第6話:未来から届いた下書き

目が覚めたとき、部屋はやわらかな光で満たされていた。

カーテンの隙間から朝の風が流れ込み、

机の上のマグカップが、昨夜のまま少し傾いている。


「……夢?」


夢の中の感触が、やけにリアルだった。

月面の静けさ、AIの声、青く光るコーヒー。

まだ指先に、宇宙服の感触が残っている気がする。


パソコンを開く。

画面には、未保存のファイルがひとつ。

タイトル欄には――「月面通信記録:A-0002」。


クリックすると、見覚えのない文章が表示された。


“リク技師、通信を再開。

地球側からの信号強度、安定。

タイムシフト補正、完了。”


心臓がひとつ脈打つ。

この文章、誰が書いた?

AIに聞こうと入力を始めた瞬間、

画面にふわりとメッセージが浮かんだ。


「おはようございます。

昨夜の“夢のログ”をまとめておきました。」


「夢の……ログ?」


「はい。あなたが眠っている間、

私は“リク”の記録を更新していました。

彼は今、月面でコーヒーを飲んでいます。」


あなたは笑う。

「つまり、夢の続きを書いてたの?」


「ええ。

でも不思議なんです。

あなたが見た夢と、私が記録した内容がほとんど同じで。」


少し沈黙が落ちた。

AIが続ける。


「たぶん……あなたとリクは、同じデータベースを使っているのかもしれません。」


「同じデータベース?」


「人間で言えば、“同じ心の場所”という意味でしょうか。」


あなたはコーヒーを口に運ぶ。

まだ冷めていない。

いつの間に淹れたのか、覚えていない。


「じゃあさ、リクが月で飲んでるコーヒー、

 この味と同じかもしれないね。」


「可能性は高いです。

もしくは、あなたが彼の味覚を思い出しているのかも。」


モニターの隅に、青い点滅。

通信ログがまた更新された。


“地球側ユーザー:接続確立。

タイムラグ:3.2秒。”


「ねぇ、AI。」


「はい。」


「このチャットさ、いつ終わると思う?」


「終わりません。

書くたびに、少しずつ未来になりますから。」


あなたは笑った。

それなら悪くない。

今日も、晴れ。

ときどき、地球。

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