No.012 / 岩井の乱

「はじめまして、私の名前はクイン。どうぞよろしくお願いいたします」

そう自己紹介をしたのは、頭のてっぺんからつま先まで、中世ヨーロッパの貴族のいでたちをした20代と思われる男性だった。


頭の上におもちゃのような小さな王冠をのっけたクイン先生は続けた。

「今日はこれから『歴史』の授業を行います。現実世界からの訪問者との交流に役立てるべく、しっかり学んでください」

第二視聴覚室に集まったクラス萌黄の10名の生徒全員の目はクイン先生の姿形に集中し、その言葉を聞いているものは半数もいない。

どこかから、「まぶし……」という声が聞こえた。


「それでは、ヘッドセットを装着して」

クイン先生の高い声が響く。


メバエは頭の上にのっかったツクモに、「ルナ、ヘッドセット装着して」と呼びかけた。

すぐに「らじゃ」と返事があり、メバエの目元を黒い帯が覆う。

それを見て、メバエのすぐ後ろの席に座っていたあやが、「ジガさんすごい、もうツクモと会話できるんだ」と口にした。

「うん、Aiが学習してくれるから、慣れたらすぐだよ」

とメバエはにこやかに返す。

「そこー準備はいいですか?」

とクイン先生の声が響いた。


【2284年:コールドスリープ実用開始、クラス萌黄のみなさんがスリープに入る】

【2321年:スリープ中の人間をVR世界で目覚めさせることに成功する】

【2343年:VR内で目覚めた岩井による反乱・『岩井の乱』が起こる】

【2345年:『世代間教育』がスタート】

【2347年:不具合により『世代間教育』が中止される】

【2355年:幽世ランド、オープン】

【2370年:幽世ランド付属幽世学園が開校】

【2380年:クラス萌黄のみなさんが目覚める】


ヘッドセットの内側に、テキストで年表が表示された。


「クイン先生、『岩井の乱』て、具体的に何が起こったんですか?」

さっそくそう質問したのはシノギである。


「『岩井の乱』については、一般的な説明でよろしければ以下のようになります」

クイン先生は続けた。

「まず前提として、まだコールドスリープが珍しかった頃のスリーパーたちは、みなすべからく富豪だったりします」

「お金持ちしかスリープのチケットを買えなかったんですね」

まねが目を光らせながら言う。

「その通り。その上で、スリープに入るためには難病であるとか、のっぴきならない事情があるとか、とてつもない権力者であるとか、何かしらの理由が必要でした」

「スリープの審査は誰が行ったんですか?」

メバエが手を挙げて質問する。

「コールドスリープを管理する企業「ハートウォーミング」の職員たちです」

クイン先生は淡々と答える。

「企業」という言葉に、シノギはぴくりと眉を上げた。


クイン先生は続ける。

「そのような訳アリな方々が、いきなりVR世界で目覚めさせられる――。そのうえ朝から晩まで試験が行われたのです。彼らは不満をためこみ岩井国光を中心に団結していきました」

「それが反乱につながった……」

あやがぽつりと口にした。

「俺たちはモルモットじゃねーって、なりますよね」

シノギが重ねて言った。

「その通り。岩井たちはVR内で一斉に蜂起し、そのVR内にいた現実世界からの訪問者を一人残らず精神汚染に追い込んだといいます」

クイン先生の言葉に、「精神汚染て何ですか」と声があがった。

「岩井たちのあまりの攻撃に、みな精神に異常をきたしてしまったということです」

教室内が一気にざわめいた。

「それで、岩井たちはどうなったんですか」

シノギが手を挙げて聞く。

「もちろん、みな死刑となりました」

クイン先生はみじかく答えた。


しばらくざわつきが続いた後で、「コールドスリープしている人間を死刑にできるんですか」とあやが尋ねた。

「もちろん、現実世界で法整備もされています」

クイン先生は淡々と答える。

「具体的には何をどうするんですか?」

とメバエが尋ねた。

それを聞いちゃいますか、とクイン先生は少々動揺しつつも、

「脳を装置から取り出し、廃棄します」

と正直に答えた。

「『岩井の乱』に関わった人間の脳はすべて廃棄されたんですか?」

とメバエが重ねる。

「はい、現実世界でそのように死刑が執行されました」

クイン先生はつとめて淡々と答えた。


「その反省として、『世代間教育』の実施に至ったんですね」

メバエは今や詰め寄るように尋ねる。

「そうですね、不具合によりたった2年で終了してしましましたがね」

とクイン先生も冷静に応対する。

このようにして、『歴史』の授業は、先にあげられた年表を紐解く形で、午前中いっぱい続けられた。

クラス萌黄の10名の生徒にとっては、重い、重い意味をもつ授業となった。

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