Who is ally? その2

 仮に妖狐が僕を殺そうとしているとして何故先生をけしかける必要がある?

 妖狐自身やその娘達に殺させれば先生を遣うなどと言うまどろっこしい事をしなくて良いはずじゃないか?

 つまり理由は分からないが妖狐一家は僕を直接殺せない。

 ならばふぅを探して見つけ出せば会長と先生の醜い争いを解決出来るかもしれない。そうでなくても僕を守る事くらいはしてくれるかもしれない。あるいは先生と会長のどちらが味方かを判別するまでの時間稼ぎにはなってくれるかもしれない。

 そうと決まれば話は早い。何としてでもふぅを見つけ出さなくては。

 ふぅには一階で会長を探すように頼んだ。そして、会長は三階にいた。即ちふぅはまだ校内を探している可能性が高い。

 しらみ潰ししかないか。ふぅに頼んだ場所はここ一階と校舎外全部だ。

 お願いだからすぐ見つかってくれよ!

 僕は再び走り出してまずはB棟一階の教室全てを見回った。

 しかし、ふぅは何処にもいなかった。

 命が懸かっている僕はこれくらいで諦めたりなどしない。直ぐに立て直して渡り廊下を抜け、A棟の教室全てを見て回る。

 一年一組、ナシ。二組、ナシ。三組、ナシ。四組、ナシ。

 A棟の教室にもふぅはいなかった。

 クソ、外か。運が悪いな。

 僕は直ぐ様下駄箱まで走り、靴に履き替えて昇降口を出る。

 空はもう夕焼けに差し迫っており、西日が僕を照らして長い影を作っている。


「もうこんな時間かよ」


 じっとしていても迫る死期に焦って思考を巡らす。

 僕とふぅがここに来てから四時間くらいは経ったか?

 この時間までふぅは会長を見つけていないという事は何処かで休憩しているか、目の届きにくい場所、狭い場所、暗い場所といった探しても発見が期待出来なさそうな箇所を探しているはずだ。

