時をかける恋と野望:信長と濃姫、そして僕

Tom Eny

時をかける恋と野望:信長と濃姫、そして僕

時をかける恋と野望:信長と濃姫、そして僕


運命の誘いと岐阜城の秘密


夏休みに入ったあの日、クラス一の美人、斎藤さんが僕、健太を岐阜城に誘ってくれた。好きな織田信長の話で。心臓がうるさいくらい高鳴った。


待ち合わせの日、斎藤さんの家に着くと、玄関には彼女の隣に父が立っていた。噂に違わぬ威厳。鋭い眼光が僕を一瞥し、娘へ向けられる。


「どこに行くのじゃ?気を付けてまいれ。」


そして、僕に向き直り、有無を言わせぬ低い声で言った。


「そのもの、しっかり娘を守るのじゃぞ。」


遠い昔の言葉のような、奇妙な既視感に身がすくんだ。斎藤さんの隣で笑顔を見るたび、胸が高鳴ったが、彼女の瞳の奥には、どこか遠い過去を見つめ、何かを待ち望む光が宿っていることに、僕はまだ気づいていなかった。


普段の遠足の場所だった岐阜城は、斎藤さんと一緒だと輝きが違って見えた。金華山を登り、天守閣の裏手に着くと、休館日のはずの城門が静かに開いていた。そして、そこに倒れていたのは全身焼け焦げた甲冑の武士。


斎藤さんは、まるでこの時を待ちわびたかのように武士を抱き起こし、僕に振り返り告げた。


「やっと来てくれたわね、健太くん。そして、信長様…」


その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。古風で気品に満ちた佇まい。


「私は濃姫。この方は織田信長様よ。本能寺の炎から信長様を未来へ導くために、私は先にここに来て、あなたを待っていたの」


濃姫。斎藤さんの正体がまさか、あの濃姫だなんて。恐怖と困惑の中、意識を取り戻した信長は、僕を睨みつけ、鋭い声で問い詰めた。


「き、貴様…もしや十兵衛か!?」


「え、俺が…明智光秀だって言うのか!?」心臓が激しく跳ねた。僕の中に流れるこの言いようのない既視感は、まさか歴史の因縁なのか。濃姫はそれを制し、信長の死を偽装し未来へ逃がす手筈を整えたのは、光秀の知略だったと明かす。信長の死体が見つからない謎と、僕が「十兵衛」と問われたことに、得体の知れない因縁を感じた。


「あなたにも信長様を導く役目を担ってほしいの」


濃姫の言葉に、僕はただ立ち尽くした。そして、信長は僕の手に握られたスマートフォンを指さした。


「これは…まさか、新たな**『秘策』**か?」


黒い画面に映る自分の顔を不思議そうに眺めた信長は、「これは『黒き鏡』か?」と興味津々。彼の革新的な好奇心は、この最初の出会いから明確に示されていた。


うつけの天才と十兵衛の葛藤


人目を避けて二人を僕の家へ招き入れると、濃姫に促されるまま真新しい体操服に着替えた信長は、驚くべきことに15、6歳ほどの少年に若返っていた。これは、本能寺の変のような切迫した状況ではない状態で、彼に現代の知識や人々の本質を吸収してほしいという、**光秀なりの「安全策」と「深い配慮」**だった。


信長の若返った姿は、僕の父が収集している精巧な模造刀と火縄銃の模型に目を奪われた。


「ほう…これらの『鉄砲』、まさかおぬしが用意したと申すか?随分と手回しが良いではないか、十兵衛。」


信長の鋭い眼光は、まるで僕が光秀の知略を受け継いでいるのかと探っているようだった。濃姫が信長に向ける眼差しはあまりにも優しく、僕の胸には、濃姫に認められたいという焦りと、拭いきれない嫉妬が募った。斎藤さんの父の噂と、濃姫の正体が「斎藤」であるという事実が頭の中で一つに繋がった。「斎藤…怖い父親…まさか、濃姫の父は、あの美濃の蝮、斎藤道三なのか!?」背筋に冷たいものが走る。僕の平凡な日常は、この瞬間、完全に終わりを告げたのだ。


現代への適応は、僕の想像をはるかに超えた。信長は、登校初日から「これなるが『がっこう』か! 未知の『知』を学ぶ場であるならば、まことに意義深きことよ!」と目を輝かせた。歴史の授業で教師の「通説」に、「某の知るところとは異なるな」と真っ向から反論した古風な言葉遣いは、すぐにクラスメイトを魅了し、彼は親しみを込めて**「織田君」**と呼ばれるようになった。


僕が教えてやったスマホの戦略シミュレーションゲームに、信長はたちまち夢中になった。「これぞまさしく未来の『合戦絵巻』よ!」。彼のプレイスタイルは「奇策」の連続で、ネット上では「尾張の第六天魔王ゲーマー」として名を轟かせた。


放課後、コンビニでフライドチキンを頬張る信長は、**「油の香ばしさと、皮のパリッとした音、噛んだ時に広がる肉汁の熱さ」**に感嘆した。ファストファッション店では瞬時に現代の着こなしを習得し、校内のファッションリーダーとなった。


濃姫は、そんな信長の自由奔放な行動に手を焼いた。**信長が少し不機嫌そうに唇を尖らせると、濃姫はそっとその頬に触れ、優しい眼差しを向けた。すると信長はたちまち機嫌を直し、濃姫の指を甘えるように握りしめる。**その光景を見るたび、僕の胸にはモヤモヤとしたものが募った。濃姫が信長に向ける揺るぎない愛と信頼。僕には決して向けられることのないその親密な空気に、僕は言いようのない焦りを感じていた。


