71日目~80日目
71日目
夢を見た。寮の廊下を歩いている。壁に貼られた掲示が波打ち、文字が溶けて水になる。目が覚めると、床に同じ形の染みができていた。手のひらを当てると、体の内側まで冷える。外の光がどこからも入らない。時計が止まったまま。今日も風呂は長め。
72日目
朝か夜かわからない。窓の外は灰色。霧が厚く、空の境界がない。水音が遠くから続いている。机の上のノートが湿って波打ち、紙の繊維が指に残る。書いてもすぐ滲む。天井の隙間から一筋の水が垂れて、文字を消していく。今日も風呂は長め。
73日目
講義棟に行った。入口のガラス扉に自分が映る。肩の位置に水の輪。手を伸ばすと、中の僕も同じ動きをした。ガラス越しに触れた瞬間、向こうの水がこちらに落ちた。袖口が濡れて重い。誰もいない教室。机の上のノートが、昨日の僕の字で埋まっている。今日も風呂は長め。
74日目
眠れなかった。天井から落ちる水滴の音が、呼吸と同じ間隔で続く。数を数えるうちに、自分の息がその音に合わせて変わっていく。止めようとしたら、胸が痛くなった。壁の染みが増えて、僕の肩の形をしている。触ると手が沈む。今日も風呂は長め。
75日目
朝、靴が見つからない。代わりに床に濡れた足跡があった。大きさが少し違う。裸足で歩くと、廊下がぬるい。水たまりのように柔らかい。窓を開けようとしたが、外には何もなかった。白いだけ。遠くで水が泡立つ音。今日も風呂は長め。
76日目
部屋の電気を点けても明るくならない。スイッチの音だけが空気に吸われる。鏡を見た。映っている僕が瞬きをしない。唇が動いている。何かを言おうとしている。声は聞こえない。鏡の内側に水滴が流れ落ちた。今日も風呂は長め。
77日目
ノートの紙が一枚、勝手に剥がれて床に落ちた。拾うと、裏に「おかえり」と書かれていた。筆跡は僕のものに似ている。インクがにじみ、文字が崩れて水の筋になる。ページを戻すと、他の文字も少しずつ消えていく。音がないのに耳の奥が痛い。今日も風呂は長め。
78日目
夢の中で廊下を歩いた。床の水が鏡のように光り、天井が映っている。そこに僕ともう一人が立っていた。片方の顔がない。目が合うと、上下が反転して世界が静まった。目を覚ましても同じ姿勢で立っていた気がする。足元が濡れていた。今日も風呂は長め。
79日目
寮の外に出ようとした。扉の向こうが真っ白で、足を踏み出すと沈む感覚。地面ではなく、水面のよう。引き返そうとしたら背中が重くなった。何かが肩に手を置いた気配。振り向くと、霧の中で黒い影がゆっくりと首を傾けた。今日も風呂は長め。
80日目
目覚めたら、ノートの最初のページが開かれていた。インクが薄くなっている。書き始めの日付が、今日になっていた。紙の間から水が滲み出て、机の上に広がる。掌を当てると鼓動のように脈打つ。遠くで水があふれる音がした。今日も風呂は長め。
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