 となると一番可能性が高いのは中庭だろう。中庭は草木が多くて遮蔽物が多い。校舎と体育館を結ぶ渡り廊下を横断した先の中庭に、ふぅはいるのではないか。

 そう考えて中庭まで走ったが、直ぐに中庭を探す必要はなくなった。

 僕の目がたまたまふぅが体育館に入っていくのを捉えたのだ。


「ふぅ!」


 慌ててふぅに呼びかけるも返事がない。僕に気付かず彼女は体育館に消えていく。

 漸く見つけたんだ。逃がしてたまるか。

 靴を乱雑に脱ぎ捨てて僕は靴下のまま体育館に入っていく。

 時刻は夕方を超えてもう夜に入ろうとしている。

 部活動生はもう誰もいない。

 ただ、体育館の中央を白髪ワンピースの少女が歩いているだけだ。


「ふぅ! ふぅ!」


 僕は脇目も振らずに駆け寄ると背中を向けているふぅに思いっきり抱き付いた。


「うひゃっ!?」


「良かった。良かったよぉ。やっとお前に会えた」


 涙と鼻水が急にドッと溢れて止まらない。僕は様々な液体でグシャグシャになった顔面をふぅの美麗な白髪に押し付けて、ふぅの感触を確かめる。


「な、何ですか、突然。止めて下さい、ていうか死んで下さい」


 浴びせられる罵声を聞き流して、ふぅを抱きしめ続ける。

 何分経過したのか分からない程の長時間、僕は抱きしめ続けていた。

 やがて、ふぅは罵声を浴びせるのを止めて僕を背中にくっつけたまま前に屈み込むと、そこから大きく立ち上がって思いっきり仰け反った。

 僕の顔面に向かってふぅの頭蓋が勢いよく向かってくる。さながら鉄球かと見紛うほどの硬さの頭蓋が、僕の顔面を打ち砕く。


「ぐ、ぐふぁ!」


 眼の前が一瞬ピカッと閃光弾でも投げられたかのように光り輝いた。そして、頭蓋の勢いそのままに僕はふぅから手を離して後ろに倒れ込む。


「あ、あが」


 あまりの衝撃に視界が波打っていてふぅが何処にいるのか分からない。僕の胸元を見ると吐瀉物で黄みがかったワイシャツに一滴の赤い染みが見受けられる。

 慌てて鼻を触ると、ヌルリと不快な感触がする。拭った指にはやはり血が付いていた。

 涙、鼻水、吐瀉物の他に血という新たな液体が追加されてしまった。


「何なんですか。会うなり急に抱き着いて来て。流石のふぅももう許せないんですけど」


 ふぅは酷い顔になっている僕を労(いたわ)ることもせず、ぶっきらぼうに文句を垂れた。

 ふぅが生命線の僕にとってその程度の文句など全く以て取るに足りない。

 僕は手で軽く鼻をかむと直ぐに立ち上がり、ふぅに近付こうとする。


「え、ちょっと。そんな汚い顔と服でふぅに近付こうとしているんですか? 本当に止めて下さい。こっちに来ないで下さい。うぇえ」


 ふぅは心底嫌そうな顔で僕を見ると、えずきながら鼻を摘んでシッシッと手を振った。

 参ったな。確かに僕は汚い顔をしているけれども何とか一緒に行動してくれないと困る。早くしないとあやかしが僕を殺しに此処に来てしまう。


「ご、ごめん。ちょっと感動して思わず抱き付いてしまっただけなんだ。と、とにかく顔を洗いたいからそこの水道まで一緒に行こう。ホラ、お前も汚れてしまったしな」


「いや、ただ再会しただけなのに感動したから抱き付くって頭大丈夫ですか? てか、ふぅも汚れているって……」


 ふぅは自身の長髪を手で触ってその状態を確かめた。ヌルリとした液体がふぅの手に付着する。ふぅはその感触を確かめると固まってしまい動かなくなった。


「ふ、ふぅ?」


「———」


 僕はふぅの顔色を窺うもふぅはガン無視で依然固まっている。

 どうやら髪を汚されたのが相当ショックだったらしい。散々汚れている足で歩き回っていた癖にと思ったが、そんな事を悠長に考えている暇はないようだ。

 ふぅの僕を見る目は既に人間を見るような目ではなくなっている。黒真珠のような眼を一層黒くして、まるで虫を見るかのようだ。

 すると突然、静止していたふぅの様子が一転した。足を踏みしめ、それをバネにして僕に向かって弾丸のように飛んでくる。


「ひぐっ」


 殺されると思った僕は恐怖で嗚咽を漏らし、その場に尻もちを付いてへたり込んでしまった。

 既にふぅは僕に向かって発射されている。このまま僕の下に辿り着くまで後コンマ何秒もないだろう。

 一秒が何時間にも感じる中、僕は遂に目を瞑ってしまった。

 次の瞬間、僕を襲ったものは少女の体躯の激突ではなかった。

 頭上でヒュンと風を切る音がしたのみだった。


「え?」


 目を開けると、直ぐ目の前にはふぅが立っていた。しかし、僕に襲いかかってくる気配はない。体育館の入口の方をただ立って見据えている。

 僕もまた、視線をふぅが向ける先に移す。


「今度こそ助けに来たぞ」


 そこには、先生が立っていた。先生が両手を広げて僕を迎え入れようとしている。


「早くこっちへ来い! そのままだと殺されるぞ!」


 先生の必死の剣幕に僕は考える余裕もなく、無意識に先生の下へ駆け出した。

 やっぱり先生が助けてくれた。先生こそが頼れる味方だったんだ。先生が僕を殺そうとしているなんて嘘だったんだ。

 先生の下へ急ぐ僕は先生の後ろに、こちらに向かって走るある人影を見つけてしまい足を止めてしまった。


「妖田くん! 惑わされるな!」


 会長だ。会長が先生の数メートル後ろの廊下から声を張り上げて叫んでいる。

 僕は完全に動けなくなってしまい、二人の発言の間で再び戸惑ってしまった。

 しかし、今度は膠着状態にはならなかった。

 先生が先に口火を切った。


「ごめんな怜」


 先生は一瞬涙ぐんだかと思うと広げていた手を閉じて、床に置かれた缶ビールを手に持った。それから柔和な顔を作りおどけたいつもの調子に戻ると、ビールをグイと口に含んでブッと僕に向かって吐き出した。


