第7話 花火の夜、隣で笑う

――菜々


 空にひとつ、光の花が咲いた。

 どーんという音が胸の奥に響いて、提灯の灯りが一瞬消えたみたいに感じた。


「うわぁ……」


 私は思わず声を漏らした。

 すぐ横にいた潮が、氷を入れた発泡スチロールの箱に腰をかける。

 屋台の片づけも一段落して、ふたりで並んで花火を見るのは、たぶん初めてだ。


「やっぱ、祭りの最後はこれだな」

「うん。なんか、夏のごほうびって感じ」

「おまえ、祭りの間ずっと騒いでたろ。ごほうびもなにもないだろ」

「それとこれとは別!」

「別なんだ……」


 潮が笑った。

 その横顔が、花火の光に照らされて少しだけ赤くなる。

 なんでそんな顔するんだよ、って言いたいのに、

 喉の奥で言葉が引っかかった。


「ねぇ、汐」

「ん?」

「魚屋って、夏忙しいよね」

「まぁな。氷も溶けるし」

「うちも。トマトすぐ柔らかくなる」

「……トマトと魚、似てるか?」

「腐りやすいって意味なら」

「すげぇロマンのない会話だな」

「現実的って言って」

「そういうとこが菜々だな」


 その言い方が、なんだか優しくて、

 私は無意識に笑ってしまった。

 でも、笑った瞬間に気づいた。

 ――なんか、胸が変な音を立ててる。



――汐


 花火の音が空から降ってくるみたいだった。

 菜々の笑い声が混ざって、なんか心臓のリズムが乱れる。


 隣に座る菜々が、膝の上で手を組んで空を見上げている。

 横から見ると、頬のラインが花火の光で少し照らされて、

 髪の毛の先に光が落ちた。


「……なんだよ」

「え?」

「いや、顔に花火映ってる」

「変なこと言わないで」

「ほんとに」

「……そういうの、簡単に言うなって言ったでしょ」

「簡単じゃねぇよ」


 言ってから、しまったと思った。

 菜々が一瞬こっちを見て、

 花火の音がちょうどその間を埋めた。


「……汐」

「なに」

「やっぱ浴衣似合ってる」

「なっ……」

「ほら、やられたでしょ?」

「……負けた」


 笑いながら肩を軽く叩かれた。

 手のひらの温度が、妙に長く残った。



――菜々


 花火が終わったあと、空が少しだけ明るく見えた。

 遠くの屋台から「ありがとうございましたー!」の声が聞こえる。

 潮はまだ空を見上げていた。


「……汐」

「ん?」

「なんか、今年の花火、特別にきれいだったね」

「そうか?」

「うん。なんか、いろんなこと、全部この一瞬で流れてく感じ」

「詩人かよ」

「八百屋の感性ナメんな」

「はいはい」


 潮が笑う。

 それを見ていると、なぜか胸の奥が熱くなる。

 その熱は、花火の名残りみたいにじんわり残った。



――汐


 菜々が笑ってる顔を、花火よりも長く見てた気がする。

 でも言葉にできるほど、私は器用じゃない。


「なぁ、菜々」

「なに」

「来年も、一緒に見るか」

「……え?」

「花火」

「うん。見る」


 即答だった。

 その“うん”の声が、妙に嬉しくて、私は少しうつむいた。


「じゃあ、約束だな」

「約束」


 菜々が指切りの形をした。

 指先が触れた瞬間、雷みたいに小さな音がした気がした。

 あれは、花火の残り火か。

 それとも、私の心臓か

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