07 ひと匙の揺らぎ
言いたいことはいろいろある。
共用風呂があるんだから部屋で浴槽に水を張るな、そもそも部屋に浴槽を作り出すな、女性がこんなプライバシーの保護すらされていない空間で裸になるな……いくら言っても足りない。言いたいことで喉が詰まりそうだ。
とにかく、頭の中は疑問符でいっぱい。何がしたいのかわからないし、どういうことなのかも、何が起こっているのかすら満足に理解できない。
何、こいつには最低限の倫理観とか、そういうのがないの?
頭狂ってんじゃないかしら。
「部屋の前で待っておくから、今すぐ服を着て……話はそれからよ」
それだけ言い残して、乱暴に音を立ててドアを閉める。
……もしかしたら、今ので壊してしまっていたかもしれない。設備の扱いには気をつけないと、と頭に入れてはいたつもりだけれど、もうちょっと気をつけなくちゃ。こんなことでまた問題になっては堪らない。
少なくとも裸の奴とは話をする気になれないし、わざわざ部屋の中で待つ意味もない。ここで待つのが最適解だ。
この寮、本当に何十人も生徒がいるのだろうか。今の所、さっき見た三人とルームメイト以外の存在が確認できていない。それとも、ほとんど全員、授業に参加すらしない不良集団だっていうの?
進級試験に合格できなかった留年生とかもごろごろいそうな感じだ。目をつけられないように気をつけないと。
もっとも、私は自分自身が高等部に進級できるかどうかを心配していなくては——最悪の結末にならないように、努力をしなくてはならないのだけれど。
「待たせたね、這入っていいよ」
「上から目線に許可されるような覚えはないわ。さっさと入れなさい」
おそらく何かの魔法を組み合わせて後始末をしたのだろう。部屋に充満していた湿気も、すでに取り除かれている。
再会して数分しか経っていないけれど、コイツに常識を教えることを、もう諦めたくてしょうがない。そんなのは無理難題だ。どころか、不可能でしかない。この異端な生物に普通の魔女としての価値観を教えるよりも、そのへんの魔精に芸のふたつみっつ覚えさせる方が何倍も簡単だ。
どうしてこんなに魔法が使えるのに、当然のことがわからないのか。親の顔が見てみたいものだわ。
「まず、事実確認として聞いておきたいのだけれど。あなたはどうして、この部屋で入浴していたの? 私には、私みたいな落ちこぼれには全てが理解不能だから、きちんと一から十まで説明してちょうだい」
流石に、今回ばかりはキツい口調になっても許される。どころか、殴っても向こうが悪いことにできるくらいだ。あのときとは違って。
「んー……ええっと、まず、君をそこまで怒らせてしまうことになるとは、まさか夢にも思わなくてね? 僕のルーティーンみたいなものだから」
「はぁ……」
悪態をつこうとしたのも、思わずため息に変わってしまう。
本当にどうしようもないんじゃない、コイツ。どうにもこうにもできない。痛々しいほどにイタイ言動も、ここまでくると無痛まである。痛すぎて、それすら感じられない次元。
「そう、だから、アンタは……共用風呂が嫌で、わざわざ魔法を使ってまで部屋で風呂に入ってるわけ?」
わからなくてもわからないなりに、一応の意地を張ってそんな考察をしてみる。私の平凡な頭では、それくらいの常識の範疇——言われてギリギリ納得できるような理由しか考えつかない。
「とにかく、きみの機嫌を損ねてしまったのなら、謝らせてほしいな? 嫌がらせをしたいわけではないんだ」
「質問に答えなさいよ、謝罪なんかの前に」
どうせ、こんな奴が反省なんてしているわけがない。適当な埋め合わせのごめんなさいなんて、聞いたって何にもならないのだから。
私は謝るのが好きではない。そして、謝ることで自己防衛を、他者を傷つけることを図る奴はもっと好きじゃない。謝ったからもういいでしょう、みたいな、ガキがやる仲直りごっこにはもう騙されたくない。
「ちょっと注意されたらもうだんまりなの、ノワール。何がしたいんだか全くわからないのだけれど」
困ったみたいな反応をしているその表情が、長い白銀のすこし湿った髪が、なぜか様になって見えるのが悔しい。張り合いたいわけでもないのに。
「……それが、僕が共用スペースに行くと、みんな逃げてしまうんだよねえ。笑顔を届ける道化師としては、それは不本意なわけだ。でも、これまではひとり部屋だったし……きみに対する配慮が足りていなかったのは、もちろんその通りだ」
反省しているよ、とか、実際はどっちだかわからない感じで述べる。
こうやってしおらしく謝られると、強く出られないのがイライラする。もちろん、無法地帯みたいなこの場所でそんな些細なことを気にしている私が、相対的に見るとおかしいのかもしれないけれど。
カミラとかを相手にしているのとはまた違う、やりづらさだ。家柄がどうとか関係なく、私は生理的にノワールを拒絶している。
これこそが、相容れない血筋同士である証拠なのかしら。
「そうだ! いい提案があるよ、聞いてくれるかい」
「聞くだけなら、ね……」
どうせ拒絶しても、しつこくしてくるか気にせず言葉を続けるかなのだろう。
「明日、僕に共用風呂の使い方を教えてほしい!」
「は……?」
今度こそ、本当に心から悪態をつくつもりで反応した。
そうしようと思わずとも、口をついて勝手に出ていたのだと思う。
結局、断れなかった——まぁ、これから毎日、このクソ狭い部屋で風呂に入られちゃたまったものではないし。それなら、最初の一回教えてあげるくらいは、前払いの料金としてもいい、と自分を納得させることにした。
決して、その碧い瞳を見ていたら、なんだか許せてしまうような気になってしまったとか、そういうわけではなく。
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