第6話 夏祭りの夜、灯りの下で

――菜々


 夏の夜の空気って、なんでこうもソワソワするんだろう。

 商店街の通りには提灯がぶら下がり、金魚すくいの水槽が光を反射してきらきらしてる。

 浴衣の人が行き交って、焼きとうもろこしの匂いが漂ってきた。


「汐〜! 準備できた!?」

「できてねぇ! イカ焼きが暴れてる!」

「イカ焼きが暴れるってなに!?」

「網にくっついた!」

「それ焼けてるだけ!」


 私は八百屋ブースで“きゅうり一本漬け”を冷やしながら叫ぶ。

 隣では潮が焼きイカと格闘中。

 毎年恒例の商店街夏祭り合同出店、今年も当然うちと魚屋は隣の屋台だ。


「汐ー! 煙こっちに来てる!」

「風向きのせいだ!」

「魚くさい!」

「野菜くさい!」

「魚の勝ち!」

「はぁ!? 意味わかんねぇ!」


 客が笑って通り過ぎる。

 この喧嘩、もはや商店街の名物になっている。

 でも、ちゃんと呼び込みにもなってるんだから悪くない。



――汐


 今年も始まった、“八百屋 vs 魚屋バトル in 夏祭り”。

 ……とは言っても、実際は隣同士で助け合ってる。

 菜々のとこからうちに客が流れるし、逆もある。

 ただ問題は、あいつがすぐ調子に乗ることだ。


「汐、ほらこれ見て! 売り上げボード!」

「……差、五百円だな」

「うちが勝ってる!」

「誤差だろ!」

「誤差でも勝ちは勝ち!」

「こらっ、調子乗んな!」


 トングを持ったままにらみ合い。

 通りがかりの子どもが「お姉ちゃんたち仲良いねぇ」って笑っていった。

 菜々は「仲良くない!」って即答したけど、

 顔が笑ってた。


 ……その笑顔が、ちょっと眩しかった。

 ま、言わないけど。



――菜々


 夕方から夜に変わるころ、提灯の光が強くなってきた。

 空に一番星。

 風鈴の音。

 そして――汐の浴衣姿。


「ねぇ汐、なんで浴衣なの」

「気分」

「魚屋の気分軽すぎでしょ」

「祭りだし。おまえも着ればいいのに」

「無理。動けない」

「似合うと思うけど」

「……はいはい、営業トークありがとうございます」


 心臓の音が少しだけ速くなった。

 営業トークって言ったけど、正直ちょっと嬉しかった。

 くそ、ズルい。



――汐


 菜々がきゅうりの串を氷水に突っ込むたびに、腕のあたりに提灯の灯りが反射して光る。

 なんだろ、昔より女っぽくなった。

 ……って考えた瞬間、顔が熱くなった。


「汐、顔赤いよ」

「暑いだけ」

「ふーん、魚屋の体温計でも壊れたかな?」

「なんだその煽り方」

「祭りテンション!」

「うぜぇ!」


 菜々はケラケラ笑う。

 その笑い声が花火みたいに弾ける。

 ああ、これだから、勝てねぇんだよ。



――菜々


 屋台の片づけを終えた頃、夜空に花火が上がった。

 どーん、と大きな音が響いて、空に色の花が咲く。

 私は腕を拭きながら、空を見上げる。


 隣で、潮がポケットに手を突っ込んで立っていた。

 浴衣の袖が少しずれて、うなじが見えた。

 ドキッとして、慌てて視線をそらす。


「なに」

「な、なんでもない」

「いま変なとこ見ただろ」

「見てない!」

「嘘つけ」

「見てないったら!」

「顔赤い」

「そっちこそ!」


 花火の音にかき消されて、笑い声だけが残る。

 空を見上げた潮の横顔は、まるで光の中に溶けそうで、

 胸の奥が少し痛くなった。


 でも私は、また強がって言う。


「来年も同じ場所で出そうね、屋台」

「……ああ。負けねぇからな」

「私がまた勝つ!」


 いつも通りのやり取り。

 でも、この“いつも通り”が、どうしようもなく愛おしい。



――汐


 花火が終わって、提灯の灯りが少しずつ消えていく。

 商店街が静かになる中、菜々が氷の入ったバケツを片づけながら言った。


「ねぇ、汐」

「ん?」

「こうやって、喧嘩して笑ってるの、ずっと続くと思う?」

「続くだろ」

「根拠は?」

「……おまえの声でかい限り」

「ちょっと!」


 菜々がスイカの切れ端で私の腕を軽く叩いた。

 ひんやりして、甘い匂いがした。

 私は笑いながら言う。


「ま、もし続かなくなったら、その時は――」

「その時は?」

「ちゃんと言う」

「なにを?」

「秘密」


 菜々はムッとして口をとがらせた。

 その顔を見て、私はやっぱり笑ってしまった。

 きっと、言葉にしたら壊れちゃう気がしたから。す

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