6.人攫いの拠点

この世界にいる人間と

異世界から来た凛太郎たちのステータスは

本当に次元が違うようだった。

凛太郎が気絶させた男と

吹っ飛んでいった男を除いた残り8人は、

杉森たった一人にボコボコにされたのだ。

わざわざ高価な武器を抜くまでもなく、

拳一つで彼らを制圧してしまった。


「ひぃぃっ!い、命だけは!

命だけは取らないでくださいぃっ!」


最初に自分を商人だと言ってきた男も

当然ながら彼らの仲間であった。

目の前で起こったただの蹂躙に

完全に腰を抜かしてしまったようだ。

地面に額をこすりつけて懇願している。


「人を攫おうとした立場で命乞いか?

自分がされたら嫌なことは

人にやったらいけないって、

ママとパパに教わらなかったのか?あぁん?」


「ひぃぃっ!お許しをっ!」


こういう時、相手に威圧的な態度ができる

浦野が少しだけ羨ましいと思う。

ただでさえ他人と話すのが苦手なのに、

相手によって態度を変えるだなんてことは

凛太郎には決してできないことだ。


「木瀬君大丈夫?ケガとかしてない?」


浦野を中心に男を囲んでいる外で

柑凪は凛太郎に駆け寄った。

心配そうな顔で凛太郎へ近づき、

ケガの有無を確認するように

凛太郎の体のあちこちを触ってくる。

それが少しこそばゆかったが、

凛太郎は抵抗したりしなかった。

そして、彼女の心配は杞憂に終わる。

直前まで乗っていた屋根が

吹き飛んだのには驚いたが、

その時凛太郎はそこにいなかったのだから。


「大丈夫だ。問題ない。

俺のことよりも柑凪たちは大丈夫だったのか?

睡眠薬でも盛られたように見えたが。」


転がっていた怪しげな瓶と

浦野が噴いていた泡。

ただ事ではない何があったはずだ。

その問いに柑凪は笑って答える。


「うん。盛られたよ。

飲んだらホンの数秒で眠っちゃうような

強烈な睡眠薬だった。」


涼しい顔で何を言っているのかと、

凛太郎は柑凪の正気を疑った。

睡眠薬を飲んだせいで頭が

おかしくなってしまったのだろうか。

だとしたら彼女は早く自分の魔法で

回復をするべきだ。

凛太郎が怪訝そうな表情を浮かべて

柑凪に何をどう言うべきか考えていると、

凛太郎の心を読み取ったように

その場でくるりと回って言った。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

私も他のみんなも、私のユニークスキルで

状態異常を無効化したから。

眠ってたのも浦野君が泡を出してたのも、

あの人たちを退治するための演技だったの。」


状態異常の無効化とは、

随分と使い勝手のいいユニークスキルだ。

数秒で眠ってしまうような薬を

無効化できる程なのだから、

相当に効果の高いスキルなのだろう。

旅の中では状態異常を撒いてくるような

モンスターにも出会うだろうし、

これからかなり助けられそうだ。


「そうか…。俺が何もしなくても

柑凪たちは無事だったのか。」


やれやれ、無駄に出しゃばってしまったか。

柑凪たちがピンチだと思って

やる気全開で飛び降りたのだが、

薬を無効化するばかりか

寝たフリをして敵をおびき出し、

見事に返り討ちにしてしまうなんて。

張り切ったこちらが恥ずかしいではないか。


「ううん!そんなことないよ!

もし私たちが失敗しても

木瀬君が守ってくれるって信じてたから

思いきったことができたんだし……。」


「そうか…。」


褒められている気はしないが、

感謝されていることは分かった。

自分の存在が誰かの役に立ったと思うと

心がザワついて気恥ずかしいが、

これが仲間というものなのだろう。

凛太郎は心の中で柑凪に感謝した。


「みんな、俺の話を聞いてくれ。」


杉森の声に集められると、

どうやら人攫いたちの拠点が

すぐ近くの森の中にあるようで、

まだそこに囚われている人たちを

助けたいと提案してきた。

彼らの拠点には今まで彼らが貯めた

お金やアイテムもあるらしく、

これからの旅に使いたいそうだ。

相手が悪人とはいえ

財産を取り上げるのは少々気が引けるが、

自分たちが世界を救う勇者として

活躍する糧になるのなら、

そのお金も綺麗になるだろう。

第一班全員の合意がなった後、

薬入りの瓶を証拠品として

気絶させた彼らに罪人の札をつけて拘束。

道のよく見えるところへ転がしておいた。


「そ、それでは参りましょうか……。」


男の案内で彼らの拠点を目指すこと数分。

深い森の中へ入ってきたかと思えば、

目の前に現れたのは黒い扉だった。


「ここが俺たちの拠点です。」


なるほど。確かにここは人目がない。

悪人が拠点にするには

もってこいの場所であろう。

男が重い扉を開けて中へ入ると、

杉森たちもその中へ足を踏み入れる。

あまり幅が広くないので

一人ずつ順番に男の後へ続き、

最後尾には凛太郎がいた。

凛太郎の背中で扉が閉じて

外からの光を遮断したが、

中は不思議と暗くならなかった。

よく見ると壁や地面のあちこちに

光る石のような物が埋まっており、

それが光源となっているようだ。

しかし、視界が完全に確保できているとは

言えない程には暗い場所である。


「おい、その辺で光ってる石はなんだ?」


珍しい場所と光景を前に

杉森たちは興味を示しており、

しばらく歩いた頃に浦野が男へ聞いた。

だが、男は返事をしない。


「おい、聞いてんのか!……って、

あれ、あいつどこ行ったんだ?」


「え?」


男の真後ろを歩いていたのは浦野だ。

すぐ近くには杉森もいた。

なのに、男がいなくなったことに

気づくことができなかった。

すぐに周囲を見渡してみるが、

男の姿はどこにもない。


「見失った…?いや、この胸騒ぎは……。」


胸騒ぎは凛太郎も感じていた。

森の奥の異様な道。

暗い場所で消えた男。

そして、後方から迫る音。

凛太郎が後ろへ視線をやると、

道幅と同じくらいの丸い岩が

転がってくるのが見えた。


「走れっ!罠だ!」


洞窟探検に欠かせない罠。

逃げ場はない。

ただひたすらに前へ走るだけだ。

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