No.013 / ブルーバードCEO


クイン先生の『歴史』の授業を終え、シノギはひとり、クジラ図書館へと足を運んでいた。


受付で学生証を提示し、調べて欲しい文言を伝える。

「3の285になります」

受付の女性型検索システムは、そのように告げた。


広いクジラ図書館の中を、シノギは棚の番号を探しながら進んでゆく。

「あった」

目当ての棚を見つけ、そこに収められている巻物から伸びている札を、丹念に調べてゆく。

「これだな」

広げられた巻物の紙面に、黒い文字が浮かび上がる。


【企業名:ブルーバード】

【2280年、創業。CEOは当時24歳だった波風タツ。身体障碍者のための義体製造を主な事業とする。(中略)2285年、コールドスリープ管理事業所である「ハートウォーミング」と、義体研究所である「ボディバランス」に買収され、分割管理される。】


「ハートウォーミング」とは、さきほどクイン先生の『歴史』の授業の中で取り上げられていて企業名である。

こんなつながりがあったとは――。

シノギは宙を見つめた。

その時である。


「しーのーぎーさんっ!」


すぐそばで自分を呼ぶ声がした。


「うわっ!」


シノギは思わず後ろへ半歩下がった。

「駄目ですよ、図書館で大声出しちゃ」

そう言って頬を膨らませるのは、同じクラス萌黄の生徒、フミ・あやである。

「なんだ、フミか」

「あやでいいよ」


会話をするために奥の談話室に移動した二人は、備え付けの大きな机に向かい合って座った。


「それで、こんなところで何をしているんだ、あや」

シノギは腕組みをしながら尋ねた。

あやはその言葉を聞いて目を輝かせる。

「そりゃあもちろん、大企業ブルーバードCEO波風タツさんを尾行して参りましたっ!」

敬礼をしたあやは満面の笑みである。

「尾行だと?」

シノギにはその真意がつかめない。

「ねね、過去のこと調べに来たんでしょ?何か分かった?あ、もう分かってると思うけど、私一筆文だよ」


一筆文――。

そういうことか。

シノギはこめかみを軽くつまんだ。


「いいぜ、教えてやるよ。俺の会社ブルーバードは、俺たちがコールドスリープに入った翌年に買収されてる。「ハートウォーミング」と「ボディバランス」という二つの企業により買収・分割されたようだ」

「へぇ。で、それで終わりじゃないでしょ?シノギのレポートにはなんて書いてあったのよ」

あやは興味津々である。

「買収されて悔しいから敵をうってくれ、とさ」

「あらまぁ」


「そう言われたってなぁ。そのレポート、ハートウォーミングの職員も読んでいるわけだろう?それが無事に俺の目に触れているってことは、完全に俺が何もできないって思われている証拠だ」

「そうだよねぇ」

しばしの沈黙がおりる。


「で、どうするの?」

そうだよねぇ。で、どうするの?」

あやは手を組んでシノギの目を見据えた。

「今すぐ何かするつもりはねぇよ。何かしようっても何もできねぇ。それより今は学園で力をつけるんだ。幽世ランドで職を得て自由に動けるようになるまで実力を磨くしかあるめぇ」

そう言ってシノギは天を仰いだ。


「なるほど、冷静だね。さすがCEO」

「お前CEOって言うのやめろよ」

「えーなんでー」

二人の間に軽やかな笑いが起こる。


「よーし、まずは全教科学年一位を目指す!」

シノギは伸びをしながら大きな声で言い放った。

それをあやは眩しそうに見やる。

「今は学年二位でしょ?目指すはメバエさん超えってこと?」

「ああ。メバエを抜いて、俺が一位だ」

シノギはそう言うとにかっと笑った。


「よーし、それじゃあ私は三位につける!」

あやはそう言って胸の前で握りこぶしを作った。

「そこは二位にしろよ」

すかさずシノギが突っ込みを入れる。

「だってメバエさんを超えるとか無理っぽいんだもの」

あやはふくれっ面を作ってみせる。

「野望を抱けよ、野望をよ」

「おーさすがCEO!」

「お前なぁ」

あはははは、とあやの軽やかな笑い声が談話室にこだまする。


シノギの胸に、確かな覚悟が芽生え始めていた。

その覚悟は、やがて非常に大きな使命感へと変わってゆくのであった。


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