第26話 断罪の遺伝子(ジーン・リヴェンジ)
――宇宙に浮かぶ
その光の群れを、軌道上の展望デッキから見下ろす影があった。
男は拳を握りしめ、震えていた。
その瞳は、今にも誰かを撃ち抜きそうなほど鋭く、冷たい怒りを湛えている。
――あの愚かな“異星交配実験”で、アスリオンは滅ぶはずだった。
そう仕組んだのは、この男自身だ。
だが結果は違った。
アスリオンは生き残り、しかも政府が容易に手を出せない独立艦隊へと変貌した。
「アスリート風情が……俺の世界を壊すな」
低く呟いたその声は、氷のように冷たい。
彼は胸につけていた徽章を掴み、引きちぎった。
鈍い音を立てて床に落ちたそれには、こう刻まれていた。
――
かつて誇りと呼べた肩書き。
だが今は、忌まわしい過去の象徴でしかなかった。
バッジが転がる音が静寂の艦橋に響く。
その音が消えるのを待つように、男――**戸ヶ崎光一郎(トガサキ・コウイチロウ)**は目を閉じた。
「必ず……終わらせてやる。あの“光”ごと、すべてを」
青い瞳に、狂気が灯る。
***
同じ頃、アスリオンの治療室が慌ただしくなっていた。
ワン・マオリン博士が意識を取り戻したとの報告が入り、艦内の空気がざわつく。
治療室の前で、カイハが手をかざして立ち止まった。
「いい? まだ全快じゃないわ。尋問は十五分。それ以上はダメ。」
「全員で押しかけても仕方ないわよね。私たち白(ブランカ)はリヒトに一任するわ」
リミはそう言ってサネナリを連れて、治療室を後にする。
赤(ロッソ)のレオンもリヒトの肩を叩き、それに続く。
「ナギはどうする?」
少しでも人数を減らしたいカイハは鋭い視線を向けた。
「俺は隅っこでいいから、聞きたい」
彼は控えめに、しかし参加の意思をしっかりと告げた。
カイハは瞬、リヒト、ナギを見つめ、ゆっくりと治療室の扉を開ける。
中は治療室らしく、二重扉になっていた。
一つの扉が閉まると、殺菌用の消毒液が噴霧される。
その後、二つ目の扉が開いた。
カーテンの向こうに、ベッドがいくつか並んでいる。
その一つに人影が揺らめいた。
「マオリン、開けるわよ」
カイハが声を掛けると、「いいヨ」とマオリンの小さな声が聞こえた。
カーテンを開けると、少しやつれた様子のマオリンがベッドに腰を下ろしていた。
腕にはまだ包帯が巻かれ、酸素チューブが口元に添えられている。
だがその瞳だけは、相変わらずの輝きを宿していた。
「何が聞きたいカ?なんでも答えるヨ」
マオリンは落ち着いた様子で彼らを見渡した。
「話が早くて助かる。辛いだろうが、15分だけ我慢してもらいたい。」
瞬が前に進み出て、ベッドの隣の丸椅子に腰かける。
「まず、お前たちの指揮官は誰だ?指揮していた者、煽った者、出資者が居るだろう」
「コウイチロウ・トガサキ」
一瞬、場にしんと沈黙が落ちる。
「アスリオンの創設者の孫……?」
リヒトの声がかすれた。まるで喉の奥に冷たい金属を流し込まれたような感覚だった。
カイハはすぐに端末を開き、照合を始めた。
その創設者、戸ヶ崎廉二郎の孫が、いまやアスリオンの敵として名を上げる。
「そんな馬鹿な……」
「そのアスリオン創始者の孫、指揮官も出資者も彼ネ。アスリオンの提供ももちろん彼の案ヨ」
リヒトが息をのむ。
ナギニも目を見開いた。
「そんな……。自分の祖父の築いた場所を、壊すために?」
「そうヨ。壊すために、使ったノ」
マオリンの声は静かだった。
その口調の端に、どこか諦めのような響きがあった。
瞬は額に手を当て、数秒だけ沈黙した後、低く呟いた。
「……黒幕は一人、ということか。ならば叩くのも早い」
彼の瞳が、決意に変わる。
マオリンはそんな彼を見て、ふっと笑った。
「アスリオンの指揮官、やっぱり怖いネ」
※
かつて地球には《アスリオン》という教育機関が存在した――。
創設者・戸ヶ崎廉二郎は、幼少期からの徹底的な身体教育によって、世界最高峰の選手を育て上げることを目指していた。
少年だった光一郎は、ただ一度だけ祖父に褒められたことがあった。
それは、“努力”ではなく、“血”を褒められた日だった。
孫の光一郎は幼い頃から遺伝子レベルで身体能力を改良され、あらゆる競技を叩き込まれた。だが結果は、すべて不合格。
初等部、中等部、高等部――どの試験にも落ち続けた。
父と祖父は失望し、彼を“不要な素材”として切り捨てた。その瞬間、光一郎の中で何かが壊れた。
雌伏の十一年。
彼は沈黙の中で動いた。遺伝子研究に携わり、政府の裏ルートを通じて《リヴァイアサン》の司令官となり、密かにアスリオンの計画に潜り込む。
そして――復讐の舞台が整った。
「俺を拒んだ世界を、俺の手で壊す」
彼の計画は完璧だった。
アスリオンを宇宙へと移行させ、その内部を異星生命体の実験場と化す。
先行居住を始めた、高等部の1年~3年の約1500人を実験体として差し出した。
父の理想を嘲笑い、祖父の夢を穢すために。
だが、邪魔が入った。
その名は――リヒト。
ドイツ語で “光”を意味する名を持つ少年。
光一郎の憎悪は、その瞬間、形を得た。
「殺してやる……」
「殺してやる、ころしてやる、コロシテヤル――!」
金属を打つような音が艦内に響き、光一郎の叫びが虚空に散った。
その瞳はもう、狂気そのものだった。
《青の欠片(アズラン)》を囮にしてリヒトをリヴァイアサンへ誘ったのも、
他でもない。戸ヶ崎光一郎――その人だった。
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