第12話 時が動き出す
公園の木漏れ日の下、彩音はヒロカの手を握り直す。小さな手の温もりが胸をぎゅっと締めつける中、視線の先には変わらぬ笑顔の寛美。四年の歳月で二人の姿は少し変わったかもしれないけれど、目の奥の優しさはあの日のままだ。
「寛美……本当に久しぶりね。驚いたわ。あのバニラの香水をつかっているのね」
彩音の声は穏やかだが、胸の奥で鼓動が速まる。手のひらが微かに汗ばんでいることにも気づく。
寛美も立ち止まり、少し前に一歩近づく。「うん。彩音にプレゼントした香水、私もつかっているの。彩音……元気そうでよかった」
視線が絡み合う瞬間、胸の奥にじんわりと熱が広がる。ヒロカがそわそわと足元で笑っているけれど、それもまた温かく、日常の幸せを感じさせる。彩音はそっと寛美に微笑み返す。
「……ヒロカ、行こうか」
彩音が手を握ると、寛美もそっと頷き、二人の間に小さな距離感が生まれる。
「あなた、ヒロカちゃんっていうの?」
うん、と笑顔で答えるヒロカ。指を三本立てて三歳だと伝えている。
涙ぐむ寛美。
「そう、ヒロカちゃんは三歳なんだね」
彩音も涙ぐむみ、
「寛美の“寛”の字に、香りで『ヒロカ』よ」
寛美は胸の奥がきゅっと熱くなるのを感じた。
自分の名前の一文字と、ふたりの思い出の香りを抱いて生きてきたなんて──
驚きよりも、懐かしい痛みと愛しさが溢れてくる。
ああ、やっぱり彩音は変わっていない。
欲しいものをまっすぐ抱きしめて、愛を信じて疑わない。
その真っ直ぐさが、ずるくて、愛しい。
二人が泣くのがどうしてなのか分からないヒロカは二人の手を握り慰めてくれているようだ。
「ヒロカちゃんは優しいね。私は寛美って言うの。ヒロカちゃんの寛に美しいで寛美よ」
「同じなんだー!すごーい。おそろい?おそろい?」
「うん、おそろいだね」
風に揺れる木々の葉の音、遠くで遊ぶ子どもの声、そしてふわりと漂うバニラの香り──。日常の中で、あの日の温もりが胸に蘇る。再会の幸福感と、穏やかさ、そして切なさが、彩音の心を静かに満たしていく。
「寛美……元気でいてくれて、ありがとう」
声は小さく、でも心からの感謝が込められていた。ヒロカの小さな手を握る彩音の指先まで、胸の鼓動が伝わるようだ。
「ねえ、寛美ちゃん。ウチくる?近いんだよウチ。」
ヒロカが無邪気に寛美の手を引く。
「え、あの…」
寛美が彩音の目を見る。彩音は困った顔をしながら
「ヒロカ、わがままいわないの。寛美困ってるじゃない」
ヒロカは寛美の顔を覗き込み「困ってる?」と、可愛らしく首を傾げる。
「え、あ、あの…困ってない…」
ニヤリと笑いヒロカは「ママー、寛美ちゃん困ってないよ!良いでしょ、良いでしょ。遊びたいー!」
秋の光が三人を包み込み、賑やかで甘く温かい空気に包まれていた──。
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