第19話:軍師、愛の完成を見届ける
「今日は、特別な日になりそうですね」
朝一番、図書館を運営している田中さん(女性の方の田中さんだ)が、そう言った。
彼女は、昨日から、カフェの新しい仲間として加わってくれている。
「どうして、そう思うのですか?」
「なんとなく……空気が、いつもと違うんです。まるで、何か大きなことが起こる前の、静寂のような」
僕も、同じことを感じていた。
今朝から、カフェの周りの空気が、特別な輝きを帯びているような気がしていた。
「孔明さん」
サクラが、僕の袖を引いた。
「あの子、見て」
僕は、サクラが指差す方向を見た。
カフェの外で、一人の少女が立っていた。
十歳くらいだろうか。白い杖を持ち、目を閉じている。
だが、彼女の周りには、他の人とは明らかに違う、特別な光が見えた。
それは、虹のように美しく、そして、宇宙のように深い光だった。
「あの子……」
僕は、直感した。
「特別な子だ」
少女は、ゆっくりとカフェに近づいてきた。
そして、ドアの前で立ち止まった。
「すみません……ここに、心の声を聞いてくれる人がいると聞いたのですが……」
僕は、急いでドアを開けた。
「もちろんです。どうぞ、お入りください」
少女は、白い杖を頼りに、慎重にカフェに入ってきた。
「ありがとうございます。私、山田ひかりと申します」
「ひかりちゃんですね。僕は孔明です。こちらはサクラさん、田中さん」
ひかりは、僕たちの方を向いて、深くお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
僕は、ひかりを椅子に案内した。
彼女が座ると、不思議なことが起こった。
カフェ全体が、柔らかい光に包まれたのだ。
「ひかりちゃん」
僕は、優しく声をかけた。
「何か、困っていることがあるのですか?」
ひかりは、少し躊躇してから、口を開いた。
「実は……私、変なんです」
「変?」
「私、目は見えないんですけど……人の心の色が見えるんです」
僕、サクラ、田中さんは、驚いた。
「心の色?」
「はい。悲しい人は青い色、怒っている人は赤い色、優しい人は緑色……そんな風に見えるんです」
ひかりは、僕の方を向いた。
「孔明さんは……とても美しい色をしています。金色と銀色が混ざったような、キラキラした色」
僕は、深い感動を覚えた。
この子は、確かに、特別な能力を持っている。
「でも、みんなは、私のことを『嘘つき』って言うんです。『目が見えないのに、色が見えるわけがない』って」
ひかりの目から、涙がこぼれた。
「だから、私、自分がおかしいのかなって思って……」
僕は、ひかりの手を取った。
「ひかりちゃん。汝は、おかしくない。汝は、とても特別で、とても大切な能力を持っている」
「本当ですか?」
「ああ。汝が見ているのは、人の魂の色だ。それは、目で見るものではない。心で見るものだ」
ひかりの顔が、パッと明るくなった。
「魂の色……」
「そう。そして、汝のその能力は、多くの人を救うことができる」
その時、カフェのドアが開いた。
入ってきたのは、これまでカフェを訪れた人たちだった。
田村健太と中島美咲、山本さん、佐々木さん、車椅子の田中さん……。
「あれ? 今日は、お休みじゃなかったでしたっけ?」
中島さんが、不思議そうに言った。
「なんだか、ここに来たくなって……」
山本さんも、首をかしげた。
僕は、理解した。
彼らは、ひかりの特別な力に引き寄せられてきたのだ。
「ひかりちゃん」
僕は、彼女に声をかけた。
「今、カフェにいる人たちの色は、どう見える?」
ひかりは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、驚いたような表情を浮かべた。
「すごい……みんな、とても美しい色をしています」
「どんな色?」
「最初は、それぞれ違う色だったんですけど……だんだん、同じ色になってきています」
僕は、息を呑んだ。
「どんな色に?」
「虹色……いえ、虹色を超えた、言葉では表せないような、美しい色です」
その瞬間、カフェにいる全員が、同じことを感じた。
深い愛と、完全な理解と、絶対的な安らぎ。
「これは……」
田中さん(図書館の)が、震え声で言った。
「魂の統合です」
僕は、答えた。
「ひかりちゃんの力によって、我々の魂が、元の一つの愛に還ろうとしている」
ひかりは、涙を流しながら言った。
「みんなの色が……一つになっていく……とても、とても美しいです」
カフェ全体が、言葉では表現できない光に包まれた。
それは、宇宙の記憶で見た、あの原初の愛の光だった。
だが、今度は、それぞれが異なる体験を積んだことで、より豊かで、より深い愛になっていた。
「これが……愛の完成なのですね」
サクラが、感動に震えながら言った。
「ああ。そして、これは、始まりに過ぎない」
僕は、ひかりの肩に手を置いた。
「ひかりちゃん。汝は、次世代の愛の触媒だ。汝の力で、もっと多くの人の魂を、一つに繋げることができる」
ひかりは、力強く頷いた。
「はい。私、頑張ります」
その日から、カフェは、新しい段階に入った。
ひかりの力によって、訪れる人々の魂が、より深いレベルで繋がるようになったのだ。
そして、その輪は、日に日に広がっていった。
カフェを訪れた人が、家族や友人を連れてくる。
その人たちが、また別の人を連れてくる。
愛の連鎖が、街全体に広がり始めた。
「孔明さん」
ある日、ひかりが僕に言った。
「私、見えるんです。未来の色が」
「未来の色?」
「世界中の人たちの魂が、一つの美しい色になる日が来るって」
僕は、深く頷いた。
「ああ。その日は、必ず来る」
「いつ頃でしょうか?」
「分からない。でも、我々が、一人一人の心に愛を灯し続ける限り、その日は確実に近づいている」
ひかりは、美しく微笑んだ。
「楽しみです」
僕も、微笑んだ。
「ああ。我も、楽しみだ」
その夜、僕は、カフェの屋上で星空を見上げていた。
千八百年前と同じ星々が、静かに瞬いている。
だが、今夜の星は、これまでとは全く違って見えた。
一つ一つの星が、愛する魂のように見えた。
そして、それらが、美しいハーモニーを奏でているように聞こえた。
「孔明さん」
サクラが、僕の隣にやってきた。
「サクラ」
「今、何を考えてるの?」
「未来のことだ。ひかりちゃんのような子供たちが、世界中に生まれてくる未来のことを」
「素敵な未来ね」
「ああ。そして、その未来を創るのは、我々だ」
僕は、サクラの手を取った。
「汝と出会えて、本当に良かった」
「私も。孔明さんと出会えて、人生が変わった」
「これからも、一緒に歩んでくれるか?」
「もちろん。永遠に」
星空の下で、僕たちは、新しい誓いを立てた。
愛の完成を目指して、共に歩み続けることを。
そして、その誓いは、宇宙全体に響いていった。
すべての魂に、希望の光を届けながら。
(第19話 終わり。次話へ続く。)
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