第10話「御影の別角度攻略」



 裏カジノ部との対決まで、残り五日。


 日曜日の朝。


 僕は、部室に呼び出されていた。


 扉を開けると、御影が一人で窓際に立っていた。


「神楽くん。よく来てくれた」


「……何の用だ?」


 御影は、振り返った。


「君に、"見せたいもの"がある」


---


 御影は、部室の奥——普段は使われていない資料室に僕を案内した。


 そこには、古いビデオテープや記録ノートが、棚にびっしりと並んでいた。


「これは……」


「カジノ部の過去の試合記録だ」


 御影が、一本のビデオテープを取り出した。


```

【記録日】三年前

【対戦】カジノ部 vs 東城学園

【出場者】黒瀬、御影、他

```


「黒瀬が——まだ、カジノ部にいた頃の記録だ」


 御影が、古いテレビとビデオデッキを起動させた。


 画面に、映像が映る。


---


 映像の中。


 若き日の黒瀬と御影が、並んでテーブルに座っていた。


 黒瀬は——今とは違い、穏やかに微笑んでいた。


「よし、御影。俺たちの連携で、一気に決めるぞ」


「ああ」


 対戦相手は、東城学園の能力者たち。


 ゲームは、ルーレット。


 黒瀬が、ルーレットの玉を操作する。


 だが——その操作は、今のような"暴力的"なものではなかった。


 繊細で、正確で——美しかった。


「17に賭ける」黒瀬が言った。


 玉が止まる。


 17。


 完璧だ。


 そして——御影が、次の手を読む。


「相手は、次に"黒"に大きく賭けてくる。だから、こちらは——」


「分かった。"赤"に集中するんだな」


 二人の息は、完璧に合っていた。


 結果——カジノ部の圧勝。


 映像の中の黒瀬と御影は、笑顔で握手していた。


「やったな、御影」


「ああ、黒瀬。完璧な連携だった」


---


 映像が止まった。


 僕は、呆然としていた。


「……あれが、黒瀬?」


「ああ」御影が、静かに答えた。「あの頃の黒瀬は——カジノ部の、最高のパートナーだった」


「……何があったんだ?」


 御影は、しばらく黙っていた。


 そして——重い口を開いた。


「黒瀬は——能力に溺れた」


---


 御影が語り始めた。


「黒瀬の確率支配は、元々——繊細な能力だった」


「繊細?」


「ああ。彼は、確率を"微調整"することで、勝利を導いていた。まるで、芸術家のように」


 御影が、窓の外を見た。


「だが——ある日、彼は気づいた」


「……何に?」


「確率を——"完全に支配"できることに」


 御影の声が、暗くなった。


「彼は、能力を強化し続けた。微調整ではなく——完全支配を目指した」


「……」


「そして——彼は、制御を失った」


---


 御影が、別のビデオテープを取り出した。


```

【記録日】二年前

【対戦】カジノ部内部戦

【出場者】黒瀬 vs 三年生部員

```


 映像が再生される。


 画面の中の黒瀬は——目が、どこか虚ろだった。


 ルーレットのゲーム。


 黒瀬が、玉を投げる。


 玉が——異常な軌道を描いた。


 まるで、意志を持っているかのように。


 そして——何度も、何度も、同じ数字に止まる。


 17、17、17、17——。


 対戦相手が、恐怖に顔を歪めた。


「こんなの……ありえない」


 黒瀬が、冷たく笑った。


「確率を支配すれば——不可能はない」


 その瞬間——。


 ルーレットの盤面が、歪んだ。


 玉が、勝手に動き出した。


 まるで——確率そのものが、狂ったかのように。


「黒瀬!やめろ!」御影の声が響いた。


 だが——黒瀬は止まらなかった。


 彼の目は——狂気に満ちていた。


「俺は——確率を支配する。俺こそが——絶対だ」


---


 映像が止まった。


 僕は、息を呑んでいた。


「……あれが、暴走?」


「ああ」御影が、静かに答えた。「あの後、黒瀬は——部室を破壊した」


「……」


「彼の能力は、制御不能になった。確率を支配するはずが——確率に支配されるようになった」


 御影が、僕を見た。


