第6話 クズ男のおかげで世界が回ってるときはたまにある


私の人生をエンタメコンテンツ扱いし、しばらくは「ざまぁ」される展開に耐えろなどと無茶苦茶な指示を出した、あの松戸在住のアジデスジャージ神に、一言物申さねば気が済まない。私は庭の片隅で、虚空に向かって担当神を呼び出すべく、力いっぱい叫んだ。


しかし、私の怒りの声に応えてふわりと空間から現れたのは、見慣れたアジデスのジャージ姿ではなかった。


「…あれ? いつもの神は?」


私が呆気にとられて見上げると、そこに立っていたのは、陽光を浴びてキラキラと輝く金髪を、無造作にかき上げた、とんでもないイケメンだった。少し焼けた浅黒い肌に、耳には複数のシルバーピアスが光っている。着ている服はどこのブランドか知らないが、やけに体にフィットしたシンプルな黒いTシャツで、鍛えられた肉体のラインを強調していた。そして、ふわりと漂ってくる、どこかで嗅いだことのある甘ったるい香水の匂い。というか、神なのに香水。


男――新しい神(?)は、私の戸惑いを気にするでもなく、ニッと人懐っこい白い歯を見せて笑った。


「ああー、 あの人、今日誕生日休暇っす」

「外資系っぽいわね、バースデー休暇なんて」


どうやら、神々しい存在であるはずなのに、当たり前のように休暇を取るらしい。


「なんか、うちの部署、部下から上司への360度評価システムがあるらしくて」

「あら、それも外資系っぽい」

「部下の誕生日をちゃんと祝うと、部下からの評価ポイントあがるかな?って算段で、今日、上司の人がご飯おごるって言ってましたよ」

「急に俗っぽくなったわね。神の世界も大変なのね」

「『おごりだから、ミラノ風ドリアに半熟卵乗っけるんだ!』って、おごってもらう側もめちゃくちゃウキウキしてましたよ」


「あの神、金銭感覚が女子高生並みの安っぽさね……。ていうか、本当にそんな組織なの?」


「まぁ、うちはそのへんドライなんで。部下から上司への評価が低いと、ボーナス査定にガッツリ響くシステムなんでね。上司も必死なんすよ」

「査定はやっぱり厳しいの?」

「さあ? 自分、タイミーなんでそのへんは全然知らないっす」


私の頭の上には、クエスチョンマークがいくつも浮かんだ。タイミー? ミラノ風ドリア? 360度評価? このファンタジーな異世界が、妙に生々しい現代日本とリンクしている。


「…と、とりあえず、あなたが今日の担当ってことよね? だったら話は早いわ! 私に何かチート能力を付与してちょうだい! あのふてぶてしい弁護士付きの悪役令嬢をギャフンと言わせるやつを!」


私が藁にもすがる思いでそう訴えると、タイミー神はポケットから取り出したスマホをいじりながら、視線も合わせずに事務的な口調で答えた。


「いや、無理っすね。自分、タイミーなんで、マニュアルにないことやっちゃいけない契約なんで」


「 こっちの人生がかかってるのよ! もう少し融通を利かせてくれてもいいじゃない!」

「ていうか、マニュアル外のことやって、もしなんかトラブルになったら、本社からタイミー側にクレームが行くじゃないすか。そうなったら、俺がタイミーの運営から出禁になる可能性があるんで。タイミーから出禁にされると、結構困るんすよー。俺、フリーランスなんで、単発の収入源は大事なんで」


フリーランスの神。パワーワードがすぎる。神にも雇用形態の多様化の波が押し寄せているらしい。


「……あなたの本職はなんなの?」

「ウーバーっすね」


もう驚かない。驚くだけ無駄だ。この世界では、神がウーバーイーツの配達員をやっていても、何もおかしくないのだろう。むしろ、神の力で瞬間移動配達とかできそうで、天職かもしれない。


「それで生計は大丈夫なの? 家賃とか大変でしょ」

「ああ、それが最近、同棲してた弁護士の彼女に家出てけって言われちゃって。今はその子の親友の家に泊めてもらってますね。まあでも、マチアプで知り合った看護師の家もキープしてるんで、当分は宿には困らないっす。あ、彼女ってか元カノか? でも昨日も「泊りはダメ」って言われたけど、やることやったしなー」


「(……筋金入りのダメ女製造機…!)」

顔のつくりが整いすぎているせいで、そのクズな発言が妙な説得力を持ってしまうのが非常に腹立たしい。甘く響く柔らかい声も、なんだかすべてを許してしまいそうな危険な魅力があって、さらに腹が立つ。


「(ダメだ…! このクズ男の妙なイケメンオーラの前じゃ…何も言えない! )」

私はゴクリと喉を鳴らし、必死に平静を装った。ここでペースを乱されてはいけない。

「わ、わかったわよ……。じゃあ、明日になったら、いつもの神が担当に戻ってくるのよね?」


「そうっすね。……え、もしかして、俺じゃ嫌だった?」

タイミー神はスマホから顔を上げ、潤んだ瞳で私の目をじっと見つめた後、子犬のように寂しげな表情で、はかなげに言った。

(……ビジュアルが、強い!)

その一瞬、私の心はグラリと揺れた。危ない。この男は、自分の顔面偏差値が強力な武器であることを完全に理解している。


「もしよかったらさ、俺が今日の仕事上がったら、この後デートしない?」


本当に神なのか、この男は。人間臭すぎる。俗世にまみれすぎている。しかも、業務中に顧客を口説いている。コンプライアンスはどうした。


「顧客を口説くんじゃないわよ、このチャラ神!」

「えー、いいじゃん、減るもんじゃないし。あ、そうだ。ちょうど今、すごいご利益がある壺があってさ。これ持ってると、どんな逆境も跳ね返せるっていう開運アイテムなんだけど、君だけに特別価格で……」


「神が、神のご利益があるっていう壺を売ってる!」


私の渾身のツッコミが、静かだった庭園に高らかに響き渡った。その声に驚いたのか、木々に止まっていた鳩たちが一斉に空へと飛び立った。

羽ばたきと共に、空から祝福のような光が差し込んできたが、今の私には、それすらもこの胡散臭いタイミー神が用意した安っぽい演出のようにしか見えなかった。私の愛されヒロイン生活は、一体どうなってしまうのだろうか。担当神は休暇中、代わりに来たのはフリーランスのチャラ神。もはや、八方塞がりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る