零章 ー 弐
皇國の民は、自らが開けた禁断の壺より漏れ出でし災厄に、今もなお
短い生命、そして決められた死。
女神は人に直接手を下さず、ただ、好奇心という餌を撒いた。
開けてはならぬと言われた壺を、皇國がその手で開けてしまったのだ。
故に、女神に非はあらず、全ての咎は皇國の民の弱さにあるとされる。
狡猾なる女神たちの論理よ。
彼らが皇國の民もまた、その災厄から逃れられない。否、自ら進んで災厄を受け入れたと言えよう。女神・
豊穣なる大地も、輝かしき技術も、彼らには与えられなかった。ただ、短き生と、ときおり生まれる呪われし力を持つ子だけが、かの国をかろうじて支えていた。若者は老いる前に子を成し、数を頼りに国を保つ。その姿は、まるで肥育され、繁殖を管理される家畜のようではないか。
にも関わらず、愚かな彼らは我らアポクリファ帝国の恩寵のある侵攻に抗おうとする。
なんと無謀で、愚かなことか。
壺の底に残った『希望』という名の最も残酷な災厄にすがり、破滅へと突き進む。
エルピス——希望。
それは彼らにとって、死へと向かう愚者の行進に他ならない。
希望にしかすがることができぬ憐れな民よ。いずれ、我ら帝国がその軛を解き放ち、真の秩序のもとで管理してやらねばなるまい。そう、帝国の有益な財産として、それぞれに有用な役割を与えるのだ。ある者は農奴として黙々と大地を耕し、ある者は鉱夫として己の限界に挑み、またある者は高貴なる者の愛玩動物となることで、我ら帝国へ奉仕する喜びの道を知るだろう。
それこそが彼らの最後にして、唯一無二の希望——エルピスの真の意味。
——アレクシス・ホープランド(七神歴648-713)
アポクリファ帝国の哲学者、『希望の弁証法』より
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