第2話 阿部 直
さくら荘の宴会場に置かれた百席ほどの椅子は、ほぼ会葬者で埋め尽くされていた。あらかじめ案内したとおりに、黒い礼服の参列者はいない。
喜太郎がステージ端のマイクの前に立つ。
「それではお時間になりましたので、
なお司会を務めます私、加賀谷は、立身先生をモデルにAIドクター開発をしている研究者です。ここ一年以上、先生のそばにいたものですから、エンディングノートでお別れの会の進行役に指名され、司会をすることとなりました。よろしくお願い申し上げます。
まず初めに、横手市長の
ステージの真ん中に、背が高く細面で鼻筋のとおった秋田顔の市長が立つ。
「阿部チョクです。今、本名アタルで呼ばれてびっくりしました。二十五歳で市会議員になって以来、あだ名の阿部チョクを通称使用しておりますので、皆様は、いままでどおり、
私と立身先生との出会いは、私の出生直後です。私は
シングルマザーの私の母が、専門医じゃない医者に手術されたと大騒ぎして、私が不妊になるんじゃないかと心配し、高校を卒業するまで年に一度は先生の外来に通院しました。結局何の問題もなかったわけですが、そのうち私には、立身先生がたまにしか会えない父親のような気がして、通院のたびに色々と悩みを相談するようになりました。
私は大学卒業後に母のことが心配で横手に戻ってきましたが、地元ではいい就職先が見つからず悩んでいたときに、先生からその地元を変えるのが君の仕事だろう、と背中を押されて、選挙当日にやっと二十五歳になる年に、ギリギリで市会議員になりました。
専業の市会議員は私一人でしたので、がむしゃらに動いて、私の生まれた増田地区の
そのまま四期目を続けるかどうか悩んでいたときに、立身先生がまだご存命で、大森病院で週二回外来に出ているとお聞きして会いに行きました。たしか八十六歳だったと思います。
会った瞬間、私の顔を覚えていて、
結局、
半年ほど前に、ばっきゃの里のケアハウスに九十四歳になった立身先生を訪ね、アドバイスをお願いしたところ、秋田県で唯一人口が増えている東成瀬に勉強に行ってみたら、と言われました。そうなんです、それが地域おこし協力隊の活用なんです。第一陣としてこの四月から、
ところが最近新聞を騒がせているように、私が市長に立候補したときからの私の右腕、後援会長の
昨日、ここにいる加賀谷喜太郎くんにその話をしたところ、彼が開発中のAI立身先生に相談してみてはと言われました。まだAIドクターとしては未完成だが、立身先生の人間性は十分に学習しているので、と説明されました」
隣の喜太郎の顔を見た。彼は私に目を合わせようとしない。私が小さな声で、
「そんな大事なこと、私にも教えなさいよ。未完成のAIドクターの部分が喜太郎くん担当で、立身先生の人間性が私の担当だからね。私がこの二月にこっちに来て、三ヶ月ちょっとで仕上げたんだよ。あんたは何年かかるのよ」
後ろから青葉教授に、
「夏子さん、静かに、大事なところだよ」
と小言を言われ、私は唇を噛んだ。
阿部直が続けて、
「AI立身先生からのアドバイスは単純明快でした。ただそれに従うのは本当に勇気がいる。今までの自分をスパッと切り捨て、周りの評価を全く気にせず動くしかない方法ですので、一晩悩みました。人生の岐路に立ったときの最善解というのは、そんなものかもしれません。では、発表します。
私はこの夏の市長選には立候補しません。市長を辞めたあとは、現在無報酬で社外取締役をしているミノリカワ建設の代表取締役となり、会社の立て直しに全力を尽くします。金太以外の会社役員は、市役所や県庁からの天下りと取引先銀行の派遣だけで、誰一人会社を立て直そうとする
立身先生、今まで本当にありがとうございました。先生のお別れの会の場を借りて、私の決意表明となったことをお許し下さい」
会場がどよめく。阿部直がスッキリした顔でステージを下り、喜太郎がステージ脇の進行係のマイクの前に立った。
喜太郎が、
「市長から重大な発表があり驚きました」
と言う。
なぜか急に、私は仙台に残してきた恋人、聡太のことを思った。
そうだ阿部直に
そう思った途端、目の前に、白い碁石を指に挟んだ立身先生の白骨が現れた。先生の声が響く。
「捨てることだ。キリのいいところで格好良くやめることじゃない。過去のことなど手抜きでよし、オロソカで結構。手抜きが
立身先生わかりました。聡太のことは手抜きと決めます。
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