コンビニ
「これ、お願いします。現金で。」
コンビニに入り、
まずはレジへと向かった。
愛想のない男性バイトに請求書を渡し、
それをちぎってくれるのを待つ間に
財布から現金を取り出した。
「…確認お願いします。」
蚊の羽音よりも小さな声で
男性バイトは言った。
店内に流れている音楽に
かき消されそうであったが、
こういった支払いに慣れている流歌は
聞き返すことなくモニターに映し出された
『確認』という文字を指でつついた。
流歌が確認ボタンを押したことを
男性バイトが確認すると、
流歌は現金をレジにあるトレーに乗せて、
男性バイトの方へ押し出した。
女子高生がこういった支払いに
慣れていることに驚いたのか、
男性バイトは少しだけ動きを停止させた。
「……こ、こちら領収書です。」
しかしすぐにハッとなると、
現金の枚数を手で確認してから機械に通し、
お釣りと領収書を流歌に渡した。
流歌は金額が合っていることと、
お店のハンコが押されていることを
しっかりと確認してから
お釣りと領収書を財布にしまって、
レシートはレシート入れに押し込んだ。
「……ありがとうございました。」
男性バイトの声を背中で聞いて、
流歌はお菓子コーナーに目を向けた。
流行りに詳しくないので分からないが、
今はコラボキャンペーンをしているらしく、
対象の商品を3つ買うと
アニメキャラのクリアファイルを
5つの種類から選べるようだ。
知っているアニメではあったが、
知っているだけで好きではなかったので
興味のなかった流歌は
適当に流し見てそのコーナーを通過した。
姉である流舞が言っていたポテトチップスは、
このコンビニと連携している
プライベートブランド商品で、
流舞曰く、まだホトトギスに
魅入られるよりも前、
少しだけ世話を焼いた少女に
お礼としてお裾分けしてもらった際に
食感が気に入ったそうだ。
味はのり塩味一択で、
それ以外は受け付けないらしい。
こだわりがあるのはいい事だが、
次々と新しい商品が開発される昨今、
他の商品を食べてみるのも
価値観の変化に繋がるのではないだろうか。
と、思う今日この頃の流歌である。
流歌は先述のポテトチップスと
ブラックのコーヒーを持って
先程と同じ男性バイトのレジに並び、
スマホの決済アプリで支払った。
「……ありがとうございました。」
同じような挨拶を聞いて
コンビニを出ると、
烏城高校の制服を着た数人の男子生徒が
たむろしているのが見えた。
学校帰りにコンビニに寄って
友達同士で雑談とは、
なんという青春っぽさであろう。
流歌にも友達がいたら、
あんな風に学校帰りを過ごせただろうか。
いや、過ごせなかっただろう。
友達がいようがいまいが、
流歌であればカラスの鳴き声を聞きながら
一人で帰る方がお似合いだ。
元より、流歌は群れるのが嫌いだからだ。
「ただいま。」
「おかえり〜。」
時刻は午後6時より少し前。
太陽が少しずつ後退し始めて、
小さな良い子は家に帰る時間だ。
「はいこれ、いつものやつ。」
ポテトチップスを
コンビニ袋から取り出し、流舞に渡した。
「やったー。」
などと無邪気に喜び、
流舞はポテトチップスを
自分のお菓子ボックスに入れる。
この家にはお菓子ボックスなるものがあり、
その箱に入っているお菓子は
いつでも誰でも食べていいとされていて、
ポテトチップスやらチョコやらが
常備されている。
と言っても、お菓子は買ってくるのではなく、
家を貸している人の中に
いわゆる賭け事好きな人がいて、
その人がパチスロ屋に行く度に
景品のお菓子を持ってくるのだ。
ただ、流舞だけは専用のお菓子ボックスがあり、
例のポテトチップスだけが
3つ程確保されている。
「あ、そうだ。流歌。
もうすぐパパが帰ってくるらしいから、
大人しく待っててってさ。」
お菓子ボックスにポテトチップスを入れると、
思い出したように流舞が言った。
和泉家の両親、
特に母親は家を空けることが多く、
定職に就いていないことをいいことに
日本各地を転々としている。
ただ、転々としているだけなら
文句の一つも言うところなのだが、
母親は各地の旅館やホテル、観光地など
色々な場所に行ってはレビューを書いており、
それを旅雑誌に提供している。
しかもそのレビューが
かなり良い値で売れるようで、
その甲斐あって、家計的には助かっている。
家賃収入だけではやっていけないと言って
父親も新聞記者をやっているが、
母親の方が儲けていたりする。
「はーい。」
ちょうど時間ができたので、
流歌は千歳に送るメールを作るべく、
自分の部屋に向かった。
流歌の部屋は1階の奥にあり、
襖を開けてもカーテンで
中が見えないようにしてある。
部屋の広さは8畳で、
ベッドと勉強机、タンスの他には
本棚がいくつもあるだけだ。
漫画や小説でビッシリと詰まっており、
所々にキャラクターのグッズが飾ってある。
本棚に収まりきらなかった本が
机や床に積み上がっていて、
本の山が築かれていた。
流歌はタンスから適当な部屋着を取り出し、
パッパッと制服からそれに着替えた。
ベッドに寝転び、スマホと睨み合う。
『千歳千尋』の名前を選び、
今流歌が置かれている状況を文字に起こした。
先日助けた十六夜鉄弥から
月詠暦について相談されたこと、
クラスメイトである逢瀬冬馬に協力を仰ぎ、
月詠の情報を得ようとしていることなど
できる限り簡潔にまとめた。
『妖神っていうのはね、
君が思っているよりも近くにいるよ。』
あの言葉は、一体何だったのか。
妙に確信めいた千歳の言い方が
流歌には引っかかっていた。
そしてそのすぐ後、
逢瀬から送られてきたメッセージによって、
事態は急展開を迎えることになる。
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