おまえはだまっていろ

「ちょっと、これ外してよ! なんにも見えない!」


 ラッドの尻の下で、アトラの華奢な脚が暴れる。アトラはばたばたともがいて頭に被せられたシーツを外そうとするが、ラッドの頑強な手のひらに腕を掴まれているのでほどくこともできず、ベッドの上で無様にもがいている。


「ちょっと、ねえ、ラッド!」


 聞き覚えのある声で名前を叫ばれて、ラッドの脳を紫電が駆ける。アトラの華奢な腕を掴む手に力をこめて、ラッドは地鳴りのように低い声を轟かせた。


「てめえ、その声でおれを呼ぶな。だまってろ」


 ラッドの言葉に、アトラはわざとらしくハァ、とため息をついた。

 暴れるのもやめて素直に黙って脱力したアトラの尻に、ラッドが空いた片手を触れる。ぴくん、とアトラの尻が揺れた。彼女が身を包んでいる、ぎりぎり臀部が隠れるような品のない長さのネイビーブルーのワンピース。その裾に手をかけて、背中までまくり上げる。彼女の大切な部分を覆い隠す面積の小さな下着を引き下ろす。


 ラッドの武骨な指先が薄い皮膚をかすめると、アトラの背中が揺れて、シーツの中から吐息が聞こえる。


 アトラの腕を捕らえていた手を離すと、彼女はベッドに手をついて、もうシーツを剥がそうとはしなかった。


 ラッドの指先が触れるたびに、シーツの奥から鼻にかかった声が聞こえる。

 アトラの華奢な肩を掴んで引き寄せる。シーツの中から現れた病的なほどに白いうなじは、上気してほのかに紅く染まっていた。


 アトラの腰を掴んで、高く突き上げさせる。素直に従った彼女の肉付きの薄くてさらさらとした肌触りの腹を撫でて、服の中に手を滑り込ませた。あばらのあたりに触れると、薄い皮膚の奥に頼りない骨の感触がある。肉感の薄い、子どもっぽい体つき。少しの衝撃で壊れてしまいそうな、繊細な体。ラッドには、大切な女性の身体を壊さないように優しく丁寧に触れた過去がある。


「んふふ……っ」


 くすぐったそうな声を上げてアトラがもぞりと身じろぎすると、頭を隠す白い布地の奥から尖った顎先が覗いた。シーツの隙間から少しだけ見えているさくら色の唇。その唇は、なんだかいつも甘い香りがしていたような気がする。



 身体が熱い。手負いの獣のような荒い呼気を繰り返しながら、ラッドは儀式・・を続けている。まだ眠りは遠い。強い感覚に頭が霧がかって、体力を使い果たすまでラッドは眠れない。いつの間にか、そんな身体になってしまっていた。


 捕まえたアトラの薄い腹に、ラッドの指先が食い込む。顔が見えないように被せられたシーツの端を握りしめていたアトラが、熱に染まったシーツを取り払ってラッドを見た。


「ねえラッドぉ、わたし……っ」


 うわずった声。こちらを見つめる潤んだ墨色の瞳。上気してほのかに紅い白磁の肌。ラッドの脳内が、白く瞬く。ラッドは、アトラによく似た人物を抱いたことがある。霧に呼ばれる前までは、彼女を毎週のように抱いていたのだ。彼女とアトラは、あまりにもよく似ていた。


「その声でおれを呼ぶなと言っただろう」


 ぎしっ。安物のベッドがきしむ音。ラッドの動きにつられて、アトラが上体をのけぞらせた。


「んぁ……っ、ラッドぉ」


 甘えるようにとろけた声。ラッドの脳裏に浮かぶのは、アトラによく似た女の姿。


「名前を呼ぶな! だまっていろ」


「むりだよぉ、ラッド……っ」


「……っ、だまれ。呼ぶな。だまれ……っ」


 シーツにすがりつく、アトラの華奢な背中。上気した白くてなめらかな肌。快楽にのぼせた甘い匂いがする。大切に閉じ込めようとしていた記憶が暴かれて、ラッドの脳内を埋め尽くしていく。思い出したくない出来事を振り切るように、ラッドは唸り声を上げた。


「あぁぁ……っ、ちくしょう! まだ足りねえ。こんなんじゃあ、まだ眠れねえ……!」


 寝台に手をついたラッドの指先が、布地を力いっぱいに握り込む。


「ちがう、おまえはちがう。おまえは誰だ……おまえは……」


 うわごとのように繰り返しながら、ラッドは糸が切れたように眠りに落ちるまで儀式・・を続けた。

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