柊雷の詩

第2話 柊雷(しゅうらい)





 世界は大きく四つの大陸に分かれ、大小様々な島や陸で成り立っている。

 いにしえより人と人外と魔性やケモノなど多種多様な生き物が混在し、

 生き残るために弱肉強食を繰り返してきた。


 ここはその大陸の一つ、東側に位置し東の大陸と呼ばれ、

 天昇てんしょうという最上級の魔性が治めていた。


 城は古い大きな石造りの居城で、人と人外と魔性が共存していた。 

 今は平穏な地も、ここまでになるまで何万年という月日を費やしてきた。

 天昇てんしょうはこの平穏が続くように日々、心血を注いできた。


 しかし、近年、他大陸で争いが頻発し、

 その影響はこの東の大陸にも及んできていた。



 そんな中、シオンから三つ子の飛竜を預かったのだ。

 子供たちは天昇てんしょうのもとですくすくと育ち、

 それぞれの持つ力を最大限に発揮できるように教育されていった。


 子供たちの名を茗雷めいらい柊雷しゅうらい桂雷けいらいという。



 子供たちは飛竜の中でも武闘にけた雷家らいけの一族で、

 コハクの力を受け継いでいた。


 兄の茗雷めいらいは先祖返りで翡翠の色を、二番目の柊雷しゅうらいはやんちゃな男の子で本来の琥珀の色を強く持っていた。

 末妹の桂雷けいらいは紫水晶の色だが柊雷しゅうらいと同様に琥珀の強い力を引き継いでいた。





 十五歳ぐらいに成長した柊雷しゅうらいは、魔力だけに頼らず、

 技術も身につけるようにとの天昇てんしょうの意向で、

 城軍隊の訓練に参加するようになっていた。

 柊雷しゅうらいの剣の腕は上級隊員も舌を巻くほど上達していた。



 ある日、人間と力の弱い魔性で混成された部隊の訓練を

 城壁の上から見ていた柊雷しゅうらいは、懐かしい匂いを嗅いだ。


「どこでだろ? 懐かしい匂いだ。風に乗ってくる。

 この匂い…、昔、シオンと一緒に居たときに嗅いだはず」


 柊雷しゅうらいは風の出所を追って隊員たちを見渡した。


「あいつだ! 見つけた! 風威ふうい!」


 柊雷しゅうらいの記憶が呼び起された。

 まだ幼かったころ、ここに来る前に、

 シオンに連れられ世界を旅していたころの記憶。

 柊雷しゅうらいは城壁を飛び降り、見つけた相手に駆け寄った。


風威ふうい! お前、生きていたのか⁉」



 風威ふういと呼ばれた若者が振り返る。

 隊員にしては線の細い優しい面立ちに淡い青色の瞳が揺らぐ。


 「琥珀こはくの飛竜、柊雷しゅうらい様ですね?

 私の名はフーイと申します。どなたかとお間違えではありませんか?」


 若者は柔らかな声で答える。



「間違っていない!お前は風威ふういだ。風の一族で、昔、谷で会った!」


 柊雷しゅうらいは声を大にした。

 二人の騒ぎに気が付いて他の隊員たちが集まってきた。



 指導教官が二人の間に割って入る。


柊雷しゅうらい様、何事ですか?この者が何か?」


「俺はこいつと話がしたい。こいつは俺が昔、見つけたヤツだ」


 柊雷しゅうらいは続ける。


風威ふうい、忘れたとは言わさん。

 あの谷でお前は死にかけていた。あれから十年は経っている。

 なのに何故、お前はここに居る? 何故、今、生きている? 答えろ!」


 若者は黙ったまま何も話そうとしない。

 指導教官が柊雷しゅうらいに頭を下げ、一旦、引き下がって欲しいと懇願した。



 夕刻、部隊が解散したのを確認して柊雷しゅうらいは若者の前に立ちはだかった。


風威ふうい、話がある。こっちに来い!」


 柊雷しゅうらいの有無を言わせない言葉に若者は従う。


 「説明しろ」


 柊雷しゅうらいはまっすぐに相手を見る。



「ご無沙汰しております。柊雷しゅうらい様。あなたのおっしゃる通り風威ふういです」


 若者が認めた。


「あの時、あなたと別れた後、祖父であるおさの命が終わり、

 維持されていた幻の谷が崩壊しました。

 私は母が残した魂石こんせきに導かれ谷を出て、この地にたどり着きました。

 東を目指したのはあなた方が東の話をしていたからでしょう」


 少し影を帯びた声がかすれる。



 柊雷しゅうらいは目を逸らさない。

 無言の圧がかかる。


「今までこの命が長らえたのは、あなたにお会いしたかったからかもしれません。 あなたがこの城に居ると知った時は喜びに満ちました」 


「知っていて今まで何もせず黙っていたのか?」


 柊雷しゅうらいが口を開く。



 「私はあなたを見ているだけでよかったので…」


 風威ふういの瞳が寂しそうに見つめ返してくる。



「俺が気が付かなければお前はそのまま朽ち果てていたのか⁉ふざけるな!

