第2話 誰を信じれば良いんだ?
翌日、俺は久々に自分のベッドで寝転んでいた。
任務の時はテントや宿の硬いベッドばかりだったから、このフカフカ感はたまらない。
なんたって金貨九枚はたいて買った、貴族用ウールの特注品なんだ。
……だけど今日は、このまま寝ていたい。
親代わりの協会に「尋問」なんざ、やりたくねぇ。
「おい、起きろ」
「ひぃっ!!」
フルトの低い声に飛び起きて、ベッドから転げ落ちる。
彼はソファから起き上がりながら俺を冷たい目で見ていた。
「……お前、こんな時にまで熟睡できる神経がすごいな」
「いやいや、体力温存ってやつだぜ? これも戦略」
「屁理屈を言う元気があるなら身支度しろ」
俺の肩を軽く叩いたフルトは、少しだけ優しい顔を見せた。
「辛いだろうが……かつての仲間を尋問するんだ。覚悟を決めろ」
「フルト、お前優しいんだな」
フルトの気遣いに、少し気持ちが落ち着いてきた。
一時間後、俺達は荷物管理協会の食堂で束の間の休息を取っていた。
「フィンジャック、フルトパーティーの皆さんのおかげで、この秘密基地を守りきれた。本当に感謝に助かった」
食堂のど真ん中に座る荷物管理協会の副会長でドワーフのブロンズバルトさんが、朝食のサンドイッチとチキンスープに手をつけずに頭を下げる。
「本当は、皆さんをおもてなししたいところですが……。ローレンスに国を乗っ取られた、今これが精一杯です」
ブロンズバルドさんの妻で会長でエルフのセシリアさんは申し訳なさそうな顔で俺達四人分の食事を用意する。
「いえ、わざわざ貴重な食料を分けてくれてありがとうございます」
リリアーナが丁寧な言葉でにっこりと挨拶をすると、夫婦も笑みを返す。
こうして始まった朝食だったが、俺の顔は暗いままだった。
七歳で戦災孤児になって荷物管理協会に引き取られてからずっと食べていたはずの朝食が、おいしく感じない。
「どうした? フィンジャック。どこか、具合でも?」
「いや、セシリアさん……その」
「セシリア。多分、仕事のことでも考えてるだろう。そういえば、ローレンスの素性調査の依頼があったな。フィンジャック」
「あー、そうだったな。ごめん、間に合わなかった」
ブロンズバルドさんに言われるまですっかり忘れてた。そういや、勇者アルベドの他にも荷物管理協会からも素性調査の依頼を受けていた。彼は諦めのような笑みで俺の瞳を見る。
「いや、良いんだ。食事の後に話そう。そしたら、報酬を支払おう」
「良いですか? 素性調査の途中で――」
「これは、協会としての意地でもあり、亡き国王からの最後の仕事だ。君に受け取る義務がある」
ブロンズバルドさんが力強く宣言すると、俺の胸の奥が熱くなっていく。
「あら、お兄さん。どこか具合でも? それともサンドイッチはお嫌い?」
ふと、セシリアさんが心配そうな顔で、イザベルに声をかける。
チラッとイザベルの方に視線を向けると、彼女はサンドイッチを手に掴んだまま目を俯いていた。
「いえ、あまりこういうの食べた事がなくて」
そう言った瞬間、イザベルは慌てたように目を伏せた。
(……なんで誤魔化すんだ?)
