第17話 新しい関係

 今年のクリスマスは土曜だった

 寛美はいつものプリンとクリスマスケーキを持って彩音の家にやってきた。

ヒロカは玄関で待っていて、見つけるやいなや小さな手を振って駆け寄る。

「わーい、寛美ちゃーん!メリークリスマス」


 寛美も笑顔で手を振り返す。彩音はそんな二人の姿を見ながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


 ヒロカはテーブルに置いたの箱を覗いては、ケーキを見てはしゃいでいる。寛美の顔を見上げて、

「ねえ、寛美ちゃん、今日はずっとここにいてくれないかな…?」


 寛美は微笑みながらひろかの頭を撫でる。

「うん……いいよ、ヒロカちゃん」


 彩音がご馳走を作る間に、寛美とヒロカはクリスマスの飾りを作る。ツリーは彩音が、既に出して置いてくれていて星を作ってつけたり、折り紙を鎖状にした飾りを壁につけたりして夕暮れを待つ。


 三人でお風呂に入り、さぁクリスマスパーティーの始まり始まり。

 

 彩音が半日かけて作ったご馳走が並ぶ。コーンポタージュスープ、彩りの良いサラダにはチーズが星形に抜いてある。チキンも丸鶏を買ってきて中に野菜を入れてオーブンで焼いたらしい。昔のデートも彩音はサンドイッチを作って持ってきたり、家庭的で好きだったなと思い出に浸る寛美。

 

「かわいーい」

ヒロカの喜び方があまりに可愛くて、寛美も彩音も顔が緩む。


 クラッカーを鳴らすと、きゃーと喜ぶヒロカ。私もやりたーいと言って寛美に向けて鳴らす。


「顔の近くはだめだよ〜、もー」

ヒロカはキャキャっと笑って彩音の後ろに行ってまたキャキャっと笑う。


「寛美、ごめんねー」

「大丈夫だよ。もう人に向けちゃダメだよ」

彩音の後ろから、ちょこっと顔を出して、はーいと言っている。


 いちごのショートケーキの15号サイズ、小さなホールケーキを彩音が切り分ける。サンタさんの砂糖菓子とメリークリスマスのチョコレートプレートはヒロカの皿に、彩音と寛美の皿にもケーキを乗せてだしてくれる。


 口元にクリームを沢山つけたヒロカが愛おしい。彩音が

「もー、服もクリームついてるー」

と言って、顔も服もウェットティッシュで拭き取ってあげる。


 二枚の布団で川の字に眠る。ヒロカの寝息が聞きこえる頃、彩音と寛美は枕元にプレゼントを並べる。ヒロカには大きなウサギのぬいぐるみ、彩音には内緒で買って置いたピアス。寛美へのプレゼントも彩音は用意してくれていて、明日見てねと囁かれた。

 寛美は耳がフワリと熱くなる。相変わらず自分は純情で困ると少し微笑む。


 彩音はヒロカの左側ではなく、寛美の布団の右側に入ってくる。

彩音は肩を寄せ合い、手を重ねる。小さな口付けと見つめ合う視線だけで、言葉以上の想いを伝え合った。

 寄り添いながらそのまま眠ってしまうが、ヒロカより早く起きるのでまだ見つかった事はない。


 ヒロカが目を覚ますと、きゃーと喜び、

「ママー、寛美ちゃーん!サンタさん来たよ。」


 ヒロカより少し小さいくらいの大きさのウサギに抱きつくと、あまりの可愛さに寛美も彩音もスマホで撮影会が始まる。


 ヒロカが行ってしまうと撮影会は終了。ふぅ、尊いわ。

二人して見せ合い、蕩けた顔をする。


 彩音もプレゼントを受け取り、丁寧に包装を開けると、キラキラと光るダイヤのピアスが入っていて、わぁと喜んでくれた。


「ねぇ、寛美。つけてくれない?」

髪を彩音が持ち上げ、耳を顕にする。

少し持ち上げ忘れの髪を寛美の指先が耳にかける。


綺麗な横顔を眺めなが、ピアスをつけると、さらに眩しい笑顔で

「ありがとう!」

と言って抱きついてくる彩音。ヒロカは彩音に似ていると思う寛美。愛おしそうに彩音を抱きしめ返した。


「ねえ、寛美のプレゼントも見てよ」

彩音に即され、大きな袋を開けると、ヒロカが描いた絵には「まま、ひろか、ひろみちゃん」と名前が入り女の子が三人描いてあった。

 

