第2話 三年間の研鑽

 第三神殿の地下から戻ったスレイは、手に入れた古代の財宝を隠し、王都の裏通りにある小さな魔道具工房を買い取った。薄汚れた看板には「スレイの魔具修理店」とだけ書かれていたが、誰もこの店主が莫大な富と、世界を滅ぼした後の記憶を持つ復讐者だとは思いもしない。資金源を詮索する者には、相場の五倍の手数料を払って黙らせ、彼の存在は王都の闇に溶け込んでいった。

 工房の地下には、魔力遮断の結界が施された、広大な秘密の訓練場が広がっている。スレイはここを、己の魂を焼き直し、新たな「復讐の道具」として鍛え上げるための炉とした。

 ここから、リゼットと運命的な再会を果たすまでの三年間が始まる。

 スレイは、この三年間を「人間性の解体と、復讐者としての再構築」の期間と定めた。前世の彼は、人々の期待と善意に応えようと、ひたすら真正面から努力した「善性の英雄」だった。しかし、その結果が、最愛の女の剣に貫かれるという裏切りだった。


「善意は、道具にされるだけだ」


 彼は、己の過去を徹底的に否定した。今の彼が目指すのは、手段を選ばない「最強の復讐者」だ。目的のためなら、血も泥も、欺瞞も躊躇しない。

 彼の鍛錬は、まず剣技の無駄の排除から始まった。

 訓練場に設置された、古代の術式を応用した自動傀儡を相手に、スレイは剣を振る。前世の彼は、防御を重視し、隙を見て攻撃する持久戦を得意としていた。しかし、復讐にはスピードと決定力が必要だ。


(遅い! この防御体勢では、体幹が流れすぎている! 次の一撃に繋がらない!)


 彼は、前世で魔王の四天王と渡り合った時の記憶を、脳内で寸分違わず再生する。あの時、受けた傷、かわした一撃、そしてリゼットに庇われた屈辱的な瞬間。全てを分析し尽くす。

 彼の剣技は、もはや美しい流儀ではない。敵の急所を、最短距離、最小限の魔力消費で、確実に貫くための「殺人技術」へと特化されていった。剣の軌道は鋭角に、踏み込みは一瞬で間合いを詰める『擬似瞬間移動』の予行練習を兼ねる。


「リゼット。お前の剣が、俺の心臓を貫いた時の動作。あの無駄のない冷酷さ。あれ以上の完成度が、俺には必要だ」


 彼の訓練は、過去の自分への激しい自己否定と、リゼットへの憎悪を燃料としていた。時には訓練の最中に、裏切りの光景がフラッシュバックし、血を吐くほど剣を振り続けた。それは、肉体的な限界ではなく、精神的な限界を試す行為だった。憎悪という燃料が尽きない限り、彼の鍛錬は終わらない。半年が経つ頃には、彼の剣技は、前世の最終決戦時よりも速く、鋭く、そして冷酷になっていた。

 次に、魔術の徹底的な効率化。

 彼は、魔導書『擬似瞬間移動の極意』を、まるで神託のように読み込んだ。空間魔術は、習得が難しく、魔力消費も激しい。前世で彼は、簡易な回避術としてしか使えなかった。


「極意は、魔力と空間の同調にある」


 スレイは、魔力容量を増やす訓練よりも、制御技術を高めることに時間を費やした。自らの魔力を糸のように細く、緻密に制御する。指先で生み出した魔力の塊を、炉の炎を圧縮するように、限界まで小さく、しかし密度は最大に高める。同じ魔力でも三倍、四倍の効率で使用できるようになり、彼の戦闘の持続力は飛躍的に向上した。

 特に『擬似瞬間移動』の訓練は過酷を極めた。この魔術は、一瞬で空間を滑るように移動する技術で、実戦で思考を挟む猶予はない。彼は、傀儡の剣が皮膚に触れる直前、あるいは致命傷となる直前に、無意識で体が空間を滑るように動く反射を、体に焼き付けた。

 失敗は、即ち傀儡の剣を受けること。何度も身体に切り傷を負い、その都度、古代の薬草と魔術で治療し、再び訓練に戻る。その傷跡の一つ一つが、リゼットの裏切りを忘れないための誓いとなった。

 一年が経過した頃、スレイの全身から、駆け出しの冒険者特有の粗野な魔力の波動は完全に消え去った。代わりに、全身を包むのは、研ぎ澄まされた刃のような、冷たい魔力の精緻さ。彼の目つきは、既に人間的な感情を失い、ただ一点、復讐の目的だけを見据える、静かな狂気を宿していた。


「この力で、必ずお前の計画を破壊する。リゼット」

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