第2話 天帝の位



「貴方、本当にやる気なの?」


「当たり前だ。何のために俺が得もしない天使族の孤児を育てたと思ってるんだ。それは全てこの日のためさ」



 光安はソファに座りながら酒を飲んでいる。



「お前だってあの子供の異常さは気が付いていただろう? 伽羅」



 伽羅も光安の真向かいのソファに座り酒を一口飲む。

 このお酒は天族の者が好んで飲む「天蜜てんみつ酒」だ。甘く独特の味がする。


 だがこのお酒は天界ではなかなか手に入らない希少酒だ。

 光安は天界で最も身分の高い「天翔族」の出身のため資産は多く天蜜酒のようなお酒も手に入る。



「確かに純粋な天族でありながら「あの森」に居て「あの御方」の攻撃を受けないとは普通考えられないわ」


「そうだ。理由は分からんが桜華は「あの御方」から敵視されていない。だからきっと桜華なら「あの御方」を見つけられる」


「そうかもしれないわね。伝説の通りならあの森にあの御方がいるのは間違いないわ。それなのに私たち天族が森に入るだけで攻撃受けるなんて厄介な結界が張ってあって近づけないなんて笑い者だわ」



 伽羅はまた一口酒を飲む。



「天帝にバレたりしてないだろうな?」


「当たり前じゃない。バレてたら天帝に背く者としてとっくの昔に排除されているわよ」


「そうだな。まずは「あの御方」の体を手に入れてからのことだからな」



 光安は少し声を抑える。



 今の天帝の名前は「飛翔ひしょう」。

 種族は天翔族と言われている。言われているというのは本人が「自分は天翔族」と名乗っているだけで飛翔の父母の名を記した物がないからだ。



 普通の天族は「天籍てんせき」というモノを持っている。

 子供が生まれると父親と母親の名前と種族が記載された物を天界の役所に出さなければならない。


 だが今の天帝は「天籍制度」ができる前から天帝として天界を治めているので天帝の天籍はないのだ。

 そして今の天帝の子供時代を知っているような長寿な者は天界にいない。

 天帝の飛翔は天界で最も長生きをしているとも言える。


 天族は不老長寿ではあるが寿命で死なない訳ではない。だが今の天帝飛翔は天帝位についてから一度も代替わりしていない。


 天帝だから不老不死なのかという噂もある程だ。

 そしてこの噂が光安のような者を生み出す結果となっている。


 光安は天翔族の中でも高位の家柄である。そう次期天帝に名前が挙がる程に。

 けれど噂が本当なら天帝がこれから先も代替わりせずに光安は寿命を迎えて死ぬこともあり得る。



 光安の狙いは帝位だ。



 今の天帝には子供がいない。

 正妃はいるが子供は一人もいないのだ。


 正妃は前の正妃が死ぬと次の正妃を迎えるということを繰り返しているがどの正妃も天帝の子供を産んでいない。

 飛翔さえ排除できれば光安が帝位を継いでも問題はないところまで根回ししてきた。


 だが飛翔の力が強大なのは光安も知っている。

 真正面からぶつかれば光安は圧倒的に不利だ。


 だから光安は古の神話に書かれている神の力を利用しようとした。

 この世に存在すると言われる天界神ラーシャラー、魔界神ザイオン、人界神レオンの三神。

 その神の血潮を飲んだ者は三神に匹敵する力を得るという。


 最初は天界神ラーシャラーの力を利用しようとしたが天界神ラーシャラーが眠っているとされる場所は天帝の力で結界が張られていて近付けば天帝にバレてしまう。


 魔界神ザイオンは選択肢にない。魔界まで天族の光安たちは行くことはできないからだ。

 いや単純に行くことはできても魔族が天族の姿を見て見逃してくれるわけはない。

 魔界で魔族と戦いになったら圧倒的に天族側の不利である。


 そうなると最後に残された人間界に眠っているとされる人界神レオンの体と力を手に入れることだ。


 光安は膨大な資料をかき集めて人界神レオンが眠っているとされる場所を見つけ出した。

 それが桜華が育った森だ。


 幼馴染で相棒の伽羅と一緒に森の入り口までは行ったのだが光安と伽羅は誰が張ったか分からない結界の前になすすべがなかった。

 だがその時に一人の天族の子供が森を出入りしているのを偶然見かけた。

 結界はその子供には反応を見せない。子供は水を運んでいるらしく森と森の外を行ったり来たりしていた。


 そこで光安は作戦を変えた。

 なぜこの天族の娘がいるのかは分からないがこの娘を攫って自分の駒として使えるように育ててから人界神レオンの体探しを森の中でさせようと考えた。


 ここの森を探し当てるまで長い時間を要したのだ。子供が成長する数年が待てないはずがない。

 そして光安と伽羅はその子供を攫おうとしたが思わぬ邪魔が入った。


 人間の老人が子供を救おうと斧を持って襲いかかって来たのだ。

 光安はとっさに剣を抜いて老人の首を刎ねた。

 子供は悲鳴をあげて意識を失った。


 光安と伽羅は子供を連れて天界に戻った。

 二人には運よくその子供は自分が攫われた時のことを覚えていなかった。


 それを利用してその時の子供である桜華に伽羅が偽りの話をでっち上げ桜華が光安や伽羅のために働くように仕向けた。

 そして今日桜華は天使学校を卒業して光安の天使族の部隊に配属になった。

 明日は光安に挨拶に桜華は来るだろう。



「必ず見つけ出す」



 光安はグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。




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