狼と時の鳥
夕暮れの帰り道、一人きりの女子高生。
しかも徒歩となれば、
いささか危険な雰囲気に包まれるものだ。
都会から近くとも遠からずな
距離にあるこの辺りの地域は
昼夜問わずチンピラやヤクザがいたり、
ナンパをしている男が後を絶たない。
一人きりで歩く女子高生なんて、
彼らにとっては格好の獲物だろう。
だが、彼女に話しかける男はいない。
彼女から漂う只者とは思えない威圧感に、
完全に萎縮してしまっているのだ。
それでも、ある一人の男が
思い切って彼女の前に躍り出て声をかける。
「な、なぁ…そこの女子高生。
その制服、烏城のだろ?
勉強ばっかで疲れてんじゃねぇか?
ちょっとでいいからよ、
俺らと一緒に遊ばねぇか?」
言いながら、男は彼女の体を
足元から舐め回すように見る。
今や靴と呼ぶにも抵抗がある程に
ボロボロになったスニーカーは
恐らく女性物ではなく男性物。
引き締まった筋肉質なふくらはぎに繋がる
太ももを大胆に露出させているにも関わらず、
スカートはほとんど折っていない。
細く、それでいて芯のある腰と
対比するような存在感のある胸は、
高校生とは思えない程に立派である。
閉めると弾けてしまうからか
シャツのボタンは二つも開けており、
褐色肌に包まれた谷間が覗いている。
腰まで伸びた灰色の髪は
野性の獣のようにバサバサで、
相手を射抜くように鋭い眼光は
獲物を狩る時の狼を彷彿とさせる。
「あぁ?」
歩みを止められたことが気に触ったのか、
彼女は苛立つような表情で
男のことを睨みつけた。
「ひぃぃっ!」
「お、おい!逃げるぞっ!」
「すいませんでしたぁぁぁぁ!」
たったそれだけで、
男は悲鳴をあげて逃げていく。
男の仲間と思しき3人の男達も
蜘蛛の子を散らすように逃げていき、
夕暮れの陽が差す道に
ポツンと彼女は取り残された。
「はぁ。」
一つ、彼女はため息を吐いた。
まただ。別に怒ってもいないのに、
彼女に話しかけた人達は
例外なく逃げ出していく。
ナンパしにきたチンピラ、
ファッション雑誌のスカウト、
道を聞いてきた外国人。
皆、彼女の後ろ姿を見て
声をかけてくるが、
彼女の眼光を見ると途端に
うさぎのように逃げ出していく。
学校でもそうだった。
見た目のせいで同年代の子からは
遠巻きにされることが多く、
烏城高校に入学してからも
畏怖の目で見られていた。
そして、偏差値も高く運動もできる彼女は、
意図せずに一匹狼になってしまっていた。
彼女は、彼女はただ───。
「はぁ……。」
また一つため息を吐いて、
彼女は再び歩き出した。
――――――――――――――――――――
「ただいま。」
和泉流歌の住む家は
古臭い住宅街の一角にある。
この辺りの地域は江戸時代中期から
宿屋通りとして名を馳せており、
100年以上前に建てられた宿屋を改装して、
自分達の家にして暮らしている。
そして、和泉の先祖は当時
この辺りの地主をしていたらしく、
現在もいくつかの家を所有している。
今は家賃代を主な収入源にしており、
特に和泉の両親は
地域との繋がりをとても大切にしている。
「おかえり〜。」
和泉がリビングに顔を出すと、
10歳くらいの少女が返事をした。
鮮血のような血紅色の髪が
とにかく目を引く少女だった。
少女は読んでいた漫画から顔を上げ、
和泉に二枚の紙を差し出した。
「はい、これ。今月の電気代と水道代。
いつもと変わらない額だから、
コンビニ行って払っといてね。」
「はいはい。」
和泉は少女から請求書を受け取り、
鞄を置くために自室に向かった。
財布だけ抜き取ってから
鞄をベッドに放り投げると、
わざわざ私服に着替えるのも面倒なので
制服のままリビングに戻ってきた。
「姉さん、今からコンビニ行ってくるけど、
何か欲しいものとかある?」
和泉がそう話しかけると、
今度は漫画から顔を上げずに
少女は答えた。
「なら、ポテチ買ってきて。いつものやつ。」
「あぁ、あれね。」
少女の要望を聞いて、
和泉はとあるお菓子メーカーの
ポテトチップスを思い浮かべた。
さすが、というべきか、
伊達に17年も同じ時を過ごしていない。
多くを聞かなくとも
相手が何を考えているのか分かる。
「それじゃ、行ってくるわ。」
行ってらしゃーい、という
間の抜けた返事を聞きながら玄関を出た和泉。
さて、和泉が最寄りのコンビニへ向かう間に、
家にいた少女のことを少しだけ話そう。
少女の名は和泉
見た目は明らかに小学生だが、
これが正真正銘、和泉流歌の姉である。
流歌と同じ烏城高校の出身で
在学中はテニス部に所属しており、
実力もそれなりにあって
持ち前の明るさでテニス部の
副部長兼ムードメーカーとして
チームを支えていた。
卒業後は地元の食品会社の営業担当として
就職したのだが、3ヶ月程で退社し、
フリーのイラストレーターになって
細々と活動していた。
月収こそ多くはなかったが、
界隈ではそれなりに名前が売れていた。
そして、ある日のこと、
流舞は妖神に魅入られてしまった。
その妖神の名を『時の鳥』。
妖神の中でも特別な力を持ち、
時を超えるとさえ言われているホトトギス。
それが流舞を気に入り、
流舞の体に取り憑いたのだ。
そしてその結果、
流舞の体は10歳の少女となり、
髪の色も今のような血紅色になった───。
おっと、流歌がコンビニに到着したようだ。
まだまだ語りたいことはあるが、
それはまた次の機会にしよう。
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