第三章 一級荷物管理人としてのフィンジャック

第1話 荷物管理協会の秘密基地

 一時間後の正午。秘密基地近くの鉄の扉にたどり着いた。仕事の時にいつも使っているはずの扉のはずなのに、今回は地獄の門に思えてきた。


 ⋯⋯開けたら、仕事仲間や会長に銃口を向ける事になるかもしれないから。


 どうせ俺が扉を開けるときは、誰かが裏切ったり罠が作動したり、挙句の果てには食料がカビたり盗まれたりするんだ。今回もきっとそうだろう。


「よし、目隠しを外してくれ。ここが、秘密基地の入り口だ」


 三人は目隠しを外し、馬車から降りた。


「良いんだな? フィンジャック」


 フルトは俺の肩に手を置いて話しかける。俺はチラッと彼の顔をみてカラ笑いする。


「あぁ、今回の依頼だから仕方ないさ。⋯⋯協会側がローレンスとグルじゃない事を願うしかねぇ」


「じゃ、俺達は打ち合わせ通り、出来るだけ協会の人達を殺さずに拘束する事にする」


 彼は魔法剣を引き抜き、扉の前で構える。残りのふたりも武器を準備して、俺が扉を開けるのを待っていた。


「あぁ。あっちが俺達に攻撃してこないならな。⋯⋯イザベル。戦力として数えても良いんだな?」


「も、もちろん。ま、魔法なら任せて」


 よく見ると、彼女の魔法の杖の他にも腰に小さな刃物のようなものを携えている。


 こんな刃物を持っている宮廷魔法使いっていたか?


「あ、この小刀は……変態エルフから逃げた時に拾っただけよ」


 そう言いながらも、イザベルの指先は小刻みに震えていた。まるで、魔法の杖よりもその刃物の方が手に馴染んでいるかのように。


 彼女に疑問を抱きながらも、マッチに火をつけて扉の隅にある油の入った皿の中に入れる。


 ゴゴゴ⋯⋯!


 火が付いた瞬間、三メートルほどの重たい扉が少しずつ動いた。


 三人は驚きつつも、俺と一緒に中へ入った。もう、俺の運の無さはこれっきりにしてくれと願って。

 扉が閉まると、火力発電式で馬車ごと入る巨大なトロッコが動き出す。


 ガタン、ゴトン。


「リリアーナ嬢。これはトロッコだ。ステン考古学会の技術で造られた」


「わぁ! すごい! また乗ってみたい!」


「……無事に帰れたらな」


 リリアーナは、動くトロッコをみて目を輝かせている。この純粋な反応は、今の俺にとっては微笑ましいものだった。


 カンカンカンカンカンカン!


 突如警戒のベルが鳴り始め、リリアーナとイザベルが辺りを見渡して驚いていた。一方、俺とフルトは真っ直ぐ上の様子をみていた。だが、壁に設置している拡声器から聞こえる音声は混乱していた。