俺の胸に、小さな違和感が芽生えた。
「どういうことだ?」
俺が何気なく尋ねると、彼女は何かを隠すように「えっと、あの王国で両親を亡くして」と話をすり替える。
「そうか……。君も辛い思いをしたのか」
「そうね。食欲がなければ無理して食べなくてもいいわ。後で食べれるように取っておくから」
ブロンズバルドさんとセシリアは同情のような、悲しげな目になって彼女を気遣う。
こうしてギクシャクした朝食を終えたが、俺は終始イザベルの事が気になって様子をみていた。
彼女はおっかなびっくりでサンドイッチを一口食べると、バクバクと食べ始めておかわりを要求し完食した。
まるで、初めて食べる料理を口にしてみたら、気に入ったみたいな反応だった。
少なくとも、どこの国の庶民なら口にした事のある食べ物のはずなのに。
一時間後。朝食を終えて皆で食器を洗い終えて再び食堂へ向かうと、会長、副会長だけでなく仕事仲間四人が真剣な顔で席に座っていた。
食器を洗い終えた頃には、食堂の空気が変わっていた。
さっきまで談笑していた仲間たちの顔が、一斉に真剣に固まっている。
――まるで、裁判の開廷を待つ被告の気分だ。
「さて、仕事の話をしようと思うが……その顔だと他に仕事があるみたいだな」
「はは、やっぱブロンズさんには敵わないや 」
俺達は席に座らず、最初の依頼だったローレンスの素性調査の報告書とステン考古学会からの調査依頼書を手渡した。
十分ほど素性調査の報告書を仲間たちが見た後で、ブロンズバルドさんが調査依頼書を手に取る。
「こ、これは!」
彼は目を丸くして口を痙攣させていた。その様子を見たセシリアさんがひったくるように読むと、口を手で覆って絶句する。
「ステン考古学会は、俺達本部の身の潔白を証明したいとの事です」
「つまり、タングは。……いや、ステン会長は我々の中に裏切り者がいると思って、君たちを派遣したのか」
「俺たちを疑うのか?」
仲間の視線が一斉に突き刺さる。
まるで処刑台に立たされているような圧迫感に、喉がひゅっと狭まった。
「俺たちは命を懸けて秘密を守ったんだぞ!」
「ふざけるな、会長、副会長の恩を忘れたのか!」
「ハッ、強い用心棒の犬かよ」
副会長の呟きに、四人の仲間たちが俺に対して様々な反応で批判する。
だが会長のセシリアさんが諭し、フルトが剣を抜いて威嚇すると、静まり返った。
「出来れば、みんなを疑いたくないから、この尋問を早く終わらせたい」
こうして俺の尋問がスタートした。
「襲撃を受けたのは、いつだ?」
「奴が王座を奪った直後だ。翌日には攻撃を受けた」
「奴を王と認めてないか」
「当然だ。我々は新しい王を認めぬと表明した。だが――」
「だが、抜け道と秘密基地を知られたのはなぜ?」
「……君の報告書に書いてあるマリー・イルスが口を割ったとしか考えられない。だが、すべてを教えたとは思えん」
「つまり、推測ってわけだな」
確かに、奴らがトロッコの抜け道側から秘密基地を攻めてこなかったのは、マリー・イルスが黙ってた可能性もあるか。
三十分ほど俺の尋問が続き、ある程度の身の潔白を証明した。……後は、この調査報告書をみて、ステンが納得するかだな。
「依頼お疲れ様。フィンジャックも辛いけど、きちんとやり遂げて誇らしいわ。後は、ステンに信頼してもらうよう、全力で協力するとお伝えしてくれるかしら」
尋問が終わると、セシリアさんは労いの言葉をくれた。それだけで、俺の肩の荷が降りた気がした。
「はい。出来るだけ、こっちの方で説得を試みます」
「その前に、お前たちも基地の復興を手伝え」
俺の言葉に、仲間の一人がテーブルを叩いて立ち上がった。
「待て! 自分が失礼な事を言っているのか理解できないのか! 彼らも仕事で来ているんだぞ!!」
「それよりも、仲間の基地の惨状を見てみろ。ステンの報告よりも、大切じゃないか? 少しくらいは報告が遅れても、いいじゃないか」
彼は副会長の制止を振り切って辺りを指さした。瓦礫が散乱していて、所々に銃弾や魔法で攻撃された跡が生々しく残っている。
時折医務室から聞こえる仕事仲間の呻き声が聞こえて生々しかった。
助けたい気持ちは痛いほどある。でも。ここで報告を怠れば、ステンやタングが部隊を派遣して最悪な事態を招きかねない。
「荷物管理人協会の未来の為に、ステン考古学会の依頼を優先する。俺たちは、そのためにここへ来た」
「待て! 誰も会ったことのないステンを、俺たちより信じるのか?」
「うるせぇよ! 俺だって、お前たちを疑いたかねぇよ!」
俺の心の叫びに、食堂の空気が再び張りつめる。
「でも、一級荷物管理人のマリー・イルスが寝返ってこうなった以上、誰を信じていいのか分かんねぇんだ!」
俺も、答えを見失いそうになっていた。
――誰も信じられない。それが、今の俺の現実だ。
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