No.014 / 「なんとなく。」のひとこと


【コールドスリープを選んだ理由:なんとなく。】


ノート先生の「人格」の授業で、スリープ前の自分の情報を閲覧して以来、メバエは何度もこの一文を読み込んでいた。

クイン先生の「歴史」の授業では、スリープに入る人はみな金持ちだったと説明があった。

では、スリープ前のメバエも、例外なく金持ちだったのだろう。

金持ちの上に、当時最新技術だったコールドスリープを望むような人物像を思い描いてみるも、なかなかその先の像が結ばない。


私はなぜスリープしたの?

なんの目的があって?

それとも何かから逃げるため?

そもそもスリープ前の性格って?

当時はどんなことに喜怒哀楽を示していたの?

「なんとなく。」のひとことからだけでは読み取れない情報ばかりである。


学園内にある公園の一角に備え付けられたベンチに座り、メバエはそんなことばかり考えていた。

太陽はまだ登り切っておらず、澄み切った4月の空気が、しめやかにあたりに満ちている。


「ルナ、お前、高性能なAiなんでしょ。スリープ前の私について、何か情報持ってないの?」

メバエはそう言って、頭の上で垂れ下がりそうなほどにくつろいでいる自身の猫型のツクモに呼びかけた。

エラー音なのだろうか、ピピッという機械音がした後、ルナはゆっくりとしゃべりだした。

「我々ツクモは、どのような人物のものであれ、スリープ前の情報を検索することはできません。その情報は、クジラ図書館でも検索不可能です」

何度試しても同じ答えが返ってくる。

「そうですか!」

メバエは伸びをして、その場に立ち上がった。

姿勢が崩れたので、反動で、頭の上からルナが地面にぴょんと降りた。

「寮まで競争!」

そう言うとメバエはルナを振り返りにやっと笑った。

「了解しました」

ルナの電子音が、小さくなるメバエの背中を追いかける。

時刻は朝の7時。

幽世ランドがゆっくりと目覚めようとしていた。



午前中の授業の合間に、メバエは二人一緒になって何やら話していたセキとアカシをつかまえた。

そして自分のスリープ前の情報があまりに短いこと、スリープ前の自分のことが気になって仕方がないことを説明した。

するとセキとアカシは互いを見合い、そして二人同時に照れたような顔をした後で、「そういうことって、自然に落ち着くところに落ち着くんじゃないかな」とどちらからともなく言った。

なにやら含みのある言葉に、はっきりしてくれと思ったが、それでも二人の間には何かがあったらしい。

セキとアカシは互いを見つめあい、もじもじしたまま、二人だけの世界に入ってしまったようであった。


埒が明かないと悟ったメバエは、二人に「ありがとう」と手短に告げ、次は廊下で雑談していたシノギとあやに声をかけた。

するとシノギは開口一番、「ミニテストでいい点取ったからって図に乗るなよ」と言ってきた。

図に乗った記憶はない。

メバエはシノギを無視して、あやにも自分のスリープ前の情報がなさすぎて困っている旨を告げた。

するとあやは、「そういうのって気になるよね、分かる!ね、CEO」と言ってシノギに視線をやった。

「だからお前、CEOって言うのやめろって言ってるだろ!」

シノギは空で拳を作る。

それを受けてあやはきゃーっ!と笑顔で悲鳴をあげている。

なんだか夫婦の茶番劇を見せつけられている気分になってきたが、メバエはとりあえず、「シノギって、スリープ前、CEOだったの?」と尋ねてみた。

しかし帰ってきた言葉は辛辣なものだった。

「そうだけど、お前には教えねえ。何ひとつ教えてやらねえからな。敵に塩を送る馬鹿がいるかってんだ」

「えー、教えてあげればいいじゃん減るもんじゃなし」

シノギとあやのかけあいは続いていたが、ここでもメバエは半ばうんざりした気持ちで「ありがと!」と言ってその場を後にした。


この頃になると、クラス萌黄の10名の生徒の中でも、ウマの合う者と合わない者がだんだんと分かってきて、みな休憩時間になると思い思いに集まったり、人によっては机に突っ伏したりして時間を過ごしていた。

シノギに一方的に敵あつかいされたが、クラス萌黄の生徒の面々を眺めていると、なんとなく自分の弱みをさらけ出すことに抵抗が感じられ、これ以上クラスの生徒を巻き込んでの追求はやめておいた方がいい気がしてきた。

代わりにメバエは、昼休みに職員室を訪ねることに決めた。

先生方なら、何か知っているかもしれない。

そう、思ったのだ。

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