「私は、彼を止めようとした。だが——」


 御影の目に、悲しみが宿った。


「——彼は、私を拒絶した」


---


 御影が、壁に飾られた写真——黒瀬の顔が塗りつぶされた写真を見た。


「あの日、黒瀬はカジノ部を去った。そして——"裏カジノ部"を作った」


「……なぜ?」


「彼は、言った。"能力こそが全て。論理など、無意味だ"と」


 御影が、拳を握りしめた。


「私は——彼を救えなかった」


---


 僕は、御影の背中を見た。


 彼の肩が——わずかに、震えていた。


「御影……」


「神楽くん」御影が、振り返った。「君に、黒瀬を止めてほしい」


「……俺が?」


「ああ。君の"無能力"なら——黒瀬の能力を、無効化できる」


 御影が、真剣な目で僕を見た。


「君の"無"は、能力の外側に立つ力だ。だから——能力に溺れた者を、救える」


「……」


「黒瀬を——救ってくれ」


 御影が、深く頭を下げた。


「頼む」


 僕は、しばらく黙っていた。


 そして——。


「……分かった」


 御影が、顔を上げた。


「本当に?」


「ああ。だが——条件がある」


「条件?」


 僕は、御影を見た。


「お前も、一緒に戦ってくれ」


「……私が?」


「お前は、黒瀬の元パートナーなんだろ?なおさら、お前の力が必要だ」


 御影が、目を見開いた。


「だが、私は——」


「諦めるな」僕は言った。「お前が諦めたら——黒瀬は、本当に終わりだ」


 御影が、しばらく黙っていた。


 そして——。


「……分かった」


 御影が、微笑んだ。


「君と一緒に——黒瀬を救おう」


---


 その後、御影は僕に——能力の詳細を教えてくれた。


「私の能力は、"戦術分解"」


「戦術分解?」


「ああ。相手の能力や戦術を、"構造"として分析できる」


 御影が、ホワイトボードに図を描いた。


「例えば、黒瀬の確率支配。確率を操作しているように見えるが」


「……違うのか?」


「ああ。正確には——彼は"物体の運動エネルギー"を操作していると思われる」


 僕は、目を見開いた。


「運動エネルギー?」


「そうだ。ルーレットの玉、サイコロ——それらの運動を、微細に操作する」


 御影が、図に矢印を描き加えた。


「その結果、特定の出目が出やすくなる——それが、確率支配の本質だ」


「……なるほど」


「だが」御影が、真剣な目で言った。「彼の能力には、致命的な弱点がある」


「弱点?」


「ああ。黒瀬は、運動エネルギーを操作できる。だが——"静止しているもの"には、干渉できない」


 僕は、はっとした。


「つまり……」


「そうだ。玉やサイコロが"動いている間"しか、能力は発動しない」


 御影が、微笑んだ。


「その"一瞬の静止"を突けば——彼の能力を、無効化できる」


---


 翌日、月曜日。


 部室で、御影は全員を集めた。


「今日は、"演出操作型能力者"との模擬戦を行う」


「演出操作型?」凛が聞いた。


「ああ。裏カジノ部には、凛と同じタイプの能力者がいる」


 御影が、ホワイトボードに名前を書いた。


```

裏カジノ部メンバー:

- 黒瀬(確率支配)

- 氷室(演出完全支配)

- 他三名

```


「氷室の能力は、凛の上位互換だ。演出を"完全に"支配できる」


 凛が、険しい顔をした。


「……完全に?」


「ああ。彼は、視覚、聴覚、触覚——全ての感覚を操作できる」


 御影が、僕を見た。


「だから、今日は——私が、氷室役をする」


「……お前が?」


「ああ。私の戦術分解で、氷室の能力を"再現"できる」


---


 模擬戦が始まった。


 相手は、御影。


 ゲームは、ブラックジャック。


 カードが配られる——。


 その瞬間、部屋の景色が歪んだ。


 まるで、世界が溶けていくような感覚。


「これが……演出完全支配?」


「ああ」御影の声が、四方八方から聞こえた。「氷室の能力は、こういうものだ」


 僕は、カードを見ようとした。


 だが——カードの数字が、ぼやけて見えない。


 いや、数字が——動いている?


