第13話 大魔法士たちの談話・上
かつての姿とは全く異なるのだから、こっそり近づく必要もない。堂々と、正面から歩いて近づいていき、声をかけた。
「初めましてだな。エウロ、で間違いないか?」
「……初めまして。失礼ですが、あなた様のお名前をお伺いしても?」
エウロは特に表情を変えず、カフェの椅子に座ったまま、優雅にお茶を片手にこちらの名前を聞いてくる。やはり、こちらの事は知らない様子。
「ルーチェだ。細かいことを話す前に、防音の魔法を頼むぞ」
「ほう……それも知っていますか。あまり他人に教えた記憶はないのですが……」
エウロは驚いているようなセリフを言うが、実のところ表情も声色も全く変わらず、身分の高い貴族のように淡々と喋るので、内心何を考えているかはわからない。まあ、元からエウロはそういうタイプなので今さらどうも思わないが、初対面だったら心の内が読めずに、不気味に感じる人もいるかもな。
彼は机に置いていた一冊の魔導書を手に取り、魔力を流し込んだ。彼の魔導書は特定の魔法に紐付いているわけではなく、少し変わっている。どう変わっているかといえば、風の精霊との契約書に近い本なのだ。
魔導書に魔力を流すことで契約した精霊を顕現させ、以降は精霊に呼びかけることで魔法を発動する。もはや魔導書の意味もなければ魔導士と呼べないのではないか、ただの精霊使いではないかと言いたくなるかもしれないが、実のところ契約の明文化と精霊との魔力交換、および意図した魔法を発動するためのツールとして、魔導書が非常に有用な働きをなしている。
これは彼が自身で作り出した『風の精霊(スピアーレ)の魔導書』であり、意外と高度な物なのだ。通常、精霊との契約は個人の体内にある魔力を元に行うが、そもそも精霊との契約に適した才覚を持たなければ最初の段階にすらたどり着けない。
過去、エウロも同様に精霊との親和性がさほど高くない人間だった。しかし、魔導書研究の末に、精霊と人間の間で魔力、および言葉の変換を行う回路の作成に成功し、生まれ持っての才能がないにも関わらず、精霊との契約に成功したのだ。結果、その功績をもって風の大魔導士となった。
それでも、エウロ自身に適正のある風属性の精霊としか契約ができなかったが、元々無理だったことを考えれば、十分な成果だろう。
エウロが一言、二言、三言……しばらくの口論の末に、魔法を発動させた。最初は『スピアーレ、私たち二人以外に会話が聞こえないよう、音を遮りなさい』という、ありがちな詠唱から始まり、その後むかついたようにいくつか精霊と言葉を交わし、最終的には『いいからやりなさい』とごり押して、決着がついたようだった。
「……な、なにがあったのだ?」
「安心してください、いつものことです。私の魔法は発動まで時間がかかるのですよ」
一応ルーチェは知らないはずなので、すっとぼけたが、よく見る光景である。前述の通り、少々変わった経緯で精霊との契約を行ったので、例のスピアーレという契約精霊も変わり者なのだ。実際に対面したことはないが、彼の様子を見る限り、なかなか面白いヤツなのだと思う。いつも表情を変えない彼が、スピアーレと会話するときは、明らかにイライラしていてウケる。
ともかく、防音の魔法はちゃんと発動したようで、ようやっとあれこれ喋れる。
「それで……まずはあなたについて聞いてよいですか?」
「ああ、私はルーチェといってだな、ルミエール様の隠し子で、隠居中のルミエール様の代わりに魔法書店をやっている」
「ルミエールはあなたでしょう?」
「え?」
エウロは当たり前のように言う。
思わずふぬけた声が出た。まさかこんな最初っからバレているとは思わなかった? てゆーかどこでバレたんだ? そんな不審な様子なんて見せていなかったはずだが……。
「な、なんで分かったんだ?」
「いえ、分かっていませんでした。怪しかったのでカマをかけただけですが……ルミエールならばアホっぽいですから、引っかかると思いまして。案の定、引っかかりましたが」
「おい」
非常にバカにされている気がしてならない。どことなく自覚はあるので、否定はしないが。
「冗談ですよ。大魔導士である私に物怖じせず、魔導書を使っても一切物珍しそうな顔をしませんでしたし。なにより、スピアーレがルミエールであると気づいていたようでしてね」
「あ~ね。そういうことか」
「手紙に『来い』としか書かなかったのは、単に隠居した友人の顔を拝みたかっただけでしたが……まさか少女の姿になっているとは」
さすがに風の精霊の目……目があるかどうかは置いておいて、慣用句的な意味で精霊の目は騙せないようだ。
しかし、バレてしまったのならもう隠し事は一切ない。普通に喋れば良いので、ある意味気が楽になったかもな。
「で、その姿はなんなんです? 新しい趣味に目覚めたのですか?」
「見とれちゃったか?」
「あいにく、成熟した女性にしか興味はありません」
「ア、さいですか……まあいろいろとあってだな。例の魔物の件もあるし、最初から話そう」
