第20話 叶偉(かい)



 

「ねえ、叶偉かい。この石、やっぱり光るわ。

 それに、あなた年齢、進んでないわよね?」


 桂雷けいらいが赤い石を見ながら言った。


 桂雷けいらいの胸にある赤い石は叶偉かいの母親の形見かたみ叶偉かい桂雷けいらいたくしたものを、

 そのまま桂雷けいらいが身に付けていた。


 叶偉かいは人間でもう七十歳近くになるはずだが、見た目は五十歳手前ぐらいだった。

 若く見えるというだけではなかった。



「確かにそうなんだ。ゆっくりと時間が進んでいるような感じがする」


 叶偉かいが答えた。


「魔性の気配も感じたことがない。あなた何者?」


 桂雷けいらいが首をかしげた。






「そうだな。以前から気にはなっていたんだが。さすがにほってはおけないな」


 天昇てんしょうが使い魔の刹那せつなを呼んだ。


はるか東のての島だが、調べてくれ」


 刹那せつなは一礼をして消えた。



「さて、何が出てくるか楽しみだな」


 天昇てんしょうはクスリと笑った。


叶偉かいの寿命はあとどれぐらい延ばせるのかしら?」


 桂雷けいらいが聞いた。


「さあ、ただの人間なら百ぐらいだろうな。けい、お前はどうしたい?」


 天昇てんしょう桂雷けいらいに聞いた。


 桂雷けいらいは黙ったまま答えなかった。






 人間の叶偉かいの寿命に限りがあることは最初からかっていた。


 叶偉かいは転生を望まず桂雷けいらいと共にいることを選んだ。

 叶偉かいの肉体が滅んだ時、その魂は桂雷けいらい体内なかに取り込まれる。

 桂雷けいらいせいが終わるその時まで叶偉かい桂雷けいらいの中で生き続け、

 桂雷けいらいと共にいることが出来た。


 だが、桂雷けいらいはずっと叶偉かいれていたかった。

 その温かさを直に味わいたかった。


 だから叶偉かい生命いのちを出来る限り延ばしたかった。


 その為に、桂雷けいらいは少しずつ叶偉かいに自分の生命エネルギーを送り続けていた。

 つまり、桂雷けいらい自身の生命いのち叶偉かいに分け与えていたのだ。

 だが、それも限界がある。


 桂雷けいらいは終わりに近づいていることを感じていた。




 叶偉かい桂雷けいらいのしていることを知っていった。


 桂雷けいらいがしたいことならと、叶偉かいは黙っていた。

 桂雷けいらいの望みは叶偉かいの望みでもあったからだ。

 子供も間は開いたが五人もうけた。

 どの子供たちも立派に成長した。

 叶偉かいは満足だった。


 あとは残される桂雷けいらいのことだけが気がかりだった。




 桂雷けいらい叶偉かいしか見ていない。

 叶偉かいしか欲しくないと常に言っていた。

 一人残される桂雷けいらいは寂しい思いをしないか、つらい思いをしないか心配だった。

 子供たちも自分たちのことをとても大切にしてくれている。

 きっと、一人になった桂雷けいらいのことを気遣きづかってくれるだろう。


 叶偉かいは自分の終わりを考えることが多くなった。




 生きとし生けるもの全てに終わりは来る。

 それが長いか短いかの違いだけだ。


 だが竜の寿命は長い。人間の時間とは比べ物にならない。

 何百、何千年の月日を桂雷けいらいはどう過ごしていくのだろう?


