10 貴女は何を信じるか

「アンタは、魔法って何だと思ってる?」

 雑談だ。ただの。

 先程まで騒がしかった乱入者は、おとなしく湯に浸かっているらしい。

「恐悦至極だね。まさかフレーヴァ家のお嬢様に、そんなことを訊いてもらえようとは。そうだね——手段、もしくはツール、かな」

「それはつまり……代わりがあるってこと?」

「そう。魔法でなくても火は起こせるし、そうやって暮らす種族もいる。魔法でできることは、生身でだってできる。僕はそう考えるけれど、君はどうだろう」

 無視した。

 そんなこと、魔法でなんだってできる奴に言われたって、説得力があるわけないじゃない。

「洗い終わったわよ」

 話しだそうとしたのを無理やり遮るように、湯を頭から被せた。

「話は終わり。早く浸からないと、風邪引くわよ」

 今度は正真正銘の言い訳だった。それでも、この不愉快な会話の応酬を、私から始めたはずのラリーを、もう続けていたくはない。

 ノワールは、なぜかいつも通り薄ら笑いを浮かべていた。

「……ぷはぁっ! よーし、じゃあアタシはそろそろお暇するぜ!」

 静かだったのは、湯船に頭まで沈めて息を止めるとかいう奇行に走っていたからか。

 かける言葉も、かけたい言葉もなく、ただ一方的に気まずいまま湯に浸かった。ルナは、天井とかそこらじゅうを、まだ物珍しそうに眺めていた。

「そういえば、君のことをなんて呼んだらいいか決めかねていたんだ。君が決めてくれると助かるのだけれど」

 ふと、そんな質問をされた。相変わらず読めない。何を考えているのかが全くわからない。それでいて空気は読まないし、一体なんなのか。何がしたいのか。それが不明瞭なのはなんだか気に入らない。

「なんでもいいわ。スピカでも、フレーヴァでも」

「そう、じゃあ——スピカくんと呼ばせてもらおうかな。きみも、僕のことは好きに呼ぶといい」

 本当は元からそう決めていたみたいな早さで決まってしまって、それからはまた無言だった。気まずいし、やりづらいし、一緒にいるだけでイライラする。何回同じことを考えればいいのやら。お風呂に入っているのに、全く心なんて休まらない。不満だけが募っていくばかりだ。

 耳が痛いほどの静寂だけが、ただ続いていた。


***


 なんやかんやで、そのあとは誰にも会うことなく寮室に帰った。

 ノワールはまた、ふらりとどっかに行ったらしい。まったく、黒猫みたいに行動が読めない奴だ。

『——で、結局俺の言うことは聞けないって言うのかい』

「今日は色々あって達成できなかった、ってだけ。何回もそう言ってるじゃないの」

 魔法具の先の会話相手は、もちろんルシエル。ノワールがいなくなったタイミングを見計らうみたいに掛かってきた。

 アイツに聞かれると都合が悪いのは当然だが。

 訊かれたので嘘をつくわけにもいかず、結局、ノワールとよろしくやってしまっていることを渋々説明した。もちろん怒られた、というか呆れられた。君のためを思って言っているんだよ、と。

 大きな声を出すことになってもいいように、バルコニーに出た。かえって逆効果かもしれないとも思ったが、まぁそれもそれでどうでもいい。

「それで、誰だっけ——じゃない、何かしら、ルシエル。だから明日からなんとかしていく、宗いうことじゃあダメなの?」

「登場間隔が空きすぎたせいで忘れ去られてしまったのかな、世知辛いねえ。……いや、それに関してはもういいよ。君がやっていけるのなら、口外できないような仲になっても問題はない。別の問題はあるかもしれないけれど。俺が言いたいのはもっと別のことだ」

「どんな仲にもなるつもりはないわ」

 口外できない仲って。私は何回、全年齢向けを遵守するために働けばいいのかしら。

「そう、じゃあそれを早く言ってちょうだい」

「せっかちだな、仕方ないね。君の価値を失わないためにも大切なことだ、心して聞いてくれ。ハモンド家とフォルネウス家のお嬢さんが、同じクラスにいるだろう? 初めの実技テストの対戦相手に、おそらくタッグを組むであろう彼女らを選ぶんだ。君の仲間は誰でもいい」

 ハモンドはもちろんカミラのことで、フォルネウスは——あの取り巻きのひとりね。アイラとかいう名前だったか。

「それが、どうして私のためになるわけ?」

「家族に絶縁されてしまった君には情報が入ってきてないと思うけれど、その辺りの勢力が、貴族の社交界で権力を強めていてね。それには確実に、君たちの世代での出来事も関わっている」

「フレーヴァ家の権威のために働けってこと? そうね、癪だけど、そうするべきなんでしょう」

 一体、そんな情報どこから仕入れてくることやら。森の奥に住む怪しい男のくせして。

 しかし、万が一フレーヴァ家が没落してしまっては、私がこうして認められるために努力をする意味もない。将来に向けた投資か何かだと思って、必ず勝たなければならない。

 実技テストは対戦形式だ。もちろん、勝った方が高い点数をつけられる。一番初めに行われるテストだけあってみんな必死だし、タッグ選びは特に重要だ。魔法の相性がいい者同士、仲がいい者同士とか、とにかく自分がうまくやれる相手と組む。私は今まで、適当にそこそこの成績の炎魔法使いを選んでいた。単に、相性がいいから。

 ただ、今回からはそういうわけにもいかない。早めに組めそうな相手に目星をつけておかないと。

「うん。また隙を見て連絡するよ。時々鳩を出して偵察させているし」

「ああ、それでこんなちょうどいいタイミングで掛けてきたのね。いいわ、こちらからも何かあったら連絡するから——って、もしかして、昨日私の両親の名前で来た鳩って」

「俺からのサプライズだよ」

「アンタマジで覚えてなさいよ。私がどれだけ焦ったか……!」

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数式魔女は解かれない 揺蕩さつ花 @9zn_63

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