第12話 里奈と瑠奈



 桜華は目を覚ました。

 窓からは赤い光が入っている。魔界の朝だ。



「桜華、目が覚めたかい。着替えをしたら朝食だよ」



 桜華の目覚めた気配を感じて隣の部屋から政陽は寝室を覗き込む。

 ベッドでボーっとしていた桜華だったが政陽の顔を見ると笑顔を浮かべた。



「うん。着替える」



 ベッドから降りて小走りに政陽のところに走り寄って来る。

 政陽ももう最初から着替えの手伝いをするつもりで桜華と衣裳部屋に行く。

 やはり桜華は魔界の服の着方が分からない様子だ。



「いいかい。下着をつけたらこの布を体に巻き付けるようにしてここで紐で縛る。きつくないかい?」


「うん。大丈夫だよ。セイ」



 桜華も真剣に服の着方を覚えようとしているようだ。

 桜華は頭が悪いわけではない。

 記憶が10歳の時で止まっているだけだ。


 だから教えるとすぐに覚える。物覚えも悪くないようだ。

 政陽は日向と流星を子供の頃世話をしたから子供相手が嫌いなわけではない。


 見た目はこの際置いておいて桜華を子供だと思えば変な動揺もしない。

 しばらくは自分は桜華の父親だと思おう。

 そんなことを考えながら桜華の着替えを手伝う。


 日向と流星は男だったから着飾る必要はなかった。だが、桜華は女性だ。

 しかも年頃の女性としての体は持っている。


 だったら可愛く着飾ってあげるのが父親の役目だろう。

 ある程度準備ができたところで政陽は桜華に二人の侍女を紹介した。



「桜華。これからはこの二人が桜華の着替えの手伝いや入浴の手伝いなどをする。分からないことは彼女たちに聞きなさい」



 二人の侍女は桜華の前で挨拶する。



「私は里奈りなです」


「私は瑠奈るなです」



 二人は下級魔族だが神霊宮で働いている数少ない使用人だ。

 二人は顔も体つきも似ている。


 同じ一族出身で従姉妹同士にあたるらしい。

 顔もそっくりの二人の見分け方は茶色の瞳の方が里奈で緑の瞳の方が瑠奈だ。


 政陽の身の回りのことは大抵日向が行うので使用人は神霊宮を維持できるだけしか雇っていない。

 政陽の結界が張られたこの神霊宮の中で危険なことはそうそう起きない。

 この魔界に於いて大公の結界を破れる者はほとんどいないからだ。

 だから使用人も少なくて済む。



「悪いが桜華を女性らしい装いにして欲しい。化粧はそんなに派手にならないように」


「承知いたしました」



 里奈と瑠奈はさっそく桜華を鏡の前に座らせると髪を結ったり薄く化粧をさせたりしていく。

 桜華は大人しく座っていた。段々と女性らしく飾られていく鏡の中の自分に興味津々のようだ。



「桜華様は素敵な銀髪ですね。まるで夜の月の妖精のようですわ」



 里奈が桜華の髪を褒める。



「ホントに綺麗だと思う?」



 桜華が確認するように尋ねると里奈は笑顔で答える。



「ええ、お美しい髪でございます」


「ありがとう。里奈」



 桜華は里奈にお礼を言う。



「私どもにお礼など必要ございませんわ」


「ええ、桜華様は上級魔族のお嬢様のようですわ」



 瑠奈も桜華の爪の手入れをしながら桜華を褒める。



「ありがとう。瑠奈」



 桜華も満足気だ。やはり女の子はお洒落に興味を持つのだろう。

 政陽は支度ができるまで待っていた。



「大公様。終わりました」



 里奈と瑠奈は政陽に一礼する。

 政陽は我が目を疑った。


 そこには一人の貴婦人がいた。

 銀髪を結い上げ青い瞳と同じ青いドレスを着て桜華は政陽の前に立つ。

 その眩い綺麗な姿に政陽はしばし見惚れてしまう。



「セイ? どうしたの?」



 桜華の問いかけで政陽は我に戻る。



「ああ、いや。綺麗だよ、桜華」



 政陽は額に軽くキスをする。



「行こうか。今日は神霊の森にある湖に案内してあげるよ」


「湖?」


「桜華はボートに乗ったことあるかい?」


「ううん、ない」


「じゃあ、ボートに乗せてあげよう。まずは朝食を食べてからね」


「うん。お腹すいた」



 政陽は桜華の手を取り食堂に向かった。



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