と、いうことで、魔法書の暴発でTSしてしまったこと、その後魔法書店を開いたこと、オスクリタと名乗る魔族がイゾラに現れたことを伝えた。冒頭、TSの件を話したとき、エウロはこれ以上ないくらいわかりやすく絶句し、顔を歪めていたが、こんな表情は初めて見たかもしれない。これまたウケる。
こちらの情報は話し終えて、今度は聞きたい事を聞くことに。
「手紙にも書いたが……オスクリタという魔物について、知っていることはあるか?」
「いいえ、ほとんどありませんね。私も北の果てを離れて大分経ちますから。かつての仲間にも聞いてみましたが、類似の特徴を持つ魔物に覚えはないそうです」
エウロはかつて、大魔導士として北の果てに赴き、仕事として魔物を狩っていたことがある。名のある魔物とは相まみえているはずだが、それでも分からないのならば、最近現れたということか。
なお、彼の現在の仕事は王都における様々な部署のサポートと、調停を行うこと。便利屋の超身分が高い版である。知力、体力、あと魔法において、全体的な能力の高さを評価され、前線で戦う役目から、現在の役職に移っている。
「オスクリタに関して、各種部署に調査依頼を出しています。あなたのインデックスが盗まれた件も含めて」
「一体何があったんだ? そう簡単に盗まれるようなところに預けた覚えはないのだが……」
「王立図書館に確認したところでは、一夜のうちに、いつの間にかなくなっていたそうです。防御結界、隠匿魔法など、何重にも防御策がとられていましたが、残念ながら。オスクリタの闇に溶けこむ魔法のように、私たちの知らない魔法、知識を持っている可能性が高いでしょう」
「う~む……ますますやっかいだな……」
「ええ。魔法書に興味を示し、まして盗みを働くような魔物など聞いたことがありません。目下、要注意の魔物としておきましょう。それに、魔物は魔法書が使えないとはいえ、あなたのインデックスをいつまでも魔物の持ち物にしておくわけにはいかないですから。場所が確認でき次第、また連絡しますよ」
「ああ、頼むな」
やはりしごでき、優秀な男、私の知らないところで勝手に良い感じに事が進んでいる。もう私、何もしなくていいんじゃないか?
なんてお気楽な事を言う前に、エウロは一口お茶を飲んで、話題を切り替えた。
「ところで、魔法書店を始めたそうですね。一応、聞いておきますが、順調ですか?」
「順調の定義によるな。一応売れはしたぞ」
「ほう。何冊です?」
「3冊だな、良い感じだろう」
「客数は?」
「一人」
「……フ」
「おい、笑うならもっと愉快に笑えよ」
苦笑いされても困るだろ。
「まあそんなところでしょうね。イゾラに魔法書を求める人はほぼいない上、ルミエールの箔もないのですから。元手となる資産が多分にあるあなたでなければ、とっくに店を畳んでいるでしょうね」
「辛辣だな……全くもってその通りなのだが。あ、そうそう、それで思い出した。今、魔法書を一般にも普及させる方法を考え中なんだが、なんかアイデアないか? 革命的なやつ」
「気安く革命を起こせるならば、この国はあと倍の大きさになっていたでしょうね」
「皮肉は良いから、なんかよこせ」
「よこせと申されても、そういった奇想天外な発想はあなたの得意分野でしょう?」
「そうは言われてもだな……」
ちょっと悩み中だ。親しみやすい魔法書の解説本を作ると息巻いたものの、それを作って魔法書に興味がない人にまで売れるのなら、すでに苦労していない。というか前世の時点で作家か編集者になっている。
「アイデアというのは思いつこうとして手に入るものでもないでしょう。ふとしたときに出てきますよ」
「う~む、できればさっさと思いつきたいのだが……」
あまり悩んでいるのは好きではない。さっさと手を動かしたいタイプなのだ。が、現状、動かす作業がないので、こまっちんぐである。
何かヒントになるものはないか……とカフェの店内をぐるっと見た。席は満席で、おのおの連れ人とたわいのない話をし、陽気なお昼時を過ごしている。そういえば……今さらに気づいたが、この世界には雑誌がないな。カフェと言えばたいてい、時間を潰すために新聞と雑誌が置いてあったと思うが……。
雑誌……雑誌か……。
「お~、ルーチェじゃん。それに風の人~」
「風の人ではなく風の大魔導士、またはエウロさんと呼びなさい」
と、急に聞き覚えのある声がして、そこにいたのは──テッラ。
え、なんでここにいんの? あれ、待って、今来られると、ちょっと話が複雑になる気が……。エウロは私がルミエールだと分かっているが、テッラにはまだ伝えていないし、そのことをエウロに伝えていない。言葉にするとややこしいが、実際問題ややこしい状況になる。
本来はこの後に、私の正体を秘密にしておいてね、って話をエウロに伝えるはずだったのに、順番が狂ってしまうぞ。
ええい、一体何をしに来た、テッラは。
「ひ、久しぶりだな。何か用か?」
「3号(ゴーレム)と散歩してたら、ルーチェの姿を見かけちゃったからさ。来たよ」
「ん? 特に用はないのか?」
「え? 友達の姿を見かけたら、近寄るものでしょ?」
いやそうなんだけど、なんか違う……。近寄るのが目的になってないですか、それは。
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