 叶偉かい桂雷けいらいのことばかり考えていた。

 叶偉かいにとっても桂雷けいらいは自分の全てだった。








 叶偉かいは若い時に世界を旅してその土地の知恵や技術、知識を習得していた。

 土木技術や建築にもけていた。

 また薬学や医者の知識も持っていた。


 叶偉かい天昇てんしょうに重宝されていて、度々たびたび、地方へおもむいた。




 ある時、東の辺境の地へおもむいた。


 そこは叶偉かいが生まれ育った島の近くだった。

 叶偉かいはこの海の向こうに生まれた地があると、海辺にたたずんでみていた。


 その時、何かの気配に気が付いて、辺りを見渡すが分からなかった。

 だが、その気配は何故か懐かしさも感じるものだった。



 叶偉かいは与えられた仕事をそつなくこなし、時間が経過していた。

 最初に感じた気配はその後も時々、ふとした時に気が付いた。


 ただ人間の叶偉かいには気配を追うことが出来なかった。



 ある時、夕食後に叶偉かいが一人で海辺を散策しているときに、

 時々感じる気配が強くなって近づいてくることに気が付いた。

 叶偉かいはその方向へ目をらした。

 すると、薄暗がりの中、二つの光る眼が叶偉かいを見ていた。


「貴様、何者⁉」


 叶偉かいが身構える。


 叶偉かいは人間だが修行を積んであらゆる武術に精通していた。

 魔性とも対峙たいじすることが出来た。



「オニの血を引く者とみた。鬼隠きおん様の匂いがする。お前こそナニモノ?」


 二つの眼が言った。


「オニ?キオン?何のことだ⁉」


 叶偉かいが叫び二つの眼に切りかかった。


 二つの眼は消えた。


 叶偉かいは自分の中の血が逆流する感覚を覚えた。

 何かが叶偉かいの中を駆け巡っていた。

 叶偉かいは何とも言えない恐怖を感じた。


 それからも時々、気配を感じることはあったが、あの二つの眼は現れなかった。


 叶偉かいは任期を終えて城に戻った。







叶偉かい。お前、何を連れてきた?」


 天昇てんしょう叶偉かいを見て言った。


 叶偉かいは何を言っているのか分からなかった。

 すると、天昇てんしょうが手を上げていきなり叶偉かいに向かって力を使ってきた。


「⁉何⁉天昇てんしょう‼」


 叶偉かいが攻撃をけようとしたが間に合わない。


 すると叶偉かいの真後ろで「ギャッ」という声があがった。

 叶偉かいが振り返ると小さな生き物が天昇てんしょうの攻撃を受けてのた打ち回っていた。

 叶偉かいは無傷だった。


「何だ?」


 叶偉かいは凝視した。


「…魔性ではない。オニか…」


 天昇てんしょうが言った。


「オニ?これが?」



叶偉かい。東の地で何かあっただろう?」


 天昇てんしょうが聞いた。


「ああ、二つの光る眼が、オニの血だとか、キオンとか…。

 あの時の眼がコイツ?」


 叶偉かいが驚く。


 天昇てんしょうがその生き物を指でまみ上げた。


「消されたくなかったら、答えろ」



 小さな生き物は「五蓋ごがい」といい、鬼の使いだと言った。

 あの東の辺境に昔から鬼の一族がいて、

 叶偉かいから鬼隠きおんという鬼の匂いがしたと言った。

 鬼隠きおんは一族の裏切者で叶偉かいが関わっているのなら殺すつもりだとも話した。


「で、叶偉かいを殺すのか?お前みたいな低俗が!」


 天昇てんしょうはそう言うと五蓋ごがいを握り潰した。



叶偉かい。今、お前のことを調べさせている。何か面白いものが出てきそうだな」


 天昇てんしょうがニヤッと笑った。叶偉かいは黙ったまま天昇てんしょうを見た。






「オニ?別に叶偉かいが何者でも構わないわ。叶偉かいが私のものなら。

 私だって竜よ。何の違いがある?」


 桂雷けいらいはクスッと笑った。

 何を今更言っているのかというふうだった。


けい、ありがとう」


 叶偉かい桂雷けいらいを抱きしめた。


叶偉かい。私は叶偉かいのためだったら何だってするわ。

 例えそれが天昇てんしょう対峙たいじすることになっても。

 めいしゅうを裏切ることになっても。

 私のすべては叶偉かいだから」


 桂雷けいらいの言葉に叶偉かいは首を横に振った。


「だめだ、けいめいしゅうはお前にとって命だ。頼む。それだけは…」


 叶偉かい桂雷けいらいに縋った。


 叶偉かい桂雷けいらいの自分を想う気持ちが時に暴走してしまうのではないかと

