51日目~60日目
51日目
昼、バイトの面接へ行った。受付の女性は机を拭き続けていて、僕の履歴書を受け取らない。声をかけても反応がない。手を伸ばして置こうとした瞬間、紙の端が湿って透けた。彼女の袖口から水が垂れて床に落ちた。振り返ると受付には誰もいない。外に出ると空が暗くなっていた。今日も風呂は長め。
52日目
食堂が閉まっていた。ガラス戸に貼られた紙は日焼けして文字が薄い。仕方なくベンチでパンを食べた。噛む音だけが響く。向かいに置いたトレーの上に水滴が一つ。触ると冷たい。雲はないのに雨の匂いがした。寮に戻る途中、電柱の影が増えている。数を数えると一つ多い。今日も風呂は長め。
53日目
スマホの時計が動かない。バッテリーも減らない。講義に行こうとしたが、教室のドアが鍵で閉ざされていた。廊下の電灯がちらちらして、奥に濡れた床が見える。足跡が一列に続いていた。踏むと音がしない。靴の裏に水が残る。寮に戻ると、ドアの隙間から微かな水音。今日も風呂は長め。
54日目
夜、目を覚ますと、天井の角に黒い染みが浮かんでいた。目を閉じても消えない。耳の奥で水がこもる。壁の向こうで何かが動いている音。排水管の中を何かが這うような気配。止まってほしくて蛇口を開けた。水の音が重なって少しだけ静かになった。今日も風呂は長め。
55日目
朝、鏡を見ると自分の顔がぼやけていた。輪郭が曖昧で、目の位置がわからない。息を吹きかけると曇りが広がり、形が戻る。昼、校門の前で警備員を見かけた。声をかけたが、彼は同じ言葉を繰り返していた。「立入禁止です」。その口元が濡れて光っていた。今日も風呂は長め。
56日目
講義棟の階段を上がる途中で、誰かが先にドアを開けた。気配だけ残して足音がない。中に入ると教室が空っぽ。机の上にノートが一冊。開くと、見覚えのある文字。僕の書いた文と同じ。「今日も風呂は長め。」で終わっていた。背筋が冷えた。今日も風呂は長め。
57日目
夜、寮の外に出た。街灯がひとつも点いていない。校舎の窓だけが白く光っている。中に人の影が見える。手を振っているようだが、指が長すぎる。近づくと光が消えた。足元のコンクリートが湿って滑る。靴跡がすぐ消える。風がないのに葉の音がした。今日も風呂は長め。
58日目
朝の空気が重い。窓を開けても風が入らない。部屋の壁に黒い筋が伸びていた。指でなぞると湿っている。布巾で拭いても消えない。ノートのページが増えている気がする。数えたら、昨日より一枚多い。書いた覚えのない日付が挟まっていた。今日も風呂は長め。
59日目
洗面所の電球が切れている。暗い中で水を出すと、鏡が勝手に曇った。曇りの向こうから、人の肩の形が浮かんだ。顔はない。手を伸ばした瞬間、曇りが割れる音がした。鏡の中の水滴が外へ落ちて、足の甲が濡れた。部屋に戻ると、床が冷たい。今日も風呂は長め。
60日目
夕方、廊下の先に影が立っていた。濡れた髪が肩に張り付いている。顔は見えない。近づくと背を向けて歩き出し、立入禁止のテープの向こうへ消えた。テープが湿って透けている。向こう側から水音が響く。名前を呼ぼうとしたが、声が出なかった。今日も風呂は長め。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます