Who is ally?
そんな馬鹿な事があるかよ。
何でどいつもこいつも僕を殺そうとするんだ。おかしいだろうがそんな事。
「会長? 嘘ですよね? 死ぬ呪いがかけられているなんて嘘ですよね?」
僕は会長に確かめる為に縋るように問いかける。
「信じられないのも無理はないんだ。だって奴はそういう手口で今まで幾人も殺してきたのだから」
そんな馬鹿な。
頭が真っ白だ。もう僕には信じられる人はいないと言うのか?
妖狐も会長も先生も皆手放しで信頼出来ない。僕は誰を信じればいい。誰と行動すればいい。僕は生きたいだけなのに。何で行動すればする程逆に死が向こうからやって来る。
「ぐ、うぅ。会長。会長は嘘は付きませんよねぇ」
僕は泣きながら、震える声で会長を見る。
会長は気付けば僕の直ぐ側まで着ていてギュッと温かい手で僕の手を握った。
今やこの温かみさえも不快に感じてしまう。
「いいか。落ち着くんだ妖田くん。鬼柳天祢は自分の正体を何だと言った?」
「え? あやかし、です」
「あぁそうだ。じゃあそのあやかしの中でもあいつは何だ」
「あやかしの中でも?」
ほんの少し考え、直ぐに答えを見つけ出す。
「鬼と言っていました」
「それだけか?」
「それだけ? 鬼の種類って事ですか? 特には、何も……」
それを聞いて会長はフンと唸った後、重々しく続けた。
「奴は確かに鬼だが、その中でも天邪鬼なんだよ。妖狐を崇拝する狂言綺語の下卑た野郎だ」
会長は柄にもなく口が悪い。罵詈雑言をブツブツと先生に、いや先生と妖狐に投げている。
「か、会長? 先生は天邪鬼なんですか?」
「あぁそうだ。奴は口先だけの狗肉だよ。なまじ羊頭の見せ方が上手い分、人間で彼女の本性を見破るのはそう容易いことではないけどね」
そう言うと会長は僕の手から離した手を上に持っていき、ガシッと両手で僕の肩を掴んだ。
今まで一度たりとも見せた事がない緊迫した視線が僕に注がれる。
「君はあの天邪鬼に何を吹き込まれた。私に教えてくれ」
痛い。握り潰されそうな痛みが僕の肩にかかっている。
「い、痛いです」
僕が痛みで顔を歪ませると直ぐ様会長は手を離して謝罪した。
「ご、ごめんよ。つい私としたことがカッとなってしまった。お、落ち着いたら話して欲しい」
気まずい沈黙が辺りを支配している。この沈黙を感じていると会長と最初に話した時を思い出す。僕は会長と新狐神社で初めて話した。思えばあの時から既に会長は妖狐を敵視していたのか。
僕は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、会長の綺麗な瞳に目を合わせた。
そして「会長が新狐神社を妖狐から奪おうとしている事」「会長が僕に死ぬ呪いをかけたと言われた事」「会長と対峙する為にお守りと称した酒を貰った事」を洗いざらい全て話した。
会長はそれを聞いた後、舌打ちをして「どこから話したものか」と頭を悩ませた。
「まず、これだけは肝に命じておいて欲しい。天邪鬼が真面目に話した発言は全て嘘だと思うんだ。奴は軽口や冗談の中でだけ本音を話す。だから君が先程言った天邪鬼の発言、それらは全て嘘だし、エセだし、出鱈目だ。それを念頭に置いてくれ」
僕は黙って頷いた。
それを聞いて会長も一つ頷いた後、また話を続けた。
「そうだな。まず、妖狐と鬼柳天祢は仲間だよ。というより鬼柳が一方的に妖狐を慕っていて、それを妖狐が利用しているだけだがね」
「え、でも先生は妖狐を知らない感じでしたよ? 妖狐の娘であるふぅとは初対面みたいでしたから」
僕はすかさず疑問をねじ込むが、ついポロッと妖狐の娘と共に行動していた事をバラしてしまった。
マズい。気が緩んでしまった。会長の敵ではない事を証明しないと。
僕の焦りとは裏腹に会長は眉をピクリと上げただけでその事については何の言及もしなかった。僕の発言の訂正をするのみだった。
「それも嘘だろうね。口裏でも合わせていたのだろう。勿論知っているはずだよ。そして、妖狐が君を殺す為に天邪鬼を遣わせた」
「殺すって……。何でそんな事をする必要があるんですか?」
「それは私が呪いをかけたからだよ」
