26日目~30日目

26日目


昼のキャンパスがやけに静か。風も止まり、木の葉が揺れない。池の水面だけがかすかに動いていた。覗き込むと、自分の顔の横に誰かの肩が見えた。すぐに波紋で崩れた。午後、プリンターから出したレジュメが濡れていた。インクがにじんで、文字が読めない。紙を握る手に冷たい感触が残った。今日も風呂は長め。


27日目


寮の廊下で、天井から落ちる水滴が手の甲に当たった。見上げると染みがひとつ。昨日はなかった。管理人に知らせようとしたが、部屋の番号が思い出せない。掲示板にも名前が見つからない。夕方、部屋の壁に光の点が揺れていた。水面を通したようなゆらぎ。カーテンを閉めても残った。今日も風呂は長め。


28日目


午前の講義で、隣の席の学生が筆箱を落とした。拾って渡そうとしたら、空席だった。床に濡れた跡が一つ、そこから筆箱が滑り落ちた位置まで続いていた。教授はその席を見ないまま講義を進めていた。ノートに書いた自分の字が、昨日より細くなっている気がする。ペン先は同じ。今日も風呂は長め。


29日目


雨の朝。窓の外の景色がぼやけて、色が薄く見える。キャンパスまでの道で、電柱の根元に水が溜まり、そこに空ではない“白いもの”が映った。踏み越えると靴が冷たくなった。午後の図書館で、前の席に座った誰かの服から水滴が垂れた音。見ると誰もいない。机が濡れている。今日も風呂は長め。


30日目


夜、天井の水音が強くなった。ぽたぽた、ではなく、どこかを叩くような音。耳を塞ぐと心臓の鼓動と重なる。眠れずに机に座ると、ノートの隙間から水が染み出していた。手を触れると冷たい。ランプの光が歪んで、影が床を這う。止めようとページを閉じたが、裏面まで滲んでいる。今日も風呂は長め。

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