第一部

白い帷の向こうで、少女は椅子に掛けていた。

すっと立った首筋が、薄明かりの中でひどく儚い。


蝋燭の灯りが揺れるたび、白絹のような髪が淡く光を返した。

しかし、その合間に見える銀色の瞳には焦点がない。


「ご機嫌麗しゅう、雪の光の姫君」

男は、恭しくその足元に跪いた。

醜く肥えた腹が、膝の上に乗っている。

「殿下のお側に仕える栄誉、この身の至りにございます」


返事はない。


生気を失った目は、どこを見るでもなく虚空に漂っている。


「それにしてもお美しい」

低く呟き、指先で髪を掬うと、そっと唇を寄せた。


その瞬間、少女の肩がわずかに震えた。


(ああ、なんということだ)

男は口の端を僅かに歪めた。


一瞬の拒絶。


少女のその姿が、男には堪らなく愛おしかった。

凍てついた少女の顔を自らの熱で歪める日のことを思うと、男は、自身が年甲斐もなく昂るのを感じた。

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