天邪鬼の話は嘘でも妖狐の話は本当だったらしい。会長はさらっと僕に呪いをかけた事を白状した。
「やっぱりそうなんですか。会長も僕を殺そうと……」
僕の呟きを会長は即座に否定した。
「だから妖田くん。まだ君は勘違いしているよ。私は君を殺す為に呪いをかけたんじゃない。君を妖狐から守る為に呪いをかけたんだ」
そう言って会長は僕の胸を指差して語気を強めた。
「君から感じる妖狐の呪い。これは君を殺す為の呪いだ。私はそれを防ぐ為に呪いを上からかけて、君を守ってる」
妖狐の話では、会長が呪いをかけたせいで解呪が出来なくなったと言っていた。恐らく会長は妖狐が解呪するつもりがないと思ったから呪いをかけたのだろうが、それが仇となってしまった訳だ。
しかし、これで筋道は立った。要は妖狐&先生と会長との間で誤解が生じているからいけないのだ。会長は妖狐の呪いから守る為に僕に呪いをかけ、そして先生と妖狐はその呪いを見て、僕が会長の仲間だと思ったから殺そうとしたのだろう。
会長が解呪をすれば、妖狐も解呪が出来る。これを伝えればきっと万事解決のはずだ。
「会長。では、解呪をしてくれませんか? それが出来れば妖狐も解呪をしてくれると言っているんです。僕と妖狐は会長が想像しているような間柄ではないですから。両方が解呪をしてくれるのなら会長と妖狐の争いに僕は一切関与しませんよ」
会長が解呪してくれたら先生にも弁解して敵意がないことを示そう。そうすれば後は妖狐にも解呪してもらってやっと長い夜が明けるってものだ。
そう思い再び会長を見る。
「ひっ」
会長の表情に驚き、慄いてしまった。
会長は僕に親でも殺されたのかというような表情で僕を睨みつけていた。綺麗な爪をガジガジと噛んで顔を醜く歪ませている。
しかし、会長は僕の視線に気付くとハッとしたように直ぐに手を後ろに回し、ニコッとはにかんだ。
「いや、すまない妖田くん。それは出来ない。何故なら———」
「何故なら~、このままの方が都合が良いから~。だよね~会長。いや、聖真生」
会長が言い終わらぬ内にドアの方から声が聞こえた。先生の声だ。
「ハロ~怜。いやもうこの時間だとグッドイーブニングかな~」
いつの間にか先生がドアを開けて立っている。白黒でダルダルのジャージで萌え袖を作り、僕に手を振っている。
「せ、先生」
「そうだよ~。君の救世主、鬼柳先生だよ~。今会長から助けるよ~」
そう言って先生は一歩足を踏み出して中へ入ろうとした。
途端、先生のつま先がジュジュッと音を立てて焼け落ちる。
「———!? ッテェなぁもう!」
体勢を崩して後ろに倒れる先生を見て、会長はクククと笑う。
「馬鹿め。お前がここに現れることは想定済みだ。その為に結界を張っている!」
会長は先生が痛がっている姿を見て偉く上機嫌だ。こんな姿は今まで話していても見た事がない。僕の知っているあやかし達と同じ様な機嫌の上がり方には思わずゾクッとしてしまう。
「怜、聞いたかい今の言葉。怖いよねぇ。酷いよねぇ。ホラ、早く会長から離れてこっちへ来なよ。じゃないと君彼女に殺されるよ」
先生は神妙な面持ちで僕を手招きして誘い込んでいる。
一方、僕は先生と会長の顔を交互に見るだけでどうするのが正解か分からない。一歩会長に歩み寄っては下がり、一歩先生に歩み寄っては下がりを繰り返すだけだ。
「妖田くん。彼女は天邪鬼なんだよ。彼女が真面目な調子の時は全て嘘だ」
迷っていた僕は、会長のその言葉にハッとして会長の後ろに隠れようとする。
しかし、僕の脳裏に先程の会話がチラついてしまい、直ぐに歩みを止めてしまった。
「か、会長。確かに会長の方が正しいように思います。でも、さっき先生は『会長が僕の解呪をしないのはその方が会長にとって都合が良いから』と言っていました。真面目な調子じゃない。おちゃらけたいつもの調子で。つまりその発言は真実だって事になりますよね? ど、どういう事なんですか!?」
会長はそれを聞いて少したじろぎ、言葉を詰まらせた。若干目も泳いでいるような気がする。
その隙を先生は見逃さず、間髪を入れず追撃する。