『緊急事態! 抜け道のトロッコが作動! 造反者の可能性あり! 警戒せよ』


『い、いや! フィンジャックです! 彼が基地に帰還しました!』


「なんか、中で混乱しているみたいだな。フィンジャック」


「あぁ、何が起きているんだ? まぁ、扉が開いたら分かるんだけどさ」


 最悪な事態を想定して、マッチでウェンブリンライフルに火をつけて機動させる。


『おい、何を考えている!? フィンジャック!! 俺たちを助けに来たのか?」


『それとも、お前もローレンスの手下か?! 違うなら答えてくれ!』


 仲間たちの通信に、俺は少し安堵した。良かった、協会側が奴とグルじゃなかったんだ。


「お前の悪運、少しはマシになったな。フィンジャック」


「あぁ。トロッコに乗る前に、女神様に願ったかいがあったぜ」


 フルトがつぶやくと、リリアーナはクスっと笑った。

 さ、気を取り直して一呼吸おいて仲間に向けて返事をする。


「俺たちは、タングの依頼で協会を調査しにやってきた。ローレンスの仲間なんかじゃねぇ」


『そうか。なら、加勢してくれ! 奴らが秘密基地を攻撃しているんだ!』


『説明は後だ! 早くしてくれ!』


 彼らの声と同時に扉が開くと、地獄のような光景が見えた。


「おい、追加のリーゼン・フォイステはあるのか?! もう、うちの魔法使いたちの魔力が底を尽きそうだ」


「こっちもあと少ししかねぇ! ステンからの増援はまだか?」


 古城を改装した秘密基地内部は、多くの負傷者が横たわり、協会の人間たちが忙しなく敵の攻撃に対処していた。


「空に無数の魔法使い、地上は古代兵器を武装した兵士。⋯⋯敵は、ローレンスが身につけていた百合とライオンの紋章を身に着けているな」


「フルト! 冷静に分析してる場合か! 俺達も加勢するぞ」


「じゃ、調査はその後だ」


 フルトがそう言い残し、全力で雄叫びを上げながら全力で走った。


「お、おい! フルト、危ないだ⋯⋯え?」


 彼は砲撃でできた城内の穴から飛び込んだかと思ったら、浮遊する魔法使いの喉元に魔法剣を突き立てる。


「俺を殺してみろっ!!」


 次の瞬間、フルトは砲撃の煙の中を駆け抜け、浮遊する魔法使いの喉元を貫いた。

血飛沫を浴びながら、さらに次の敵へ飛び移る。


「ぐぅ! どうしたぁ! 俺は生きてるぞぉ!!」


 爆炎が彼の身体を飲み込む。矢が肩を射抜く。 だが一歩も止まらない。

 ——その姿に、味方も敵も声を失っていた。


 俺は思わず息を呑む。

 仲間のはずなのに、背筋がぞわっとした。

 あれは……人間じゃない。化け物だ。


「ま、魔法使いの戦い方じゃないわ」


 イザベルは呆然とした顔で呟く。


「何をぼーっとしているんですか! フィンジャックさんに、イザベルさん!


「「はい!」」


「私は負傷者を手当てしますので、おふたりも彼らに加勢して下さい!」


 リリアーナに怒鳴られた俺とイザベルは、慌てて援護に回る。


「皆さん! 絶対にフルトに当てないで援護して下さい!」


 この一言で、この場の全員に希望の光が見えていた。基地内にいる仲間も「勝てるぞ!」と叫び、士気が上がっていく。


 俺がウェンブリンライフルを構えて敵の魔法使いの胴体に向けて発砲する。


「つ、杖が!! そんなぁ!!」


 俺の銃弾は、男の魔法使いの杖に偶然着弾し、破壊。同時に、魔力が不安定になって地面へと吸い込まれる。


「よっしゃ! 敵が逃げ始め。……ん?」


 ふいに、隣にいるイザベルの様子がおかしい事に気付いた。


「な、なんで当たらないのよ! ザゼル・ドルガ(雷を放つ魔法)!」


 イザベルの攻撃魔法が、敵に一切当たらない。

 魔王城で同じ魔法を使っていたフルトみたく、本人は真剣に当てようと狙いを定めていても、攻撃が明後日の方向へと飛んでいく。


 ただ圧倒的な体力と白兵戦で数十人の敵を殲滅していくフルトはともかく、こいつって宮廷魔法使いじゃないのか? 


 このふたりが使っている魔法って命中難易度が難しいとかか? 


 いや、イザベルって戦いに慣れていない?


 ズベシャァッ!

 ライフルを抱えたまま派手に転び、口の中に砂利が入る。


「げほっ……! くそ、立たなきゃ……!」


 必死で銃を支えにして起き上がろうとした、その瞬間——


 バシュウッ!


 さっきまで俺の頭があった場所を、イザベルの雷撃がかすめて壁を焦がした。


 ……転んだおかげで、助かった?


「おいおい。俺の悪運、マジで笑えねぇ……」


 髪の毛がチリチリと焦げ、焦げ臭い匂いが鼻をつく。


「フィンジャック! ごめんなさい!」


 仲間たちも呆れ半分に叫ぶ。


「こいつ……悪運だけで生きてんな……」


 あぁ、情ねぇ。って、まずい!


「イザベル!! 後ろ!!」


「隙あり!」


 すっ転んだ俺を助ける為にイザベルが近づくが、敵の女魔法使いがイザベルを羽交い締めにする。

 イザベルは羽交い締めにされ、必死に暴れる。

 その時、腰の小刀に手が伸びた。


 ——迷いがなかった。

 まるで長年の癖のように、自然な動作で刃を抜き払ったのだ。


「や、やめっ……!」


 ぐさっ。

 脇腹に突き刺さった瞬間、敵が悲鳴を上げて拘束が緩む。

 普通ならそのまま逃げるはずだ。


 だが、イザベルの手は止まらなかった。


「どきなさいよっ!」


 喉元へと刃を突き立てる。


 血に濡れた小刀を握る彼女の姿は、魔法を放っていた時よりもずっと自然で——恐ろしく見えた。


 ごぼっ、と血を吐いた敵は崩れ落ち、動かなくなった。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐くイザベルの震える手。けれど刃物の握り方だけは、不思議なほどに様になっていた。


「イザベル、お前は一体何者なんだ?」


 動揺しているのか、彼女は血のついた刃物を持って息を荒げてふるえていた。

 まるで、身体が勝手に動いたと言わんばかりに。


「イザベルさん! フルト! 伏せて!」


 敵の放った巨大な炎が基地全体を呑み込もうとした瞬間——。


「守護の女神よ!」


 リリアーナの胸元の宝石が輝き、見えない壁が炎をはじき返した。

 轟音と爆炎の嵐が敵を焼き尽くし、基地は奇跡的に無傷で守られる。


「……すごい」


 呆然と見つめる俺たちの前で、リリアーナは力なくその場に膝をついた。

 彼女自身は何が起こったのか分かっていないように、戸惑った瞳で自分の手を見つめている。


「また……勝手に……?」


 小さく震える声。


 ——その声を聞いた時、俺は思い出した。そういえば魔王討伐の夜、彼女の胸元の宝石が一瞬だけ光っていたことを。


 仲間たちは歓喜の声を上げるが、彼女だけは怯えたようにうつむいていた。


 俺もイザベルも、ただ呆然とリリアーナと散り散りになって逃げ惑う敵を見つめるしかなかった。

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