだって話だ。」


「男子ばっかりズルいわよ。

私も連れて行きなさいよね。」


「わ、私も!」


次々と名乗りをあげていく。

この団結力。この勢い。

学校の中でも特にクラス単位の

成績が高いこのクラスの強みだ。

長縄飛びをさせたって、

ドッチボールをさせたって、

いつだって高い成績を残している。


「絶対、俺たちでやり遂げよう!」


「「「「おう!」」」」


結果、クラス36人全員と先生が

魔王を倒す旅に出ることに決まった。


「皆様…ありがとうございます。」


全員の決意が固まったことを

アイズに報告しに行くと、

すぐに旅に出られるように

剣や槍、盾、弓、杖などの

武器の他にも様々な装備が用意された。

道具の善し悪しなんて

素人の彼らには分からないが、

派手な装飾や重厚感を見るに、

おそらくどれも相当に高価な代物だ。

たくさん並んだアイテムを前にして、

真っ先に杖を手に持つ者や

弓道部だからと弓を取る者など

その反応は様々であるが、

先遣隊の経験を踏まえ、

自分のステータスやユニークスキルを

できるだけ活かせる職種について

武器を選ぶことになった。

その結果、凛太郎は速さを重視した

短剣を手を取ることになり、

『暗殺者』としてそれに応じた編成に組まれる。


「よろしくね、木瀬君。」


「あぁ、よろしく頼む。」


「よーし、第一班はこれで揃ったな。」


凛太郎が組まれたのは第一班。

大剣使いの剣士杉森をリーダーとし、

機動力のある凛太郎、回復役の神官柑凪、

魔法使いの杏沢あんずさわと寺門、守り手の浦野。

クラスが36人なので、

6人ずつでちょうど6つの班を作れた。

せっかくみんなで団結したのだから

全員で移動するという案も出たが、

旅をする中では大人数よりも

少人数の方が利があるということで、

男女の割合も見ながら分けられた。


「じゃあくじ引きの通り、

俺たち第一班はここから東にある

グーワの街に向かおうと思う。」


6つの班全てが同じ方向に向かうと

混雑してしまうので、

ガートム王国から東、西、北の

3方向と更に分岐のルート6つに

バラバラに向かうことになった。

なんでもアイズの話では、

魔王に挑むには最低でもレベルを50くらいまで

上げなくてはならないようで、

各地でレベル上げと経験を積むために

適した地域を選んでくれた。

武器や装備も用意してくれたので、

アイズには本当に世話になった。

魔王を倒してくれという願いのためなのだから

それくらいはしてもらわないと割に合わないが。


「じゃあみんな、また会う日まで!」


6つに分かれたクラスメイトたち。

彼らが再び会うことができるのは

果たしていつになるだろうか。

いや、それよりもきちんとみんなで

再会することができるだろうか。

誰かの訃報を聞くことにならないだろうか。

お互いにそんな不安を心の奥に押し込んで、

笑顔で各地へと旅立っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る