「くそ……」


 僕は、論理で考えようとした。


 だが——感覚が狂わされている状態では、論理も機能しない。


 第一ゲーム——敗北。


 第二ゲーム——敗北。


 第三ゲーム——敗北。


「神楽くん」御影が言った。「どうする?」


 僕は、深呼吸した。


 感覚が狂わされている。


 ならば——。


「感覚に頼らない」


「……何?」


「感覚じゃなく——"記憶"で戦う」


 僕は、目を閉じた。


 視覚情報を遮断する。


 そして——これまでのゲームの流れを、頭の中で再構築する。


 配られたカードのパターン。


 御影の癖。


 確率の偏り。


 全てを——記憶だけで。


---


 第四ゲーム。


 僕は、目を閉じたまま——判断した。


「ヒット」


 カードが配られる音。


「スタンド」


 結果——。


「……勝ちだ」御影が、驚いた声で言った。


「神楽くん。君、目を閉じて勝ったの?」


「ああ。感覚が狂わされているなら——感覚を使わなければいい」


 僕は、目を開けた。


 部屋の景色は、すでに正常に戻っていた。


 御影が、微笑んだ。


「素晴らしい。それが——"別角度の攻略"だな」


---


 御影が、全員を見回した。


「能力者と戦う時——正面から対抗するだけが、方法じゃない」


「正面から?」司が聞いた。


「ああ。相手の能力に対して、同じ土俵で戦おうとすると——能力者の方が有利だ」


 御影が、ホワイトボードに図を描いた。


「だが——"別角度"から攻めれば、能力の影響を最小化できる」


「別角度……」凛が呟いた。


「そうだ。例えば——」


 御影が、僕を見た。


「——神楽くんのように、感覚を遮断する」


 次に、凛を見た。


「——凛のように、演出の"矛盾"を突く」


 次に、司を見た。


「——司のように、データで"パターン"を見抜く」


 最後に、天音を見た。


「——天音のように、感情で"つながり"を作る」


 御影が、微笑んだ。


「それぞれの"別角度"が——能力者を倒す鍵になる」


---


 その日の夜。


 僕は、自室でノートを開いた。


 そして、書き始めた。


```

【御影から学んだこと】


1. 能力者と戦う時——正面から対抗するだけが方法じゃない。

2. "別角度"から攻めれば、能力の影響を最小化できる。

3. 黒瀬の能力の弱点:静止している瞬間。

4. 感覚が狂わされた時:感覚を遮断し、記憶で戦う。

```


 ペンを置き、窓の外を見る。


 月が、雲に隠れている。


「別角度」


 僕は、呟いた。


「それが——黒瀬を倒す鍵だ」


---


 同じ頃。


 旧校舎の奥。


 黒瀬は、一人でルーレットを回していた。


「御影が——ユウに、俺の弱点を教えたころだろうな」


 彼は、不敵に笑った。


「だが——それで、勝てると思っているがいい」


 彼は、手のひらにルーレットの玉を浮かべた。


 玉が——何個にも分裂した。


「俺の能力は、もう——お前たちの想像を超えているのだからな」


 黒瀬が、呟いた。


「当日——全てを破壊してやる」


---


 翌日、火曜日。


 部室に、一通の手紙が届いていた。


 差出人は——裏カジノ部。


```

挑戦状


カジノ部の諸君へ。


我々、裏カジノ部は、正式に挑戦することにした。


【日時】今週土曜日、14:00

【場所】旧体育館

【形式】5 vs 5のチーム戦


勝者には——敗者の部活動を解散させる権利を与える。


覚悟しておけ。


裏カジノ部一同

```


 全員が、固唾を呑んだ。


 御影が、静かに言った。


「……ついに、来たか」


 僕は、手紙を握りしめた。


「土曜日——決着をつける」


---


次回、第11話

「チーム戦:カジノラリー」

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