【掌編】シン・復讐代行
灰品|どんでん返し製作所
シン・復讐代行
夢を見ていた。
愛する人と、遊園地でデートする夢。
「手術は――成功です――素晴らしい――」
愛する人と、ベッドの上で、裸で抱き合う夢。
「数時間――記憶障害――」
愛する人と、森の中を駆ける夢。愉しく。
愉しく? いや、違う。
「障害――ははは――予定通り――」
何者かから、逃げ惑う夢。
目を開けると、見知らぬ部屋にいた。
ベッドがふたつある。自分はその片方で寝ていた。
ここは、どこだ?
頭が割れるように痛い。思わず額を押さえる。
ガーゼのようなものに触れた。包帯? 怪我?
ベッドから起き上がろうとする。
酔っ払いみたいに、床に転げ落ちてしまった。
全身を強く打つ。呻き声が漏れる。
身体をうまく動かせない。
まるで、自分の身体ではないみたいだ。
冷たい床に手をつく。
細長く繊細な指と、白い腕が目に入る。
女性の腕。
女?
ようやく気づいた。
自分が何者か解らない、ということに。
記憶喪失?
恐怖に急き立てられ、なんとか立ち上がる。
どこかに、鏡はないか。
そのとき、もう一方のベッドの上で、何かが動いた。
女がいた。
その顔、微かに覚えがある。誰だ?
彼女は私を見るなり、悲鳴を上げた。
「来ないで! お願い、許してぇぇぇ!」
私を恐れている? なぜ?
電子音が響いた。
自分が寝ていたベッドの端に、スマホがあった。
迷った末に、電話に出る。
『落ち着いて聞いてくれ』
男性の声。
『君は、殺されかけたんだ』
聞き覚えがある。
そして、なぜだか、気持ち悪い。
『君を殺そうとしたのは、その女だ』
え?
『彼女は君の夫と不倫していた。邪魔者である君を、ふたりで殺そうとした』
夫? 私は結婚していたのか?
『だが君の抵抗により、計画は失敗。君の夫は死んだ。君は助かったが、怪我を負い、一時的に記憶を失っている』
通話は唐突に終わった。
思考が追いつかない。
ベッドの上の女が震えながら言う。
「ごごご、ごめんなさい……。あの人を、真剣に、愛してたの……」
不倫は事実のようだった。
そして恐らく、邪魔者を殺そうとしたのも。
次の瞬間、女が獣のような俊敏さで、ベッドから飛び降り、襲いかかってきた。
「なんでぇ、あの人が死んでぇ、アンタ生きてんのよぉぉぉぉ!」
両手で首を掴まれ、床に押し倒された。
私は無我夢中で、女の首を掴み返した。
眼前の女の目は真っ赤で、憎しみに満ちている。
私の目も真っ赤に染まっているだろう。
この女、殺さなければ――精神が憎悪に包まれる。
復讐しなければ。
お互いの首を絞める。
もがきながら、ゴロゴロと床の上を転がる。
細い腕に、うまく力が入らない。
が――。
ボグッ、という音が鳴った。
静寂。
女が人形のように床にのびる。
私は激しく咳き込む。
勝った。私は復讐を果たしたのだ!
けれど、違和感が消えない。
部屋の隅に姿見があった。
鏡を見る。
映っているのは、知らない女――いや、覚えがある。
頭部に、ハチマキみたいに包帯が巻かれている。
震える手で包帯を外す。
縫い目が見えた。頭をぐるりと一周しているらしい。
「私は……誰だ?」
そのとき、部屋のドアが開いた。
入ってきた男を見て、息が止まる。
それが誰なのか、直ぐに解った。何度も見たことがある姿。
その男は、私だった。
男は顔面を歪ませた。
それが、ぎこちない笑みだと遅れて気づく。
まるで、表情筋の使い方に慣れていないかのようだ。
「手術は成功したの」
「手術?」
「脳移植よ。私は脳外科医で、その研究をずっとしてきた。貴方は忘れてるだろうけど」
こいつは、何を言っている? それに、口調に違和感がある。
「私の脳と、貴方の脳を、入れ替えたの。私も記憶障害になったけど、部下に事情を教えてもらってる。彼女たちは、私の計画に、喜んで協力してくれた」
理解が追いつかない。
だが、じわりじわりと記憶が蘇る感覚がある。
全身を怖気が駆け巡る。
床に倒れている女を見る。
記憶が脳内を巡る。
遊園地のデート。彼女の笑顔。ベッドの上で愛し合った時間。
「貴方は、愛しい愛しい愛人を、自分の手で殺したのよ」
男は、ますます顔面を歪ませる。
喜んでいるようだった。
男の正体にようやく気づく。
こいつは私の妻だ。
私は、目の前の男に殴りかかった。
だが、簡単に押さえつけられた。体格差があり過ぎた。
そして、得体の知れない注射を打たれた。
全身が動かなくなる。が、意識はある。
私の身体を乗っ取った妻は、ポケットからメスを取り出した。
なんの躊躇もなく、そのメスで、自分の身体を刺した。
腕、胸、腹、脚。
それから、足の指、手の指を、ひとつずつ切り落とした。
痛い、痛い、と言いながら、愉しそうに。
私の身体をメッタ刺しにした。
私はその様子を、ただ眺めているしかなかった。
薬のせいか、ショックが大き過ぎたせいか、意識が遠のく。
「安心して」
妻の声が聞こえる。
「ちゃんと、この身体に戻してあげるから」
【掌編】シン・復讐代行 灰品|どんでん返し製作所 @game0823
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