 危惧していた。

 茗雷めいらい柊雷しゅうらい対峙たいじすることは桂雷けいらいの命がなくなることと等しかった。







「誰だ?オレの中に何かが居る?」


 叶偉かいは目覚めて飛び起きた。


 全身に汗をかいていた。

 夢の中、叶偉かいが見たものは二つの光る赤いに白い牙。

 その赤いが自分を見てニヤリと笑った。

 その姿は叶偉かいと似ていた。


 叶偉かいは自分の中に何かが居ることをハッキリと自覚した。

 叶偉かいは何かが起ころうとしていることを予感して不安を感じた。


 隣で寝ていた桂雷けいらいは薄目を開けて叶偉かいの様子を伺っていた。





 日ごとに夢の中の赤い瞳は輪郭をハッキリとさせていった。


 叶偉かいはどうしようもない焦燥感に囚われていた。


 そして、満月の夜、それは形となって現れた。

 叶偉かいの容貌が変化へんげしていった。

 叶偉かいの瞳は赤く光り牙が生えていた。

 体が一回り大きくなり爪が伸び、その体から異形いぎょうの気配が流れていた。


 叶偉かいは自分の変化におののいた。




「やはりオニがいたか」


 そこに天昇てんしょう桂雷けいらいが居た。


 叶偉かい桂雷けいらいを見て動揺した。


 桂雷けいらいはゆっくりと叶偉かいに近づき叶偉かいを抱きしめた。


 叶偉かいの瞳から一筋の涙がこぼれた。



「オレはどうなるんだ?オレは…。オレの中に何かが居る」


 叶偉かいは絞り出すように声を出した。



刹那せつなから報告があった。お前の父親は鬼隠きおんという鬼だ。

 それも一族の次期じきおさと言われた強い鬼だったらしい。

 それが人間の女と通じてお前が生まれた。

 お前の母親はお前を育てた村長の娘だ。

 母親はお前を産んですぐに死に、鬼隠きおんは一族を追われ殺された。

 お前が持っていた赤い石は鬼隠きおんの血で作られたものだ」


 天昇てんしょうの言葉を叶偉かいはすぐには理解できなかった。


「この赤い石は叶偉かいの父親の想いが詰まっていたものだったんだ。

 だから、時々、光った。叶偉かいに共鳴して光っていたんだ」


 桂雷けいらいが言った。



 そして、今、叶偉かいの目の前で赤い石がキラリと輝いた。


「あ…父さん?」


 叶偉かいは赤い石を握り涙を流した。



叶偉かい。私は叶偉かいが鬼で良かった。

 これで血の契りが交わせる。

 人間のままだったら無理だった。

 私は叶偉かいの父親に感謝する。

 私は叶偉かいと共に生きていける」


 桂雷けいらいが静かに言った。



「血の契り?オレはけいとずっと一緒に居られるのか?」


 叶偉かいつぶやいた。


 桂雷けいらいは優しく微笑んだ。







 血の契りは竜の血を一滴、相手の体内に入れることで成立する。

 相思相愛の関係で成り立つ。

 しかし、竜の血は強い。

 ただの人間には害でしかならない。

 だから桂雷けいらい叶偉かいとは交わすことが出来なかった。

 しかし、叶偉かいの中にオニの血が、異形いぎょうの血が混じっていれば

 竜の血を受け入れることが出来た。

 血の契りを交わすことが出来た。



「だが、オニは初めてだ。血の契りを交わせてもどうなるかは分からないぞ?」


 天昇てんしょうは言った。


「このまま人として叶偉かいせいが終わるなら、私は血の契りを交わしたい。

 どんな形であれ叶偉かいは私のものだ」


 桂雷けいらいは言った。





 叶偉かいと血の契りを交わすとき天昇てんしょう茗雷めいらい柊雷しゅうらいらが立ち会った。


 叶偉かいさかずきの血を飲んだ。

 飲んでしばらくして叶偉かいの心臓がドクンと脈打つのを叶偉かいは自覚した。

 体中が熱くなり血が逆流しているようなザワザワとした感覚、

 全身の毛が逆立つような不快感。


 そしてただよう妖気。

 叶偉かいの体が一回り大きくなり爪が伸び牙が生えた。

 そして両瞳りょうめが赤く光った。


 叶偉かいは先日の満月の夜以上の変化へんげをしていた。


 叶偉かいが夢の中で見た男がそこに居た。



「オレは…。この姿は…」


 叶偉かいが自分の姿を凝視する。


鬼隠きおんの姿か。刹那せつなのいうお前の父親の風貌と似ている。

 お前の中の鬼の血が表に出てきているということか?」


 天昇てんしょうが唸った。


「でも叶偉かいの魂よ。叶偉かいだわ」