「今度は、外さないからね~」


 その直後、吐き出されたビールが凍りつき、刃のような鋭さを持った。そしてそのまま僕に向かって飛んでくる。

 先程の風切り音と同じ音を鳴らすビールの音。

 助ける為ではなく、殺す為に放たれているビールの刃が僕に降り注ごうとする。


「ふ、ふぅ!」


 僕は慌ててふぅを呼ぶが、最早ふぅの手が届く範囲に僕はいない。

 僕は無情にも引き裂かれるのを待つだけとなってしまった。

 ビュンという音と共に更にビールは加速する。

 そして、そのまま僕の身体を貫いて、体育館の後方まで飛んでいった。


「これで私の仕事は終わり~。お勤めご苦労~!」


 先生の意気揚々とした声が聞こえる。そして鼻をつく鉄の匂い。視界はもう霞んでいて、聴覚と嗅覚だけが僕に起きた事を教えてくれている。


「せん、せ、い」


 掠れ声しか口に出ない。今更先生が敵だった事を知ってももう遅い。これからの僕には死ぬという選択肢以外残されていないのだ。今更真相を知った所で冥土の土産にも成り得ない。

 死を覚悟して静かに目を瞑る僕の頭に声が響く。


「安心しろ。君は死なない」


 視線を上に向けると、会長が得意気な先生の直ぐ後ろまで迫っていた。そして、そのまま先生を殴り飛ばして僕の下へ駆け寄ってくる。


「あがっ。うっ。か、かいちょう?」


「無理に話そうとするな。今助けてやる」


 そう言うと会長はうつ伏せに倒れている僕の背中に手を置くと、バンと強く押した。


「うっ」


 一瞬の痛みの後、僕の痛みが引いていくのが分かる。というよりも痛みが一瞬で消滅したような感覚だ。


「こ、これは一体?」


「私の呪いを解呪した。黙っていて悪かったが、この呪いは君の魂を保存する為のものなのさ。魂を保存しているから、解呪したら一度だけ保存時の魂に戻す事ができる。君と神社で会ったあの時にね」


「な、なるほど。ありがとう、ございます」


 すっかり痛みが消えた僕は、ふらふらと立ち上がる。


「そんな事ならもっと早く言ってくださいよ。そうしてくれたら直ぐに信用出来たのに」


「そ、それは———」


 会長が何かを言いかけて言葉を詰まらせたその時、入口の方でガタリと音がした。


「ってぇなぁ! 聖真生てめぇはよぉ。不都合な事を隠して怜の信用を勝ち取れると本気でそう思ってんのか?」


 先生はヨロヨロと歩き、僕らの方まで近付いてくる。


「もう止めろ! 鬼柳先生。もうあんたに勝ち目はない」


「っるせぇんだよ。怜を殺せば私の勝ちって事は変わらないんだよな~。その程度なら何度だって出来るんだよな~!」


 先生はもう正体を隠そうなどと微塵も考えていない様子で僕らの方まで向かってくる。


「じっとしててくれよ~怜。私は少年をいたぶる趣味はないんだ~」


「どうやら止める気はないらしいな。なぁ、妖田くん」


 ゆらりと近付く先生を前にして、会長は僕に語りかける。


「私と共に先生を、鬼柳天祢を殺してくれないか」


「こ、ころ……」


 何か言おうとしたが、直ぐに言葉を詰まらせてしまった。返答が出来ない。唐突に出た先生を殺すという言葉。その言葉が意味する所は社会的にという意味でも抽象的な意味でもないことは明白だ。

 物理的な殺害。息の根の停止。それしかありえない。

 確かに先生は僕を殺そうとしているが、先生にだって人間達との信頼関係がある。彼女がいなくなってしまっては生徒が悲しむ。病院送りまでなら賛成するが、流石に殺すのは吸血鬼の時と訳が違う。


「流石に殺すのは出来ないですよ……。全治数ヶ月の怪我を負わせることくらいなら全然良いと思うんですけど……」


 僕がそう言うと会長は何か思う所があったらしく、少し間を置いてから頷いた。


「分かった。そうなるように善処するよ」


 その言葉を聞いて僕は頷き、そして———


「ふぅ! 聞いたか? お前も僕達と共に先生を斃してくれないか?」


 声を張り上げてふぅに尋ねた。

 しかし、ふぅからは何の返事も返ってこない。

 僕の行いへの怒りのあまりシカトを決めこんでいるのだろうか。

 パッと振り向くと、ふぅは何処にもいなかった。先程まで僕に襲いかかろうと牙を剥いたふぅの姿は、抜け毛一つ残さずその姿を消していた。



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