試練と道三の眼光


ある日、僕は意を決して濃姫に尋ねた。


「斎藤さん、信長様は…本当に、この時代で天下を取れるような方だと思いますか?」


濃姫は揺るぎない眼差しで答えた。「健太くん、殿は時に底知れぬ才を見せるでしょう?あなたがそばで見ている中で、彼の真の器を見極めていただけると、わたくしも安堵いたしますわ。」


「俺はただ、あいつが斎藤さんに相応しい男なのか、自分の目で確かめたいだけだ。」同時に、「もしかしたら、俺は歴史の光秀と同じように、彼の本心を探ろうとしているのか…?」と、自身の行動が運命に導かれている可能性に気づき始めていた。


僕は、信長に現代の知識をぶつけることにした。


「信長様、この**『AI』**とやらが、人の心を読み解き、未来を予測するとしたら、それはもはや神の業に近いと申せませんか?」


信長は一瞬にしてその本質を理解し、僕の想像を遥かに超える回答を提示した。


「人の心を読み解くか…ならば、民の不満の根源を突き止め、より良き世を築く一助となろう。未来を予測するならば、飢饉や疫病の兆しを掴み、先んじて手を打つことも可能となる。これこそまさに、『天下布武』を加速させる『天啓の術』よな!」


僕は、信長が現代技術の本質を見抜き、己の野望に結びつけるその才覚に、ただ圧倒された。


そして、信長まつりの準備が佳境に入ったある日、濃姫は僕と信長を自宅に招いた。**現代版「道三との謁見」**が始まるのだ。リビングに通されると、斎藤さんの父が悠然と座っていた。彼が僕に最初に声をかけた時と同じ、鋭い眼光で信長を見つめる。


「そなたが、娘の世話になっている織田君か。」


信長は、現代の若者としては考えられないほど礼儀正しく、しかしその言葉の端々には、底知れぬ自信と威厳を宿していた。


「この岐阜の地は、まことに良き要衝。某は、この地を再び天下に知らしめ、民を安堵させる所存にございます!」


信長が自信満々に自身の野望を語り終えると、斎藤さんの父はにこやかに信長の肩を叩いた。


「ほう…ただの若造と侮るなかれ、か。面白い眼をしておる。娘が惚れるのも無理はない。」


その言葉に、濃姫(斎藤さん)はわずかに頬を染めたが、僕の胸には、またしてもズキリとした痛みが走った。そして、斎藤さんの父は深く頷いた。


「よいではないか。娘をよろしく頼むぞ、織田君。この美濃の地は、そなたに任せた。」


歴史上の道三が信長の器量を認めたかのような光景が、現代に再現されていた。僕は、信長と斎藤さんの父の間に流れる、奇妙なまでの共鳴を感じ取っていた。


天下布武の終幕と余韻


信長の提唱した「現代版楽市楽座」の構想は、僕の冷静な分析と濃姫の橋渡し役によって具体化していく。信長が「楽市楽座」を叫ぶ中、僕はスマホのアプリで通行量データを収集し、顧客層を分析した。「信長様、この時間帯は高齢者の往来が多いゆえ、昔ながらの品揃えも必要かと存じます」。


僕の具体的な提案は、信長も「ほう、十兵衛よ、抜かりないな」と感心させるほど、信長の構想に現実味を与えた。ドローンによる防災計画においても、信長が「鳥の目」で全体像を捉える一方、僕は連絡網や避難経路のデジタルマップ化を提案した。彼の設計したシステムは、まさに「堅固なる城壁」のようであった。


秋。信長まつりの武者行列では、モダンな武者姿の信長と優美な衣装の濃姫に、「信長様!」「濃姫様!」という大声援が飛び交った。沿道の観客の熱気と汗の匂い、そして祭りの高揚感が僕の肌を刺した。かつてシャッターが閉まっていた柳ケ瀬に、活気と笑顔が戻っている。信長と濃姫は、確かにこの地に希望の光を灯したのだ。


その日の夕方、宴会が終わる頃、夜空には再び花火が打ち上げられた。その光を見上げながら、僕は、信長と濃姫との別れが近づいていることを悟った。


「十兵衛よ。我らが成すべきことは、全て成し遂げた。この地は、再び活気に満ち溢れ、未来へと繋がる道筋を確かに掴んだようであるな。」信長はそう言って、僕の肩に手を置いた。


濃姫もまた、静かに頷いた。「信長様。もう、我々がここにとどまる理由はありません。時が、満ちたようです。」


僕は、もう二度と濃姫に会えなくなる寂しさで胸がいっぱいになった。**切ない気持ちで、僕は心の中で初めて彼女を「濃姫」と呼んだ。**憧れと、手の届かない存在への、諦念と祝福の感情が交錯した。


夜空にひときわ大きな花火が打ち上がり、その光が二人の姿を包み込んだ。濃姫は去り際、僕の目を見て静かに微笑んだ。


「また会えるわよ。次は、あなた自身の名前でね」


そして、光が消え去った後、そこに信長と濃姫の姿はなかった。


僕は一人、屋上に残され、空を見上げた。彼らが残した岐阜の活性化は、これからも続いていく。そして、僕の部屋の壁には、信長が触れた模造刀と火縄銃の模型が残されていた。僕はそっとその鞘を撫でた。


岐阜城の隠し部屋でひっそりと時を待つ明智光秀は、信長が現代で得た知識と経験、そして濃姫の故郷への想い、そして**僕という「新たな十兵衛」の存在という、真の『秘策』**と共に、彼らが戻ってくることを信じているだろう。


空には、花火の残像が揺らめいていた。

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