「上手に描けてるね。私はちゃんとショートヘアだし、彩音はちゃんとおっぱいでかい」

二人で笑うと、絵の裏も見るように彩音が指で弧を描く。


絵の裏には

「ひろみちゃんがまいにちきますように」と書かれてあった。


彩音は寛美の腕に手を添えて。

「寛美……もう、毎週来るだけじゃなくて、一緒に暮らさない?」


寛美の目が驚きで大きく開かれ、そしてゆっくり潤む。

「彩音……私でいいの?」


彩音は微笑みながらうなずく。

「もちろんよ。ヒロカも私も、ずっと寛美と一緒にいたい」

 

彩音は泣き震える寛美を包み込むと涙が伝い、二人して声をあげて泣いた。


 ぬいぐるみを引き摺りながら、ギョッと驚くヒロカ。

「なんで泣いてるの?痛いの?二人ケンカしたの?」

彩音は涙を拭いながら、微笑み、

「良かったね、寛美が家族になってくれるって」

 やったーとはしゃぐヒロカ。寛美はまだ涙が止まらないが、頷きながら微笑む。

「寛美ちゃんがプレゼントだったのかなぁ、サンタさんありがとう!」

 あまりの可愛さに寛美は泣きながらヒロカを抱きしめる。きゃーと喜ぶヒロカ。

その二人をまた抱きしめる彩音。



 

 それから、寛美はほとんどを彩音の家で過ごし、一月半ば、三人は新しい家に引っ越した。


 明るく広いリビング、ヒロカの笑い声が響くキッチン、柔らかな陽光が差し込む寝室──どこも小さな幸せで満たされていた。

 朝はヒロカが彩音と寛美の間でくすぐったそうに「起きて〜!」と両手を広げ、三人でベッドの上でゴロゴロする時間。

 昼は彩音が作る昼食を寛美が手伝い、ヒロカと一緒にテーブルに並べながら笑い声が重なる。

 夜はヒロカの眠る姿を見守りながら、彩音と寛美がソファでそっと手をつなぐ。


 彩音は、ふとした瞬間に寛美の横顔を眺め、心の奥で「この人と生きていくんだ」とじんわり幸せを感じる。

 寛美もまた、彩音の笑顔を見て、胸の奥が熱くなるのを抑えられない。

 そしてヒロカの無邪気な寝息が聞こえる度に、三人の心がひとつに結ばれるように感じるのだった。



 毎日が笑いと温もりに包まれる。

ヒロカは寛美に甘え、寛美は彩音の傍に居る喜びに心を震わせる。彩音もまた、二人と過ごす時間の一瞬一瞬に幸せを感じていた。


 夜、三人が川の字で布団に入ると、ヒロカはまだ眠くない様子で小さく跳ねながら、彩音の膝に頭をのせる。

「ママ、今日のお話、読んで?」


彩音は微笑み、寛美と視線を合わせてから、ヒロカの頭を優しく撫でる。

「もちろんよ。じゃあ今日は……『雪の魔法の森』にしようか」


 布団の中で、彩音はゆっくりと物語を読み始める。

ヒロカは目を輝かせながら聞き入り、時折小さな声で「わあ!」とか「すごーい!」と反応する。

 寛美は彩音の横でヒロカの様子を見つめながら、彩音の声に耳を傾け、指先でそっと手を重ねる。


 物語が進むたびに、ヒロカは彩音に体を預け、寛美はその隣でそっと抱きしめる。

静かな夜、三人の呼吸と心臓の音が重なり、物語の魔法と同じように、部屋全体が柔らかい幸福に包まれる。


 読み終えると、ヒロカは小さな手で彩音と寛美の手を握り、「ありがとう」とつぶやき、目を閉じる。

 彩音も寛美も、そっと微笑みながら、三人で寄り添ったまま、静かに眠りについた──。




 朝日の光が差し込む部屋で、三人はまだ眠そうに目を細める。

ぬいぐるみや絵、昨日の笑い声の残り香がそっと包み込み、今日もこの小さな家族は変わらず愛で満ちていることを教えてくれる。


 ヒロカは小さな手でウサギのぬいぐるみを抱きしめながら、もぞもぞと体を起こして囁く。

「ママー、寛美ちゃーん、きょうもずーっと一緒だよね?」


 彩音も寛美も、にっこり笑って頷く。

窓の外の世界は何も変わらなくても、三人の胸の中には確かな温もりが流れ、これからの日々もずっと続いていく──そんな予感が、静かに、けれど確かに満ちていた。


 寛美と彩音は見つめ合ってから、ひろかを抱きしめ、

『もちろんよ、これからもずっとね』

 

彩音の香水のバニラの香りに包まれ幸福を感じる、寛美とヒロカ。

「ママの香り、好き」

「ママも好きなの。寛美がくれたこの香水は、幸せな思い出だけ詰まっているの」

「私もこの香り好きよ、いつも使ってくれてありがとう」


Vanilla Memories Encore END

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Vanilla Memories -Encore- 逸漣 @itsuren

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