桜が朽ちた公園
4月19日水曜日放課後。
場所は烏城高校の裏手にある、
人の気配のない小さな公園だ。
桜のシーズンになれば、
この公園の桜の木を目当てに
近所の人が穴場として立ち寄るらしいが、
今はもう桜の花は散ってしまい、
ただの残骸のようになっている。
錆びついたブランコは
今にも鎖の部分がちぎれて
壊れてしまいそうで、
滑り台は乾いた泥で覆われており、
最後に人が座ったのはいつだろうかと
思わせるような朽ち果てる直前のベンチ。
この公園全体が
暗い空気に包まれているようで、
立っているだけなのに
気分が悪くなりそうだった。
「それで、ウチに何の用ですか?」
今この場にいるのは三人。
珊瑚色の桃髪を一つに結んでおり、
彼女が動く度にしっぽのように
左右に揺れている。
月詠暦。一年三組。
テニス部に所属しており、
先日の地域大会では簡単に優勝するなど
かなりの実力を持っている。
「そんなに警戒しなくていいよ。
俺達はただ、月詠さんと話をしたいだけなんだ。」
柔らかな笑顔に、凛とした声色。
常磐色の緑髪は大自然の
どっしりとした森林を彷彿とさせる。
逢瀬 冬馬。二年一組。
部活こそ入っていないが、
学級委員としてクラスをまとめており、
明晰な頭脳を活かして
円滑に話を進めることに長けている。
「ええ、緊張することはないわ。
私だって頼まれたからやってるだけで、
本当なら早く帰って積み本読みたいのよ。」
言葉の内容に愛想はないが、
その言葉の裏側には
使命感があるようにも思える。
穏やかな川の流れのように
透き通った浅葱色の髪を手ではらい、
腕を組んで月詠を見据えた。
和泉流歌。二年一組。
学級委員を決める話し合いの際に
居眠りをしていたところ、
体調を崩した十六夜鉄弥を助けた人、
という理由だけで勝手に学級委員にされた。
なので、基本的に話し合いなどは
冬馬に任せきりとなっている。
「先輩達の事情なんて知りません。
ウチは部活に戻りたいんで、
早く済ませてもらえますか?」
月詠は腕時計を気にしながら、
睨むような視線を冬馬に向けた。
どうやら、まともに話ができそうなのは
冬馬の方だと直感したらしい。
スポーツをする人間としては、
素晴らしい素質だと言えよう。
「安心してよ。これはなんて言うか、
ちょっとした確認みたいなものだから。
そんなに時間は取らないよ。
こっちも無駄なことは聞かないから、
月詠さんも正直に答えてね。」
「分かったから、早うして。」
月詠はイラついていた。
しかし、無理もないことだろう。
部活に走って向かっていたのを待ち伏せされ、
無理矢理に連れて来られたのだから。
しかもこんな場所ともなれば、
平常心を保てという方が酷だ。
しかし、これから聞かれることよりも、
早く部活に戻ることの方が
月詠にとっては重要らしい。
だが、その優先順位は、
すぐに覆されることになる。
「じゃあ、単刀直入に聞くね。
月詠さん、俺のクラスの十六夜鉄弥とは
どんな関係なのかな?」
冬馬の口から鉄弥の名前が出た途端、
月詠の動きが一瞬にして止まった。
しかし、月詠はそれを誤魔化すように
鼻で笑ってみせた。
「い、十六夜鉄弥って誰ですか?
ウチの知り合いにはいないですけど?
人違いじゃないんか?」
月詠は動揺を見せている。
それは誰の目にも明らかだった。
少しだけ、関西弁が顔を出している。
「え?知らないの?十六夜鉄弥だよ?
烏城高校二年一組、
バドミントン部の期待のエースで金髪イケメン。
この学校にいて知らないはずないんだけど。」
そう、十六夜鉄弥は有名人。
十六夜鉄弥、逢瀬冬馬、月詠暦、
そしてまだ見ぬ面影楓と並び、
『大和四人衆』と呼ばれている。
その中に月詠本人も含まれている以上、
知らないなんてことはないはずだった。
「知らんものは知らんっ!」
「そっか、じゃあ質問を変えよう。
月詠さんは、どうして鉄弥のことを
つけ回したりしてるの?」
「…っ!?」
月詠は誤魔化さなかった。
冬馬のことを睨みつけて、
拳を硬く握り締めている。
それでも、冬馬は笑顔を貫いた。
表立った感情は見えないが、
冬馬の笑顔の下には
不気味な何かが隠れているようだ。
冬馬はゆっくりと確実に、
月詠を追い詰めていた。
しかし、今の状況は決して良くない。
月詠からしてみれば、
自分の深い部分まで調べられている上に
相手の意図すら読めないとなれば、
ヘタなことは言うまいと
口を閉じてしまうに決まっている。
もしそうなってしまえば、
今日のこの時間が無駄になる。
日を改めようにも、
もう二度と月詠が冬馬と流歌に
応じることもないだろう。
だから、流歌は口を開いた。
「警戒させてごめんなさいね、月詠さん。
実は私達、十六夜君のクラスメイトで
十六夜君からあなたに
ストーカーされてるって相談されたの。
正直、面倒事に巻き込まれるのは嫌だけど、
ほら、私達って学級委員だから、
クラスメイトからの信頼のためにも
相談を断る理由なんてないじゃない?」
流歌はあえて、こちらの本音を語った。
いや、初めからある程度、
本音を語るようなキャラで通していた。
流歌のように自分に素直で
考えるより先に口に出すタイプの人間は、
その言葉にウソがないと
相手に認識されやすい。
腹に何かを隠してそうな人間より、
人間的な中身が見えるからだ。
中身の見えやすい人間がいるだけで、
交渉が止まることはない。
「あん人から…直接?」
流歌の言葉を聞いて、
月詠は驚愕するように目を見開いた。
そして流歌が、そうよと言うと、
月詠は絶望したようにその場に座り込んだ。
もう、言い逃れは出来ないと悟ったらしい。
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