第3話 佐々木信光


 喜太郎が、

「では次に、このお別れの会を横手市と共催する社会福祉法人ばっきゃの里理事長、満永寺住職佐々木信光しんこうさんに、一言お願い申し上げます」

と言うと、黒い僧服に袈裟けさ姿の信光さんがステージに登る。


「喜太郎くん、そんなに一言に力入れなくてもいいじゃないか。わかってますよ、無宗教でしょう。阿部直ちょくの後でも選挙の生臭い話も無しなんでしょう。わかってますよ。

 ただ、阿部直が選挙の話を持ち出したんだ、一言だけ、私も言わなきゃならんでしょう。

 過去二回の選挙で、阿部直に僅差きんさで負けたのはこの私だ。じゃ、この夏の選挙には出るのか、と、この会場のみんなが疑問に思っている、当り前だ。で、私からも発表だ。

 私も七十四歳、もう選挙にはでません。

 ばっきゃの里の特殊老人ホーム、ケアハウス、デイケア、それにお寺の仕事で手一杯なんです。これをちゃんとやるだけでも大変だ。阿部直が言ったように、横手の人口がどんどん減っている。どっか他のところに移り住んでいるわけじゃない。皆年取って介護を受け、最後はあの世に引っ越しだ。私の仕事は増える一方と言うわけです。こんな暗い話をする坊主が市長をしちゃ、いけないでしょう。

 では重苦しい話はこれぐらいにして、立身先生から私に託された仕事をします。三十年前に彼がこの横手で国際農村医学会を開催したときに、記念祝賀会の余興で彼が詠んだ詩の朗読です。

 ステージを暗くしてスクリーンを出していただけますか。立身先生の詩に、分かりにくい方言にだけ、標準語訳を付けてスクリーンに映しますので」


 ステージにスクリーンが下りてきて、照明が落とされた。信光さんは横のマイクに移動する。信光さんの詩の朗読が始まる。


「では、



  秋田ナマリ

   立身午未たつみごび 作


僕の日本語にナマリはありません。

NHK のアナウンサーのように

話せます。

ブジョホシタンシ

  ーーーー不調法いたしました

と言いたい時も、

メンブガネ

  ーーーー面目もない

と言いデ時も、

失礼しました、申し訳ありません、

と、すぐに言えます。


若い時は、話の始めで言いよどみ、

ドモリと言われるのも、

イッカダでしたが、

  ーーーーしょっちゅう

今ではすっかり綺麗な

日本語を話せます。


ンダドモ、英語ダバ、ダメダ。

秋田ナマリが臭います。


わけのわからない質問が出た時、

オメ、ホジアルナダガ、

  ーーーーあなた、常識ないの

と言いデドギ、

ちょっと答えが思い浮かびません、

と、まず日本語に置き換えて、

ンダンダ、英語にシレバ、

That's a good question.

ダ、と翻訳に時間がかかります。


意味ノネ、長バナシ聞ガサレデ、

ダマッテ、ユギカギデモシェ、

  ーーーー黙って雪かきでもしてろ

と言いデ時ナバ、

ご高説は承りました、お後はフロアで、

と、まず日本語に置き換えて、

なんとか英語にして、

How nice your speech is !

But we have to move on, just now.

と言ってはミデモ、

舌は噛むし、顎も外れそうになります。


英語は、すぐに弾が飛んで来る

国の言葉です。

日本語は、羽織の下に鎧を着て

話す言葉です。

秋田ナマリは、魂に口がくっついて

出て来る言葉です。

何を言っても、食らうのは、

雪玉かドフラぐらいだからな。

  ーーーードフラ、雪の落とし穴


コマタモダ、コマタモンダ、

  ーーーー困ったもんだ

英語を使っても、

口を閉じても、

魂がしゃべり出す。

秋田ナマリが体から臭ってしまう。


コマタモダ、コマタモンダ、

世界中の百姓に、

秋田ナマリが知れ渡る。



 ちょっとレベルの低い詩でしたが、このタツミ先生の詩をきっかけとして、沼館や大森の有志が集まって秋田弁ポエムの会ができました。

 現在、私がその秋田弁ポエムの会の会長を務めています。付け足しではありますが、私の詩も一遍読ませて下さい。

 私の詩には、喜太郎くんの開発した秋田弁AI文字起こしで、標準語の逐語訳をスクリーンに映します」

 さっきまでのシンプルな青一色の背景が、急に、当たり一面の雪景色の背景に変わった。今度は、信光さんの朗読を追うように、スクリーンに標準語訳が現れる、凝った演出だ。


「では、私の詩を詠みます」



「秋田の冬」

 ーーーー題  秋田の冬


「ヤザネナ

   黙ってれ ナモ言うな

そばサいればエナダガ

   ウルシェ」

 ーーーー切ないね

       黙っていてくれないか何も言わずに

     そばにいるだけでいいのかな

       うるさいな


「正月 一月 暗い冬

雪 雪 ユギッコ

寄せても寄せても雪 雪だ」

 ーーーー正月 一月 暗い冬

     ただただ雪が降り続く

     寄せても寄せても また雪だ


「コダツでヌグダマれ

ハダハダのブリコでエガ

あつあつのサゲッコだ

   ヤガマシ」

 ーーーーこたつに入って暖まりなさい

     ハタハタの焼いたたまごを肴に

     熱燗の日本酒でもどうですか

       うるさいんだよ


「除雪車の音で起こされデ

頭ッコ イデタテ

まだまだ玄関の雪かきだ」

 ーーーー除雪車の音で起こされて

     二日酔いで頭が痛くても

     毎日毎日 玄関の雪かきだ


「暗い暗い冬だ 雪だ

エナダ エナダド

俺さアダレ 俺さアダレ

俺なの ホジネナダオノ

   ダマッテレ」

 ーーーー暗い暗い冬だ 雪だ

     いいんだよ 遠慮しなくて

     私に八つ当たりしてもいいんだよ

     私なんか どうなってもいい愚か者だ

       黙っていてくれ


「ンダドモナ ンダドモナ

目つぶってみれ

バッキャの出る

ワラビの取れる

春が見えるド」

 ーーーーそれでもね それでもだよ

     瞼を閉じてみて

     フキノトウの出る

     ワラビの取れる

     春が見えてくるよ



 スクリーンの背景画像が、色とりどりの芝桜に被われた大森公園の丘の画像に変わった。


「ご清聴ありがとうございます。スクリーンを上げて照明を戻して下さい。以上です。立身先生さようなら」


信光さんがステージから下りた。

 ま、詩のレベルの低さはどっちもどっちだ。ただ、彼が自覚しているとおり、信光さんは暗すぎる。秋田に残るしかなかった長男坊の辛さ、暗さが黒光りしている。彼は市長になるべきじゃない、と私も思う。


 喜太郎が進行役のマイクの前に立つ。

「佐々木信光さん、ありがとうございました」

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