第16話 ひとつにもどる
その週末、ヒロカは仲良しのお友達の家にお泊まりに行くことになった。
「ママ、寛美ちゃん、いってきまーす!」
ヒロカは小さなリュックを背負って笑顔で手を振る。
「ちゃんと、お世話になりますって言って、お土産渡すのよ」
「はーい」
ーー
玄関が静かになり、彩音と寛美は顔を見合わせる。
いつもは賑やかな家が、今夜だけは二人きり。
彩音はお茶をいれながら、胸の奥に少し高鳴りを感じていた。
「……なんだか、変な感じね。ヒロカがいない夜って」
彩音が笑いながら言うと、寛美は微笑んでうなずく。
「うん。でも、二人でゆっくり話せるの、ちょっと嬉しいかも」
彩音はその言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふっと熱くなり、母の顔ではなく、一人の女性として寛美と向き合えることにときめく。
二人はワインを少しだけ飲み、ゆっくりと語り合う。
彩音は、ヒロカのこと、過去のこと、そして寛美への気持ちを少しずつ口にする。寛美は静かに頷き、彩音の手にそっと手を重ねる。
「……彩音、もっと近くにいてもいい?」
寛美が囁くと、彩音は小さくうなずき、目を閉じた。
鼻先と鼻先がそっと触れ、二人の距離が甘く縮まっていく──。
彩音はそっと寛美の手を握り、ソファに並んで腰かける。
呼吸が少しずつ重なり、心臓の音まで届きそうな距離。
「……ずっとこうしたかったの、寛美」
彩音の声は小さく、でも甘く震えていた。
寛美も息を潜め、少しだけ彩音に顔を近づける。
「……うん」ほんの一瞬の沈黙のあと、視線が絡み合い、胸の奥にじんわりと熱が広がる。
指先が触れるたびに、互いの鼓動が伝わる。肩を寄せ、手を絡める。静かな夜の光が二人の輪郭を柔らかく照らし、言葉にならない想いを互いに伝える。
彩音の手が寛美の頬に触れ、寛美も自然に肩に手を回す。
唇はまだ軽く触れるだけ、確認するように、そして少しずつ熱を帯びていく。
深い口付けをすると、二人は少しだけ焦るように求め合う。
舌先が迷いながら触れ合い、熱が交わるように、身体に少しでも隙間が出来るのが寂しくて、密着を強めながら足も絡み合う。
まるで四年間の不在を埋めるように。
激しい求愛に汗とバニラの香水が混ざり合うと、甘い空気が一気にあの頃に二人を戻した。
互いの手は離さず、呼吸は重なり、視線だけで会話するように見つめ合う。
外の世界を忘れた二人の夜は、静かで甘く、蕩けるに長く続く。
懐かしい彩音の柔らかな身体に唇を這わせる。
形の整った胸が静かに波打ち、美しくくびれたウエストがかすかにくねる。上向きで丸いヒップを揺らしている。
太ももは適度な太さなのに、膝下が長く細い。
子供を産んでも彩音は変わらず美しいまま。寛美は丁寧に彩音を愛していく。
わがままな自分の幸せを貪欲に求める彩音も、懐いてくれる可愛いヒロカも、寛美はこれからの二人を愛していくと心に秘めると、自然と涙が流れる。
全身を確かめるように口付けたあと──
しばらく見つめ合い、寛美はそっと彩音を抱きしめながら、指先を沈める。
彩音は少しはやく甘い吐息になり、寛美のショートヘアを撫でる。
「男の子みたいで可愛いわ、声を掛けてくれたあの日の髪型と同じね」
「彩音さんは背中までのロングヘアだったけど、今は肩下くらいか。大人っぽくなったね」
ふふっと微笑む彩音。
「あたしの方が前から大人だったわよ、年上だもん」
その時、寛美は彩音の奥に触れた指が、彼女の鼓動をすくい上げるように動き、主導権は私よ、とイタズラする。
「もう…イタズラ好きは変わらないのね」
その夜、彩音と寛美は、初めて“親”ではなく“女”として、静かに心を重ねた。
二人は緩やかに解け、終わらない愛を伝え合うように蕩け続ける。
夜は静かに更け、窓の外からはひんやりした夜風がそっと差し込む。
ソファで抱き合ったまま、二人は言葉を交わさず、呼吸と鼓動だけで会話を続けていた。
彩音の髪に触れながら、寛美はじんわりと温もりを噛みしめる。
彩音もまた、指先で寛美の背中をなぞり、体を預けながら甘く吐息を漏らす。
二人の間に広がる静けさは、甘い幸福で満ちていて、けれど決して重くはない。
ただ、今この瞬間、互いに寄り添い、心を重ねているだけで、世界が全て柔らかく光に包まれるようだった。
遠くで、ヒロカの笑顔が揺れるように思い出される。
二人の間をつなぐその小さな光は、これからの未来を優しく照らしてくれる予感に満ちていた。
夜の甘い余韻の中で、二人は言葉にしなくてもわかる、確かな愛と決意を胸に抱きしめた──。
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