愛されヒロインと悪役令嬢、どっちに転生する? もちろんヒロインで! って言ったのに。~担当神(松戸在住・時給800円)のせいで転生ライフがなんか違う~
第5話 なんか主人公よりサブキャラの方が人気でることってあるよね
第5話 なんか主人公よりサブキャラの方が人気でることってあるよね
「それで、結局のところ私はどうすればいいのよ?」
私は深いため息をつき、ズキズキと痛み始めたこめかみを押さえた。庭の鳩たちは、相変わらず「かー、かー」とカラスまがいの声で騒がしい。まるで、この混沌とした状況を特等席で観覧し、面白がっているかのようだ。
私の問いに、神様は少し間を置いて、さも当然といった様子で肩をすくめた。
「いや、それは君の当初のゴール通り、イケメン王子と結ばれてハッピーエンドを迎えてもらって、それで万事解決だよ」
「解決するわけないでしょ! どう見てもあの悪役令嬢のほうが、今のところ完全にリードしてるじゃない! 王子様の関心、完全に彼女の方に向いてるわよ!」
私は眉をひそめ、神様の顔を睨みつける。実際、庭では王子が悪役令嬢の剣幕に気圧されているのか、あるいは彼女の扇情的な美貌に惹かれているのか、先ほどまでの熱烈なプロポーズが嘘のように、私の方を全く見ていない。完全に悪役令嬢の独壇場だ。
すると、神様はばつが悪そうに苦笑し、視線をあらぬ方向へと泳がせた。
「まぁ、あっちは転生契約時に、ちゃんと弁護士つけてたからな。契約書の隅々までチェックして、自分に有利になるような条項を山ほど盛り込ませてたみたいだ」
「……弁護士? ちょっと待って。転生する時に、弁護士なんてつけられるの?」
私の思考は、完全にフリーズした。転生。それは、死後の魂が新たな生を受ける、神秘的で荘厳な儀式のはずだ。そこに「弁護士」という、あまりにも現実的で俗世的な単語が介入する余地があるとは、夢にも思わなかった。
神様は、そんな私の混乱をよそに、急に遠い目をして説教じみたことを言い始めた。
「これだからなぁ。『子供のころ、なんで勉強しなきゃいけないの?』なんて言ってるガキは多すぎるんだよな。勉強しないと、お前みたいに契約書をろくに読まずにサインしちまうような、うっかりした大人になるんだよ。複雑な長文を読めないバカに育つんだ」
「神、急にどうしたの? 人生語り始めたけど」
「ってか あなた、いったいどっちの味方なのよ!? 私をこの世界に送り込んだ担当責任者でしょ!」
ついに私は我慢の限界を超え、声を荒げた。神様は私の剣幕に一歩後ずさり、アジデスジャージの裾をいじりながら、焦った表情を浮かべた。
「いや、そりゃあ……もちろん君の味方に決まってるじゃないか! 俺だって、担当した転生者が無様に断罪される姿なんて見たくないさ!」
神様は慌てて両手を振り、必死に弁解する。しかし、その目は明らかに泳いでいた。
「でもな、正直なところを言うと、君がここからドラマチックな大逆転劇を演じてくれれば、うちのサービスのサブスク契約者数がぐんと上がるかもしれないし……そうなると俺の評価も……その、なんだ……」
「え、サブスクモデルだったの? この転生事業って」
思わず、私は目を丸くした。まさか私の人生が、月額課金制の動画配信サービスのようなエンタメコンテンツとして消費されているとは。
私の驚きを肯定するかのように、神様は急にドヤ顔になり、胸を張った。
「そうだ! 我が社が新たに提供する新時代のサービス、『異世界転生エンターテイメント・プライム』。略して『異世プラ』な。月額料金を支払うことで、我々が厳選した転生者たちの人生シナリオを、神々の視点からリアルタイムで覗き見できるんだ。いわば、究極のリアリティショーだよ」
彼の説明を聞きながら、私の頭はクラクラしてきた。怒りを通り越して、もはや眩暈がする。
「つまり、私の人生はあんたたちの金儲けのために、何の断りもなく勝手に見世物にされてたってこと!? 最悪じゃない!」
私は怒りに燃え、握りしめた拳で神様の胸元を指差した。
すると、神様は逆ギレしたように声を荒げ、ジャージの裾をさらに強く引っ張った。
「うるせえ!慈善事業で転生なんてやってられるか! 俺だって必死なんだよ! 外資に買収されてから、成果主義が徹底されてな! 噂じゃ、結果を出せない能力のない神は、容赦なくクビにされるらしいんだよ! そしたら俺は青森に帰るしかなくなる! 地元で『あいつ、「おれはTOKYOでビックになる」って言ってたのに、結果だせなかったっぺ』って陰口叩かれるんだぞ! 耐えられるか、そんなの!」
「本社は東京なのね、しかも松戸住みの…。ってか、あなた、青森のりんごはもう二度と食べちゃだめよ」
「仮に君のシナリオが、このままあの弁護士付きの悪役令嬢に完膚なきまでに負けて、地味に終わってみろ! 俺が担当するコンテンツの視聴率も下がって、俺のクビがマジで危なくなるんだよ!」
「……つまり私は今、周到に準備された弁護士付きの悪役令嬢と、自分のクビと地元での評判を恐れる元時給800円のダメ神に挟まれて、絶体絶命のピンチに陥ってるってこと…!?」
私はがっくりと頭を垂れ、再び鳩が輪を描く空を見上げた。まるで世界全体が、私のこの途方もない不幸を祝福しているかのようだ。
私の絶望をよそに、神様は「ふん」と鼻を鳴らし、手を腰に当ててニヤリと笑った。
「元、時給800円、な。いまはドル建てだ。外資系なめんなよ」
その声には、妙なプライドが混じっていた。彼はどうやら、自分の給料がドル建てになったことが、よほど嬉しいらしい。本当にどうでもいい情報だ。
そして、彼はどこからか取り出したタブレット端末を一瞥すると、さらに私を絶望の淵に突き落とす衝撃的な事実を告げた。
「お、すごいぞ! 君のシナリオ、急上昇ランキングで7位に入ってる! 『【悲報?】愛されヒロインさん、弁護士付きガチ勢悪役令嬢に手も足も出ず無事死亡【朗報?】』ってSNSでバズってるぞ!よし、この波に乗るぞ! 今はもうちょい悪役令嬢に活躍してもらって、さらなるブーストをかける!」
「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! 私の人生で勝手にブーストかけないで!」
「というわけで、君はしばらく、あの悪役令嬢に徹底的にやられなさい! いわゆる『ざまぁ』される展開だ! 視聴者が『もうやめてあげて! ヒロインちゃんが可哀想!』ってなるくらいまで徹底的に追い詰められて、同情票が集まったところで、俺が何かしらのチートな救済アイテムを授けてやる。 だから、しばらくは辛抱してくれ! 人気が安定したら、必ず救ってあげるから! 約束する!」
神様は一方的にそう告げると、満足げな笑みを浮かべて私の肩をポンと叩いた。私の人生は、彼の保身と出世とドル建て給料のための、壮大なエンターテイメントコンテンツに成り下がってしまったらしい。
庭では、悪役令嬢が高らかに勝利の笑いをあげ、王子は完全に彼女のペースに飲まれている。そして鳩は「かー、かー」と、まるで私の敗北を嘲笑うかのように鳴いている。
私の平穏な愛されヒロイン生活は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。どうやら、本当の地獄はこれから始まるようだ。
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