第1話 機関士の本分

 ブラウンコーストエクスプレス(BCE)は、北急電鉄のフラッグシップトレインである。

 北急新宿を出発するその列車は、海外からの多くの観光客を迎え、JR経由で全国を周遊し、成田空港駅特設ホームまで走り抜ける。

その運転はJRと北急電鉄の機関車甲組と呼ばれる機関車牽引のスペシャリストが行う。

 JRでも、EF81・EF510 500代を用いた寝台列車運転が行われているが、ブラウンコーストエクスプレスは中でも日本観光のひとつの目玉として、JR各社も含めた日本鉄道の総力を上げて運転する。その機関士に選抜されることは、お召/御乗用列車運転に次ぐ栄誉となりつつある。

 特にBCE専用牽引機「EF- Y500」は北急がEF200を製造する以前にハイテクを惜しげもなく投入した「最後の旅客専用機」であったのだが、しかし新造が91年7月、車齢が20年近くとなり、部品調達の困難が始まり、そこで次世代機としてEH510が建造されて現在に至っている。

 EH510はEH500とは全く別の機関車で、むしろ直流機関車EH200のスラントノーズスタイルに交直用機器を詰め込んだスタイルの新鋭機である。

 なによりも2車体によるH軸、8軸の牽引力は強力で、かつて12両編成だったBCEがサービス向上として14両編成に増結されても易々と連続勾配を引き切るのだ。

 最新の運転支援システム、運転ナビシステムを搭載したハイテク機EH510。現在EF-Y500は補用となることとなり、EH510は順調に牽引試験の走り込みを続けている。

 JRではEF81の後継機としてEF510 500代が導入され、現在試運転で走り込んでいるが、ほぼ同時期のEH510の導入だった。

 そして、EH510による牽引公式試運転が行われ、そしてマスコミへのお披露目となった。

取材に集まったマスコミにBCE仕業担当の甲組機関士が紹介される。

 そのなかの一番の若手として、来嶋機関士が紹介された。

 そしてBCEは「ブラウンコーストゆめ出雲」号として大阪発着の企画列車となり、さらに活発な運転を行い、落ち込む国内観光のなかでの孤軍奮闘を続けていた。

「ゆめ出雲」はとくにDD51重連により非電化区間にまで乗り入れ、さらに「リバイバル出雲」との離合があり、話題となった。


 もちろん各架鉄各社もさまざまに車輌の保存・リバイバル運転を行っている。

 しかし、現在はデフレの時代である。

 ここにきて割安なB寝台を組み合わせたクラス構成のBCEの人気がまた持ち上がってきたのだ。

 そして、被写体としてのBCEもまた注目を集めるようになった。

 北急では、全乗務員に運転操作に支障がない限り、沿線などから手を振られた場合は手を振り返すように指導している。

 BCE牽引機の機関士もまた例外ではない。

 人気列車BCEの機関士の、ちょっと忙しくとも嬉しいところである。

 そんな来嶋機関士の乗務明けで、運転区で風呂に入ったあとだった。


 風呂上りに髪を乾かし、帰宅のための私服に着替えて、5月の薫る風を感じていた時だった。

「おう、来嶋、おまえさんのライバルが戻ってくるぞ」

 当直助役の言葉に、彼はぽかんとした。

「ほら、中西。海外で機関士やってた養成所同期の」

「ああ、中西ですか!」

「ああ。中国の新幹線・和諧号の技術指導を終えてやってくる。

やつも甲組の資格相当だ。いずれ乗務割に入るだろう、って、やっぱりイヤか?]

「いや、そういうわけじゃないんですが」

「確執か」

「そんな追い詰めないでくださいよ。若干の異論はありましたけど、同じ機関士ですから。でも、あいつにはちょっと突っかかれたことがあって」

「そうか。人間だものな。そりゃ多少の行き違いはあって当然だ」

「ただ、嫌な予感がします」

「なんだ?」

「よくわからないんですが、なんだか」

「気のせいだ。気にするな。面倒だからな」

「はい」

 と言いつつも、来嶋は自分の思い出にかえることを避けられなかった。

 4年前、来嶋と中西のどちらかが、海外に行くことになっていた。

 そこで、来嶋は悩んだ。

 自分の未熟な技量では、海外に行っても十分な指導など出来ない。

 だが、中西は言い切った。

 未熟だからこそ、未熟な海外の機関士と通じ合うこともあり、また指導することも心が入るのではないか、と。

 たしかに正論であった。

 そしてそのとおり、中西は英仏独での研修と、中国・台湾での指導機関士としての役割を果たしたのだった。

 養成所に入った時から、中西は違っていた。

 EHを託された自分であっても、中西はどこか「上」だった。

 悔しいが、人間の器の大きさを感じてしまう。

 競うと言っても某同人誌のように並走して勝負を決めるわけではない。

 だが、機関士としての何かが違う。

 それがライバルと言うものなんだ、と師匠に当たる先輩は言ってくれたのだが。

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