「おやおやおや~、聞かれてますよ~生徒会長。答えて上げたほうがいいんじゃないですか~? 素直に『怜を利用する為に呪いをかけました。これからも利用させて下さい』って言った方が良いんじゃないですか~」
会長は歯ぎしりをして、それから頭をクシャクシャと掻き始めた。大分怒り心頭といった所らしい。それからその目は僕を見据えた。
「利用なんかではない。君を生かすために必要な事なんだ。第一私が解呪しても妖狐が解呪するとは限らないじゃないか。私は奴を信用していない!」
会長はハァハァと息を切らして僕を説得しようとしている。あまりの必死さに僕は怖くなり、会長から一歩身を引いてしまった。
「論点をずらすなよ~。今重要なのはお前が何故解呪をしないのかって事だ。あの方が解呪をするかって事ではないよ~。ホラ、こんな奴の言う事なんか聞かずに私の下に来なよ~」
確かに会長は論点を意図的にズラしているように感じる。そしてこの焦りようだ。やはり会長は何かを隠している。
僕がおどおどした目で会長を見ると、会長はハッとして表情を緩めて僕ににじり寄った。
「ま、まさか君はこいつに付くって言わないよな? こいつは嘘付きだ。天邪鬼なんだ。現にこいつは君を殺そうとしたんだぞ! 君が口に含んだあの酒には君を殺す呪いが含まれていた! もう少し飲んでいたら君は死んでいたんだ! 私は君を殺すチャンスはあったし、君に呪いをかけてはいるが君を殺してはいないじゃないか! どっちが正しいかは明白だろう!」
その言葉で先生側に傾いていた僕の心は再び会長側に揺り戻される。
そうだ。そうじゃないか。先生は、会長に触れられたら僕は死ぬと言い切った。
しかし、僕は死んでいないじゃないか。
つまり、嘘だ。先生はやはり嘘付きなんだ。
「先生……。会長の言っている事は本当なんですか? 先生は僕に嘘を付いて、僕を殺そうとしているんですか?」
異常に震えた声で僕は恐る恐る先生に尋ねる。
怖い。気持ち悪い。不快だ。吐き気がする。
あやかし二人の陰謀に、僕の命運は託されている。
二者択一。どちらが味方だ。外せば死ぬ。当たってももう片方に殺されるかもしれない。
先生の返答を待つこの時間が悠久に感じられる。もういっそこのまま時が止まってしまえばいいのにと幾度も思う。
助けて、もう許してくれ。
「怜———」
ウォ゙ェ
先生の発言と同時に僕は吐き出してしまった。幸いにも今日は飴玉しか口にしていなかったから口の中の不快感は想像していたよりかは大分軽い。
しかし、それでも吐瀉物だ。酸っぱくて不愉快な匂いが鼻腔に一気に充満する。
ウ、ウップ
再び込み上げる吐き気に僕は堪らず廊下に向かって駆け出してしまった。吐瀉物まみれの制服姿で勢いよくドアに駆けていく僕を見て、先生は咄嗟に身を躱して僕を通す。
「怜!」
「妖田くん!」
咄嗟に駆け出したからか、僕を呼ぶ声が二名聞こえてはいるものの僕はどちらにも捕まらなかった。そのまま僕は宛もなく駆けていく。
とにかく遠くへ逃げなければ。彼女らに捕まらない程の遠くへ。
早く水で口内をゆすぎたいし服も着替えたい。
しかし、悠長に洗っていたら僕はすぐに死んでしまうかもしれない。
洗いたい衝動を抑えて水道を通り過ぎ、階段を一段飛ばしで駆け下りて、三階から二階一階へと降りていく。
どうしてどうしてどうして。
何で頑なにこいつらは僕を生かしてくれないんだ。僕は生きたいだけなのに。それ以外に何もいらないのに。何で寄ってくるのは僕を殺そうとしてくる奴ばっかりなんだよ。
何か、誰かいないのか。僕を救ってくれる救世主。僕を絶対に殺さないと自信を持って言える人。誰でもいい。誰でも。
僕が頼れる人だったらジジイでもガキでも何でもいい!
そう願った僕の足取りは段々と緩やかになっていき、やがて徒歩へと落ち着いた。
何故緩やかになったのか。それは僕が疲れて走れなくなった訳でもましてや諦めた訳でもない。
いるんだ。
僕を絶対に殺さないと断言できる人がこの学校にはいるんだ。
それは殺そうと思えば何時でも僕を殺せた人。しかし、決して僕を殺しはしなかった人。それは———
「ふぅだ」
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