第15話 幸せな時間

 毎週のように土曜日になると、寛美は小さな箱にプリンを詰めて彩音の家へやって来た。

 玄関のチャイムが鳴るたびに、彩音の胸はふっと熱くなり、潤んだ瞳で迎え入れる。


 ヒロカが小さな手でプリンのカップを持ちながら、元気よくリビングに駆け込む。


「わーい、寛美ちゃーん!」


 寛美は少し照れくさそうに笑いながらも、ヒロカの無邪気な声に思わず顔をほころばせる。

彩音はその光景を微笑みながら見守っていた。


「今日もプリンおいしいね、ヒロカ」

彩音が声をかけると、ヒロカは嬉しそうに頷く。

 寛美がいつもかってくるのは、ヒロカの好きなバニラビーンズの黒い粒がみえる滑らかなプリン。寛美にとってバニラは特別の象徴だった。


「うん!寛美ちゃんにもあげるの!」


 二人でプリンを分け合い、ヒロカの小さな声に合わせて笑いながら食べる時間は、彩音にとっても寛美にとっても特別なひとときだった。


 ヒロカは何度も「まだ遊んでくれる?」と聞き、寛美も「もちろん」と答えるたび、少しずつ滞在時間が長くなっていった。


 ある日、ヒロカは彩音の膝に顔を埋めながら、寛美に向かっておねだりする。


「寛美ちゃん、今日は泊まってー。ママ、良いでしょ?」


寛美は少し戸惑いながらも、ヒロカの笑顔に押されて微笑む。

「うん……いいよ、ヒロカちゃん」


彩音は嬉しそうに頷き、二人のやり取りを見守る。

ヒロカの無邪気さに寛美も自然と懐き、三人の間に穏やかで甘い日常が少しずつ形作られていく──。


 三人でお風呂に入り、泡で遊ぶヒロカを挟んで笑い合ったり、夜には二枚の布団を並べて川の字になって眠ったり。

小さな幸せの粒が、少しずつ積み重なっていく。


「……幸せだね」彩音が小さく呟くと、寛美は静かに頷いた。

その夜、ヒロカが寝息を立てる隣で、寛美は目を閉じながら祈っていた。


――この時間が、永遠に続きますように。


 一度無くした初恋を、違う形で叶えている自分に気づきながら、寛美は彩音の人生の一部になることを、心から望んでいた。

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