第7話 すっごいカリスマの敵を倒すと、その次の敵の印象がほとんどない現象

「タイミーさん、どうだった?」


翌日、いつものアジデスジャージ姿で現れた担当神に、私は開口一番そう問いかけた。昨日のチャラいタイミー神の奇行と、胡散臭い壺のセールストークがまだ頭にこびりついていて、つい呼び方もそちらに引きずられてしまう。


「…いきなりタイミーさん呼ばわりなのね。まあ、そうだな。顔は良かったわよね、アイツ」

私の声には、自分でもわかるほど呆れの色が混じっていた。


神様はジャージの裾を引っ張りながら、どこか遠い目をして苦笑する。

「まあ、タイミーなんて、どうせ社会保険料もまともに払ってないフリーランスだからな。将来のこととか、何も考えてないんだろ」


「あなた、本当に神なの?他人に対して、感じ悪すぎるでしょ。まぁ顧客に壺売りつけようとしてたけど…」

私の眉がぴくりと動く。

「…ていうか、遅ればせながら、誕生日おめでとう」


ふと昨日のことを思い出し、一応の祝いの言葉を口にすると、神様の顔がぱあっと明るくほころんだ。その表情は、まるでプレゼントをもらった子供のように無邪気だった。


「おぉ、ありがとう! 昨日はな、上司にすごい豪華なイタリア料理をご馳走になったんだぞ。場所は、なんとあの港区だ!」


「うすっぺらい港区女子みたいなマインドね。というか、サイゼリヤは全国どこで食べても同じ味よ」

私は呆れて手を腰にあて、冷静にツッコミを入れる。


神様は一瞬「なんでわかったんだ?」という顔をしたが、すぐに肩をすくめ、楽しそうに話を続けた。

「そのあとはな、白金台のプラチナドン・キホーテに連れてってくれたんだ。プラチナだぜ? すごいだろ」


「(この人、本当にアホだ…)」

私は心の中で深いため息をついた。港区のサイゼリヤと白金のドンキで目をキラキラさせられるなんて、ある意味幸せな人生なのかもしれない。

だが、そんな彼の誕生日報告に付き合っている余裕は、今の私にはなかった。焦る気持ちが勝り、思わず叫びそうになる。


「そんなことはどうでもいいのよ! それより、早く私に逆転の一手をちょうだい! あの弁護士付きの悪役令嬢、日に日に王子様への影響力を強めてるんだから!」


私の必死の訴えに、神様はふと真顔になり、どこからか取り出したタブレット端末を操作し始めた。その表情は、まるでプロジェクトの進捗報告をする中間管理職のように、険しいものに変わっていた。


「ああ、そうだったな…。それが、ちょっと厄介なことになっててな。昨日のお前の担当だったタイミーのやつ、『悪役令嬢に転生したけど、転生のときに顧問弁護士をつけてたら、イケメン王子に溺愛されて人生イージーモードすぎて困ってます〜ところで愛されヒロインは平和ボケしすぎてて、そろそろ追放されるようです〜』のシナリオを、急上昇ランキングで9位にしてやがる。俺が担当してたときは7位だったのに、2ランクも転落しちまったよ」


「なにそのタイトル!? 完全に私が悪役で、しかも無能扱いじゃない!」

私は思わず机をバンッと叩いた。その音に驚いて、庭の木々にいた鳩が一斉に飛び立ち、空に小さな黒い影を描く。


神様は難しい顔でタブレットの画面を睨みつけ、目を細めて考え込んでいる。

「うーん、やはり魅力的な物語に必要なのは何か…? そうだ、それは魅力的な悪役だ! 読者や視聴者は、完璧なヒーローやヒロインよりも、少し影のある、人間臭い悪役にこそ惹かれるものなんだよ。」


「結局、私がその魅力的な悪役になるんじゃない!」

私は腕を組み、憤慨しながら庭を見渡した。燦々と降り注ぐ日差しはまぶしく、平和の象徴であるはずの鳩たちが「かー、かー」と不吉に鳴いている。

それなのに、私の転生人生は、神々の暇つぶしのためのエンタメランキングに振り回され、周到に準備された悪役令嬢に一方的に追い詰められる運命だなんて、あんまりだ。


神様は私の視線を避けるように、軽く肩をすくめた。

「まあ、ヒロインの平和ボケっぷりも、ある意味では一つの見せ場というか…ユーザー的には『こいつ、いつまで気づかないんだ?』みたいに盛り上がるんだよ」


私はこめかみを押さえ、深いため息をつき、握りしめた拳をわなわなと震わせた。

「視聴者が盛り上がるかなんて、知ったこっちゃないわよ! 私の人生を勝手にエンタメのネタにしないで!」


私の怒声に、神様はしかし、どこか楽しそうに口の端を吊り上げた。

「まあまあ、そうカッカするな。でもな、こうして人気ランキングが上がれば、君の救済ルートを実行するための予算も、上から下りやすくなる。つまり、逆転の可能性も現実的になってくるってわけだ。焦るな、あと一手だ。勝利への道筋は、もう見えている」


私は天を仰ぎ、深いため息をついた。

私の平穏な愛されヒロイン生活への道は、どうやらまだ始まったばかりらしい。というか、スタートラインにすら立てていないのかもしれない。

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