閉所
私は閉じた場所が苦手であった。
例え広い座敷でも、周りに人が多くいると窒息するような気がして叫び出したくなる。
人のひしめく寺に籠り、同輩の肩の触れる様な場所で学び続ける。
地上にあって他者の呼気に溺れるように日々、
そんな生活に限界を感じた私は、師に頼み、諸国を
旅の途中、一夜の宿を求めた家には、美しい娘があった。名をおきよと言った。
あてがわれた離れで夜のお勤めを済ませ、床につこうとした時、私を呼ばわる声がした。
見ればおきよである。
困り事があり、胸の内を聞いて欲しいと言う。
私は快諾した。
山での修行から逃げ出した半端者とは言え、悩める
本当にただそれだけのつもりだったのだ。
しかし、私は大きな過ちを犯してしまった。
御仏の教えに背き、禁を破った。
女の腕の中とは柔く熱く、しかし、閉所であった。
結局、私はまた逃げ出したのだ。
おきよは、私を追って来た。
当然だろう。生涯一度の花を散らし恥をかかせた。
全ては私の不心得が招いたことだった。
私を送り出してくれた師に顔向けできない。
何より、あのひと抱えばかりのおきよの腕の中に、一生閉じ込められるのだと思うと、気が狂いそうだった。
そして今。
助けを求めた先で、私はまた閉じ込められている。
視界は深黒の闇に閉ざされ、腕を動かせば厚い銅の壁にすぐに触れてしまう。
閉所に長く閉じ込められると、息が尽きることがある。
私はそれを知っていた。
額や背中にじわじわと脂汗が滲む。
この恐怖は、御仏の教えに背いた報いだ。
心を入れ替え、世に生まれ直す為に、この暗さと狭さに打ち勝たなければいけない。
叫び出したい気持ちを、念仏にすり替える。
外の声は何も聞こえない。
おきよはもう去っただろうか。まだ私を探しているだろうか。
もし、この鐘を持ち上げて貰えなかったら、私はこの中で死ぬのだろうか。
それは、嫌だ。
死ぬのならば開けた、光が見える場所で。
ああ、御仏よ。
打ち勝たなければならない恐怖に呑まれそうな私に、執着を手放せない私に、どうかご加護を。
必死に祈っていると、何やら周囲が熱くなってきた。
御仏が私の心を汲んで、再び生まれるために母の胎内を模して下さっているのであろうか。
ごうごうとうなっている音は、生まれる前に聞いた血の巡る音だろうか。
暗闇の中に突然光が生まれた。
袖に火がついている。
しかし不思議と熱くなかった。
それは文字通り闇の中の光明であった。
ああ、おきよ。
お前の中にもこんな熱く狭い場所があったな。
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