第2話 機関士の本分2
その一週間後、中西が戻ってきた。
「久しぶりだな」
「ああ」
形どおりの復帰の挨拶が機関区の中で行われ、そのあと皆で中西に海外での土産話を聞いた。
なにしろ海外は、大陸内で国際列車が走る英独仏、そして今盛りに革新されている台湾高鉄に中国である。話に勢いがある。
そのなかで、来嶋はかすかな疎外感を感じていた。
「そういえば、甲種輸送が2件入っているな」
「そうですね。新戸田経由ということで、ダイヤジャーナルにも載ってます」
「そうか」
老機関士は、ぼそっと口にした。
「鉄道が人気復権したのはいいんだが、それがな」
「迷惑鉄ですね」
来嶋も、苦い思い出だった。
ルールを無視する身勝手な人間が、一定の割合でいる。
分母の人間が少なければ、それは1にならない。つまり0.??で存在として出てこない。
それが、分母が増えれば、1を超えて出てくるし、数も増える。
鉄道趣味の中でも撮り鉄、写真を撮るマニアにもまた悪いヤツがいる。
ルールを破り、運転中の運転士に撮影のフラッシュを浴びせて視野を奪ったり、駅で安全のための規制線を超えたり、沿線でも線路内に立ち入ったりする。
また有名な撮影地では地権者とトラブルになり、その苦情が鉄道会社に持ち込まれることもある。
他にも盗り鉄と言われる、備品を勝手に奪っていくやつもいる。
特に北急では郊外区間運転中の最新の通勤車両から当時高価だった車内情報表示器、LCDパネルが取り外され奪われたことがある。このときは北急のみなで憤慨したものだった。
「でもこの甲種、ちょっと不審だったんですが」
「何だ?」
「また機関車買うんですか?」
輸送予定表には奇車會社発・新戸田経由・相模大川着・EF510 600とある。
「まあ、いろいろあってな。正確には買うわけではない。奇車會社尼崎からの預かり物とのことだ」
「色々って何ですか」
来嶋はいつの間にか語気が強くなっている自分に気づき、口を閉じた。
「わかるさ。ようやくEHが定着してきた時なのに、というおまえさんの気持ちもわかる。
しかし、JR各社にとっては、ほぼ交直流標準機となりつつあるEF510のほうが扱い易いとの意見もあるのは事実だ。
標準化もまた大事なことだ。性能比較試験も行うが、しかしこれまでEFハイフンのころは検査入場のたびにJRに代替運用を頼んできたんだ。性能の優劣ではなく、やはりバックアップ機は必要ってことだ」
「そうですね」
しかし来嶋は割り切れない思いで、ダイヤジャーナルをただ見つめていた。
いつものように北急所属のEF81が夜の新戸田駅で甲種輸送列車を受け取り、相模大川に牽引する。
EF81と緩急車の後ろにEF510が続き、その後ろは円形の赤色反射板が取り付けられている。
立会う機関士として、来嶋と中西が偶然一緒になった。
「そういえば、久しぶりだな」
「ああ」
二人はEF510を見つめた。
「600号と名付けられるそうだ。奇車會社尼崎の本領発揮と聞く」
「まあ、設計チームは米田重工との合同チームだからな。EHと同じだ」
「はたしてEHは2軸の動軸増強と重量増がどう走行性能と牽引性能、粘着性能に現れるかだな」
「EF ハイフンもまたF軸だった」
「懐かしいな。甲組をめざして電車運転に明け暮れた日々。
でも、俺はあの頃の俺じゃない」
「だろうな」
来嶋は受け流すかのようにポツリと答えた。
「運転は競うものではない、極めるものだと先輩に教わった。
だが来嶋、俺は俺で、貴様を超えることを目標にしてきた」
「そうか」
中西の眼が一瞬の月光を宿す。
「久しぶりの北急線、すぐに線見をして運転仕業に戻る。復帰はすぐだ」
「だろうな」
来嶋は関心を向けなかった。
「どうしたんだ?」
中西がいぶかしむ。
「正直、すこしずつ話になっていることがある。
ブラウンコーストは延齢工事をしたが、それでも絶対的な寿命は来る。
そこで考えられているのが、「ブラウンコーストnext」だ。
水戸岡先生のドーンデザインのJR九州の周遊列車、そして近鉄の革新的な伊勢志摩特急。
次々と計画が発表されるなか、北急HDも大幅な刷新を考えているらしい。
それも、JR東海区間での機関車牽引が知っての通れなくなるため、動力分散の電車形式になるという」
「本当か!」
「少し企画部から聞こえてきて、内心穏やかではなかった」
「そりゃそうだろう!」
「だが、仕方がない。JR東海は事業用のレール運搬列車さえも電車方式に近い操作系をもつ新車に更新した。知ってのとおりだろ」
「そうか」
中西はため息を付いた。
「それなのにもう一両機関車を導入する。これじゃうちの会社の方針が見えない。
経営危機を外資からの迂回資金でのりきったとはいえ、金のある会社ではない」
「不安になるのも当然か」
「運転だけやらせてもらえればいいんだが、あいにく俺たちも機関士でありながら会社員だからな。会社の行く末を心配してしまう」
「そうか」
そのとき、汽笛一声、甲種輸送列車が出発した。
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