第21話 ナウルの恋




 彩偉さいさまが、お子さまを産んだあとも戦場へ出ていたと知った。


 子供を産んだのに、母親なのに、彩偉さいさまは紅玉こうぎょくさまと居ることを選んだ。


 引退なんか考えなかったと言った。


 彩偉さいさまにとって紅玉こうぎょくさまが全てだから。



 でも、お二人は万が一戦場で何かあっても、何が何でも帰って来ると、

 どんな姿になっても帰ってくると言った。

 そして、最期はお子さまたちの前でくと決めているとも言った。


 なんて、お強いのだろうと思った。


 ボクはそんな彩偉さいさまをうらやましいと思った。






 ボクは、虹蓮ぐれんさまがボクの気持ちを知ってくれただけで幸せだった。


 でも、彩偉さいさまたちを見てボクは欲が出た。


 わずかな望みを夢見た。


 ボクは虹蓮ぐれんさまの子供が欲しいと思った。


 愛されてもいないのに、虹蓮ぐれんさまはボクにれることもしないのに、

 ボクは虹蓮ぐれんさまにれて欲しかった。


 ボクは虹蓮ぐれんさまに愛されたかった。






「ナウル、無理するな」


 彩偉さいさまが声を掛けてきた。


「えっ?何をですか?」


 ボクは何のことか分からなかった。


虹蓮ぐれんのこと。我慢しているだろう?」


 彩偉さいさまが少し困ったような顔で言ってくる。


「えっ?彩偉さいさま?何言って、ボクは…」


 ボクの方が困ってしまう。


 そんなこと言われても、ボク自身がどうしていいのか分からないのに。



虹蓮ぐれんは、アイツはいくさのことしか知らない。

 いくさのことしか頭になかった。

 虹蓮ぐれんがお前を側に置いて大切にしていること自体がすごいことなんだが…。

 アイツは女の扱いを知らない。

 お前が望むなら、言葉で伝えないと伝わらないぞ、ナウル」


 彩偉さいさまの言葉にボクは動揺する。



 そんなこと言葉になんかできない。出来っこない!


 ボクは虹蓮ぐれんさまの足枷あしかせになりたくない。


 ボクは、ボクの側でボクの香りで虹蓮ぐれんさまがいやされてくれれば、それでいいのに。


 ボクは何も答えられなかった。






 虹蓮ぐれんは、自分がどうしたらいいのか分からないままだった。


 ナウルが側に居てくれるだけでよかった。

 ナウルの立たす香りが好きだった。

 ナウルの側でだけ、ゆっくりと休むことが出来た。


 虹蓮ぐれんにとっていくさが全てだった。

 物心ついたころから一人で、家族は知らない。

 気が付いたら兵士としての訓練を受けていた。

 たたかいの中で育った。


 柊雷しゅうらい様に気に入られて東に連れて来られた。

 東に来てからもたたかいが生きることだった。


 やがて幹部の一人となり、柊雷しゅうらい様のために命を捧げると誓った。

 他の幹部と目的を同じにし、協力はしたが基本は一人だった。



 今、ナウルが側に居る。


 たたかいに出てもナウルの存在を感じる。

 だから、何が何でも生きて帰ると、その想いが力となり強さとなっている。


 だが、ナウルをどう扱っていいのか分からない。

 どうしたらナウルを喜ばせられるのか。

 ナウルの望みをかなえてやれる方法が分からなかった。


 そもそも、ナウルの望みは何なのか?


 虹蓮ぐれんは初めてのことで混乱していた。







「で、何でオレなんだ? ああ⁉ 虹蓮ぐれん‼」


 紅玉こうぎょく虹蓮ぐれんにらむ。


「仕方ないだろ?女の扱いならお前が一番詳しいはずだ」


 虹蓮ぐれんにらみ返した。


「それが人にものを頼む態度か⁉」


 紅玉こうぎょくはケンカ腰だ。



 元々、二人は同じような性格でそりが合わなかった。


 柊雷しゅうらいが面白がって東に連れてきたはいいが、

 その対応を任された紅玉こうぎょくは最初からぶつかり合っていた。


 一匹狼で我流でやってきた虹蓮ぐれんにしてみれば余計なお世話だった。


 しかも前世、紅玉こうぎょくは人間だった。

 人間になぜ教育されないといけない、と虹蓮ぐれんは反発した。


 しかし、部隊として動くのに勝手は許されない。


 紅玉こうぎょくは繰り返し虹蓮ぐれんを指導した過去があった。





「うるさい、バカども。話にならん」


 彩偉雷さいらいが割って入る。


彩偉雷さいらい様、申し訳ありません」


 虹蓮ぐれんが頭を下げる。


「そもそも、ナウルと話をしたのか?

 ナウルから聞かないのか?

 ナウルの心はナウルだけが知っている。

 ナウルの口からナウルの気持ちを聞かないで、どうする?

