46日目~50日目

46日目


講義室で黒板の文字が薄くなった。教授の声が遠くで響いているように聞こえる。耳が詰まったような感覚。目をこすっても焦点が合わない。前の席の人の輪郭が少し透けて、椅子の背が見えた。瞬きのあとに戻った。ノートを閉じると、手の跡が水で残った。今日も風呂は長め。


47日目


夕方、空が暗い。まだ五時なのに。キャンパスの灯りが点いているのは一棟だけ。廊下の窓に自分の影が映る。背後にもう一人の影。肩が濡れている。その影が先に歩き出し、角を曲がって消えた。追いかけると誰もいない。床には水の跡が二つ分。今日も風呂は長め。


48日目


図書館の入口に貼り紙。「改装準備のため休館」。中の灯りがついているのに、扉が開かない。ガラスの奥で棚の間に人が立っている。動かない。外から声をかけても反応がない。背を向けた瞬間、ドアの内側に水滴が走った。夜、寮に戻ると部屋の鏡が曇っていた。今日も風呂は長め。


49日目


朝の廊下に足跡が並んでいた。濡れている。部屋の前で途切れている。誰かが来たのかもしれない。ドアの下から、わずかに冷たい空気が流れ込んでくる。息を吸うと胸が痛い。授業を休んだ。昼過ぎに目が覚めたら、机の上に水の輪が二つ。コップは置いていない。今日も風呂は長め。


50日目


大雨。窓が鳴る。外の景色がぼやけて、建物が溶けていくみたいだ。掲示板の「解体予定」の文字がにじんで読めない。寮の廊下を歩くと、壁に古い写真が貼ってあるのを見つけた。そこに映る建物は今の寮と同じ構造で、写真の日付は数年前。僕の部屋の番号もある。今日も風呂は長め。

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