 桂雷けいらいは嬉しそうに叶偉かいに手を伸ばし、そして叶偉かいに口付けた。


けい、オレは…」


 叶偉かいはそのまま気を失った。






 叶偉かいが目覚めた時、叶偉かいの体は元に戻っていた。

 体のどこにも違和感はなかった。叶偉かいは今まで通りに生活が出来た。


 だが、次の満月の夜に異変が起こった。

 叶偉かいが血の契りを交わした時と同じような状態になった。

 叶偉かいは鬼に変化へんげしていた。叶偉かいの体から妖気が漂った。



「満月が切っ掛けか。変化しても叶偉かいの意識はそのままか。

 だが、明らかに力は強くなっている。

 人間の器には強すぎるな。

 まして本来なら叶偉かいの寿命が近くなっている。

 少し仕掛けが必要だな」


 天昇てんしょうがブツブツ呟いた。


叶偉かいを私の中で眠らせるわ」


 桂雷けいらいが言った。




 叶偉かいは人としてのせいが終わりに近づいていた。

 そんな中で血の契りと鬼の血の目覚めで今の叶偉かいの体力は限界だった。


 そこで天昇てんしょうは満月の夜に叶偉かいが鬼に変化するときと、

 必要な時に動けるように、それまで叶偉かいを眠らせることを思いついた。

 血の契りを交わしているから叶偉かいの実体は保たれている。


 だから茗雷めいらいの中にシオンが眠っているように、

 桂雷けいらい叶偉かいを自分の中で眠らせると言ったのだ。


 天昇てんしょうもそれには異論はしなかった。




 叶偉かいのことは子供たちにも伝えられた。

 みながそれぞれに叶偉かいに会いに来た。

 叶偉かいの命が桂雷けいらいの中で続くことに子供たちも安堵した。

 みなが人間の叶偉かいを大切に想い、叶偉かいを愛していた。



 叶偉かい桂雷けいらいの中に取り込まれた。

 桂雷けいらいの中で眠りについた。


 桂雷けいらい叶偉かいを一生自分のものに出来たという安心感に涙した。

 叶偉かいを失ってしまう恐怖から解放された。


 桂雷けいらいは嬉しかった。


 叶偉かい異形いぎょうの血に感謝すらした。







「父さま、次、いつ起きてくるの?」


 彩偉雷さいらい桂雷けいらいに聞いた。


「何か叶偉かいに用?」


 桂雷けいらいが聞き返した。


「生まれてくる子の名前、相談したくて」


 彩偉雷さいらいが微笑んだ。


「あら、叶偉かいに?紅玉こうぎょくは?」


 桂雷けいらいが尋ねた。


紅玉こうぎょくが父さまの意見が欲しいって。

 みんな父さまの字を貰っているから、この子たちも貰えないかって」


 彩偉雷さいらいが嬉しそうに話した。


彩偉さい、お前が紅玉こうぎょくの意見を聞くなんて。少しは成長したのね」


 桂雷けいらいがクスクスと笑った。


「まあ、少しはね。私も大人にならないと。それにこの子たちの親になるんだし」


 彩偉雷さいらいが照れたようにはにかんだ。



 桂雷けいらい彩偉雷さいらいの成長を嬉しく思った。

 幼い頃は勝ち気で女王様気質、自己中心的で常識が通用しなかった。

 紅玉こうぎょくはいつも振り回されていた。

 だが今は紅玉こうぎょくに支えられ、紅玉こうぎょくの為に生きている。

 そして、母親になろうとしている。

 娘の成長に桂雷けいらいは目を細めた。





 叶偉かい桂雷けいらいの中で時々、目を開けた。

 そしてまた眠りについた。


 満月の夜に目覚め桂雷けいらいから出てきた。


 桂雷けいらい叶偉かいを抱きしめた。その温かさに酔いしれた。


 叶偉かい桂雷けいらいとの逢瀬おうせを楽しんだ。



 桂雷けいらいは幸せだった。

 自分のせいが終わるその時まで叶偉かいは自分と共にいてくれる。

 自分だけを愛してくれる。



 叶偉かいと出会って半世紀以上の年月が経とうとしていた。

 人間のままならそのせいは終わっていただろう。



 叶偉かい桂雷けいらいと共に生きることができて満足だった。

 いつ自分の生命いのちが終わるのか怯えていた。

 桂雷けいらいを残してくことが不安だった。



 桂雷けいらい叶偉かいも想いは一つだった。




 そして初めて会った時に交わした「ヤクソク」は守られた。





                                fin


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