 お前、何年生きてきたんだ?」


 彩偉雷さいらいあきれて虹蓮ぐれんに言い放つ。


 虹蓮ぐれんは黙ったまま項垂うなだれた。


 紅玉こうぎょくもそんな虹蓮ぐれんを見るのは初めてで少し可哀かわいそうな気がした。







 ある日の午後、訓練場の上の小高い丘に虹蓮ぐれんが一人でいると、

 いつもの香りがただよってきた。


 ナウルがそこに立っていた。


「ナウル、来たのか」


 虹蓮ぐれんの表情がほころぶ。


「何をなさっておいででしたか?」


 ナウルがそっと近くに腰を下ろす。


「考えていた。俺はどうしたらいいのか。

 どうしたらお前を喜ばすことが出来るのか。

 お前が望むことを、どうしたらかなえてやることが出来るのか。

 俺はお前の心が知りたい。

 教えてくれぬか?ナウル」


 虹蓮ぐれんがナウルの方に顔を向けた。



 ナウルは突然のことで言葉が出なかった。


 虹蓮ぐれんがそんなことを考えてくれていることが信じられなかった。



 ナウルは自分の気持ちを伝えることが怖かった。


 一度、虹蓮ぐれんに拒絶されたことがあった。

 その時の悲しさ、つらさをもう味わいたくなかった。

 だったら何もなかったことにした方がマシだった。


虹蓮ぐれんさま、ボクは何も。何もありません。

 こうして、虹蓮ぐれんさまの側にいさせていただいているだけで十分です」


 ナウルは自分に嘘をついた。


 ついた嘘にナウルの心は悲鳴をあげそうになっていた。

 苦しかった。悲しかった。

 自分をあざむくことがこんなにつらいなんて。


 ナウルはうつむいたまま顔を上げられなくなった。



 そんなナウルを見て、虹蓮ぐれんはそっとその肩をいた。


「すまない、ナウル。

 お前に嘘をつかせる気はなかった。

 ただ、俺はお前の気持ちが知りたかった。

 お前のことが知りたかった」


 虹蓮ぐれんに肩をかれ、ナウルは小さく震えた。




 虹蓮ぐれんが自分のことを知りたいと言ってくれていることが嬉しかった。


 虹蓮ぐれんが自分のことを想ってくれているのだと知って心があふれた。




虹蓮ぐれんさま、ボクは…。

 ボクは虹蓮ぐれんさまを愛しています。

 ボクは…、虹蓮ぐれんさまに愛されたい!」


 ナウルは気持ちを吐露とろし泣き出した。


 虹蓮ぐれんは泣きじゃくるナウルにどう接していいか分からず、

 ただナウルをきしめた。





 虹蓮ぐれんはナウルを自室に連れて行った。


 ただ寝るだけの何もない殺風景な部屋。


 部屋に入って黙って立っている虹蓮ぐれんの体にナウルはそっと腕を回した。

 虹蓮ぐれんはどうしたものかと考えたが、ナウルにならってナウルを抱きしめた。


 ナウルが嬉しそうに顔を上げた。


 二人の目が合って虹蓮ぐれんは思わず苦笑いした。



虹蓮ぐれんさま、さわってもよろしいですか?」


 ナウルが虹蓮ぐれんの唇に指を触れてきた。


 虹蓮ぐれんは少し困ったように微笑ほほえんで、腰をかがめた。


 ナウルは背伸びをして虹蓮ぐれんの唇に唇を重ねた。



 ナウルがいつもの香りを立たせた。

 ほんの少し違う香りを混ぜて。



 ナウルは自ら衣服を脱いだ。

 そして虹蓮ぐれんの服に手をかけた。


 虹蓮ぐれんはその手を取り、そっと口付けて、自ら服を脱いだ。


 ナウルの瞳から涙があふれた。


 虹蓮ぐれんはその涙をぬぐい、ナウルをベッドに横たえた。



 虹蓮ぐれんは壊れ物を扱うようにそっとナウルにれていく。


 ナウルは虹蓮ぐれんの体に手を回し虹蓮ぐれんの体温を感じた。



虹蓮ぐれんさま…」


 ナウルのかすかな声に虹蓮ぐれんが反応する。


 虹蓮ぐれんの熱がナウルを求めた。

 ナウルの口から歓喜の声が漏れる。


 虹蓮ぐれんは初めての感覚に溺れた。

 ナウルを求め続けた。


 ナウルは幸せ過ぎて可笑おかしくなりそうだった。


 この時がずっと続けばいいのにと心から願った。







 数日後、虹蓮ぐれんは出陣した。


 ナウルは見送り、虹蓮ぐれんの無事を祈った。



「想いが通じてよかったな」


 彩偉雷さいらいがナウルに声を掛けた。


「はい、彩偉さいさま。でも、ボクは少しズルいことをしました。

 あの時、違う香りを少し混ぜたんです。いわゆる、媚薬です」


 ナウルは少し困った顔で彩偉雷さいらいを見た。


「いいんじゃないのか?

 お前の親は自分のためにその力を使えと言ったのだろう?

 それに虹蓮ぐれんはきっと気が付いているぞ。

 しゅうの幹部はそんなにバカじゃない」


 彩偉雷さいらいはニヤリと笑った。


 ナウルはその言葉を聞いて目をしばたたかせ、そしてニコッと笑った。






                          fin

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