61日目~70日目
61日目
朝、部屋のドアが勝手に開いていた。風はない。廊下を覗くと誰もいない。床の水跡だけがまっすぐに続いている。追っていくと階段の途中で途切れていた。上の階は暗く、部屋の番号がすべて剥がれている。どこも同じ扉。帰ろうとしても、下りの階段が見つからなかった。今日も風呂は長め。
62日目
食堂へ行くと、机と椅子が積み上がっていた。床が濡れていて、天井の蛍光灯がそこに映っている。電気のちらつきが水面みたいに揺れている。トレーを取ろうとしたが、手に取る前に落ちた。音はしなかった。廊下に戻ると、靴底が貼りつくように重い。今日も風呂は長め。
63日目
講義棟の掲示がすべて白紙になっていた。紙は濡れて波打っている。指で触れると、文字の跡のような溝だけが残っていた。誰かが消したのだろうか。教室の窓の外は白い霧。何も見えない。壁の時計は針が逆に回っていた。目を閉じると水の音が近づく。今日も風呂は長め。
64日目
夜、寮の非常階段に出た。金属が冷たく湿っている。下を覗くと暗闇の中に光が一つ。蛍光灯ではない。水面の反射のように揺れていた。足音を立てると光がゆらいで、少しだけ上がってきた気がした。息が白くなる。気温は高いのに。今日も風呂は長め。
65日目
目を覚ますと、天井の染みが広がっていた。部屋全体がしんとしている。外の音が一つも聞こえない。時計も止まったまま。机の上のノートに、昨日書いた文字が薄くなっている。代わりに、水の跡で別の線が浮かび上がっていた。曲がりくねった線が、人の輪郭に見える。今日も風呂は長め。
66日目
昼、廊下の壁が白く剥がれている。湿気で紙のようにめくれて、下から古い塗装が見えた。そこに手の跡がいくつも並んでいる。濡れた掌を押しつけたような跡。僕の手と同じ大きさ。一つだけ指の数が足りない。夜、風呂場の排水溝から泡があがってきた。今日も風呂は長め。
67日目
窓の外の景色が少しずつ変わっている。昨日まで見えた校舎がない。代わりに低い建物の屋根が見える。空の色が薄く、雲の影が動かない。部屋の隅に立てかけた傘が濡れていた。使っていないのに。取っ手から水が滴る音がした。今日も風呂は長め。
68日目
朝、部屋のドアが開かない。押しても引いても動かない。ノブの金属がぬるりとしている。窓を開けようとしても固く閉ざされている。外の光は変わらず白い。天井から一滴、また一滴。ノートの上に落ちて、文字が滲んでいく。止めようとしても止まらない。今日も風呂は長め。
69日目
床が柔らかい。踏むと沈む感触がある。中から水音。壁の色が少しずつ濃くなっている。耳を澄ますと、遠くで水を流す音。一定のリズムで続く。頭の中にまで響く。誰かが呼んでいるように思えた。声ではなく、音の形で。今日も風呂は長め。
70日目
夜、廊下の先に光が滲んでいる。白く、冷たい。近づくと床が濡れていて、足跡がひとつ分。僕のものではない。奥の扉が開いている。覗くと浴室。湯気の代わりに霧。鏡が曇っていて、向こうに人の形があった。顔のない僕。目が合った気がした。今日も風呂は長め。
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