第13話 家族ではない
朝食を取る食堂に二人が行くと日向が待っていた。
日向は美しく着飾った桜華を見て一瞬驚いたような顔をしたがすぐにその驚きを隠し二人に一礼する。
「おはよう、日向さん」
桜華がニコリと笑って日向に挨拶をする。
「おはようございます。桜華様」
日向は初めて桜華のことを「様」付けで呼んだ。
「桜華のことは『様』を付けなくていいよ。カークお爺さんは『様』をつけるのは自分より偉い人か自分より年上の人だって言ってたもん」
「いいえ、桜華様は私の主である政陽様のお客様ですので『様』を付けるのは当然のことです。お気になさいませんように」
「でも……」
「桜華、ご飯が冷めてしまうから早く席に座りなさい。日向の言う通り桜華は私の客人だ。『様』を付けるのはおかしなことではない」
「桜華はセイのお客様? 家族ではないの?」
桜華は動揺している様子だ。
「まずは席に着きなさい。話はそれからだ」
そう言うと政陽は自分の席に着く。
桜華も日向が示した席に座った。
「桜華、大事なことだからよく聞きなさい。私は桜華のパパでも家族でもない。桜華が魔物に襲われそうなところを助けた者でしかない」
「桜華の家族じゃない……」
「そうだ。だが心配することはない。私は桜華が気に入っている。そして桜華、君は記憶の一部を失っている」
桜華は不安そうな顔になる。
自分の記憶がないと言われれば誰だって不安になるだろう。
「桜華が記憶を失っているの?」
「ああ、だから桜華が記憶を取り戻すまでこの屋敷に滞在することを認めよう。私の客人として」
記憶を失って子供の記憶しかない桜華には酷なことだがハッキリと家族ではないという認識は持っていた方が桜華のためだ。
魔界で出会う者たちにうっかり桜華が自分の父親は政陽だと言えば大変なことになる。
魔界は常に陰謀を持った者たちで溢れている。そんな奴らに大公の娘と勘違いされたら桜華の命が危ない。
「分かったかい、桜華」
政陽の言葉に桜華は俯いていた顔を上げる。
「うん。カークお爺さんも桜華の家族じゃないって言ってたけどいつも一緒にいたもん。セイも桜華の家族じゃないけど一緒にいてくれる?」
桜華の声は震えていた。
ひとりになる孤独さを考えて怯えているようだ。
「ああ、桜華がこの屋敷にいる間は桜華と一緒の時間も作るし、桜華も必要な物があったら何でも言いなさい。揃えてあげるから」
「ううん、セイがいてくれたらそれでいい」
「そうか。ではまずはご飯を食べたら湖に行こう。湖は『鏡の湖』と呼ばれていてとても美しい場所だよ」
「うん。楽しみにしてる。セイとだったらどこに行ってもいいよ」
桜華は笑みを浮かべて目の前のパンに噛り付く。
だが桜華の瞳に僅かに光る涙を政陽は見てしまった。
我ながら酷なことを言ってると思ったが仕方ない。これも桜華を守るためだ。
日向からの助言で桜華は頭が悪い訳ではないから真実を話すべきだと言われた。
その方が本人のためになると。
記憶が戻るか戻らないかは分からないが記憶が戻った時に自分に政陽たちが嘘をついていたと気付く方がショックが大きいはずだと日向は主張したのだ。
確かにその通りだ。
自分は桜華の父親ではないし親戚でもない。
だが魔界の者が桜華の言動で勘違いして桜華を害する可能性があるのは事実なのだ。
力のある者が上に立つのは魔界では当たり前だが中には姑息な手段を使って自分より力の強い魔族を倒す者もいる。
けれどそう言う目に合うことは倒された者が油断したのが悪いということになる。
卑劣な手段を使用してくる者にはそれ以上の力で捻じ伏せる。それが魔界では常識なのだ。
食堂の端で立ったまま控える日向は視線で政陽に訴える。「それでいいのだ」と。
空腹だったのか桜華は食べ始めたらどんどん食べていく。
政陽は自分用に用意された酒と果物を食べながら内心溜息をついた。
桜華は朝食を食べながらカークお爺さんのことを思い出していた。
カークお爺さんは自分は桜華の家族ではないと言っていた。
桜華は森の入り口で赤ん坊の時にカークお爺さんに見つけられて育てられたらしい。
カークお爺さんは桜華に白い羽があったから桜華を人間ではないと言っていた。
きっと「天使」というモノだろうと。
カークお爺さんは桜華にいろいろ教えてくれた人だ。
なぜ自分が「魔界」に来てしまったのは分からない。
自分の記憶では毎日の日課である水汲みに出かけた時にカークお爺さんがいつもと変わらず森の小屋で作業していたのが最後だ。
(カークお爺さん、元気にしてるかな)
桜華はカークお爺さんに会いたくなったがカークお爺さんに言われたことを思い出す。
「桜華は森の神様の子供だからいずれ本当に住むべき世界からお迎えが来るだろう。その時はワシのことは忘れて本来あるべき場所に行くんだよ」と。
もしかしたら自分の気づかない間に来たこの「魔界」こそ桜華の住む世界かもしれない。
政陽は桜華のことを「天族」と言ったがそれは何かの間違いかもしれないと思う。
魔族だったら政陽たちは桜華の仲間ということになる。
それでなくてもセイの側にいたいと桜華は思っていた。
なので確認せずにはいられなかった。自分はここに置いてもらえるのかと。
政陽は「記憶が戻るまで」と言っていたが自分はセイと一緒に居られるなら記憶など思い出さなくていい。
桜華はチラリとお酒を飲んでいる政陽を見る。
夜の闇のような漆黒の黒い髪に黒曜石のような黒い瞳。とても綺麗だ。
男の人に「綺麗」という言葉が当てはまるかわからないけど桜華はこんなに美しく綺麗な人は初めて見た。
桜華が政陽の側にいたくなるのはいつまで見ていても飽きない綺麗な人だからかもしれない。
そう思いながら最後のデザートを口に放り込んだ。
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