 あの時、俺はお前をうと言ったはずだ!」


 柊雷しゅうらいの口調が荒くなる。



「あなたのうという意味を存じていますが、

 本当にかっていておっしゃっているのですか?」


 風威ふういが静かに抗議の意思を含んで言い返す。



かっている。

 俺たち竜のうは自分の体内なかに血肉も魂も取り込むということ。

 同化だ!だが、相手は誰でもいいわけではない!

 本当に欲しいと思ったものだけ、俺を求めてくれるものだけだ。

 お前はあの時、微笑み返してくれた。笑顔で俺の手を握ってくれただろう⁉」


 柊雷しゅうらいの声は涙声にも似て絞り出される。



幼子おさなごの言動です。そこに何の意味がありますか?

 あなたはそんなことを信じていたのですか?」


 風威ふういの瞳が揺れる。そして、一筋の涙が頬を伝った。


風威ふうい、俺はお前が欲しい。

 あの時、俺が見たお前の魂の輝きは間違いじゃなかった」


 柊雷しゅうらいの声に熱がこもる。



「私は本当なら既に死んでいるもの。

 今でこそ母の魂石こんせきでこの姿を保っているようなもの。

 私にはあなたに望まれるような価値などありません」


 風威ふういは頭を振り拒絶する。



「価値は俺が決める。俺が求めるものが真実だ。

 その短い命、残りは俺が貰う。いいな!」


 柊雷しゅうらい風威ふういを抱き寄せる。


 風威ふういは抵抗することなく身を預けた。


 柊雷しゅうらいの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれた。





「どうして柊雷しゅうらい様がここにおられるのですか?」


 童顔の隊員が柊雷しゅうらいに向かって口を尖らせる。



「お前、誰?こんなチビッ子が隊員?」


 風威ふういの部隊訓練を覗いていた柊雷しゅうらいが言い返す。



「ボクは久実くみと言います。フーイさんとはペアを組んでいます。

 それにチビッ子ではありません。もうすぐ十六歳になります!」


 久実くみはチビッ子と言われて腹立たしい気持ちが抑えられず

 柊雷しゅうらいに食って掛かる。


「フーイじゃない。風威ふういだ! 間違えるな!」


 柊雷しゅうらいも言い返す。


 はたから見たら子供の喧嘩に、聞いていた風威ふういが苦笑する。



久実くみ、すまない。風威ふういが正しいんだ。

 柊雷しゅうらい様、久実くみは私とずっと組んでいるれっきとした隊員です。

 城の警護にも当たっています」


 風威ふういが助け舟をだす。


 柊雷しゅうらいは気に入らないのか、久実くみを睨んだ。

 久実くみも負けじと睨み返す。


「えっと、二人とも仲良くしていただければ有難いのですが…」


 風威ふういが困惑しながら二人を取り持とうとする。


 結局、指導教官から天昇てんしょうに報告が入り、穏便にことを進めるため、柊雷しゅうらいが部隊の一員として訓練に参加することで落ち着くこととなった。




 風威ふういを見つけて三回目の満月の夜。

 柊雷しゅうらいがゆらりと起きだす。

 暗闇の中、向かったのは一般棟と呼ばれる城の西側、

 その奥の軍隊関係者が寝起きをしている棟だ。

 その一つの部屋の扉がきしみながら独りでにゆっくりと開く。


柊雷しゅうらい様…どうしてここに…?」


 風威ふういが息も絶え絶えにそこに立っていた。

 そのからだは薄く透け、足元はほとんど見えていない状態だった。

 元々、色白の肌はさらに白く、血が通っているとは思えないほどだ。


「もうからだを保っているのも限界か。

 しかし、ここまで生きてこれたとは、母親の執念も大したものだな。

 風威ふうい、俺のものになれ。俺と共に俺の体内なかで生きてゆけ」


 柊雷しゅうらいの言葉に風威ふういが反応する。



「私をべていただけると?あなたのものにしていただけると?

 それが本当ならこんな幸せなことはありません」


 風威ふういが微笑する。



風威ふうい、俺だけを見ていろ。俺だけを感じていろ。

 その瞳に俺だけを映したままかせてやる」


 柊雷しゅうらい風威ふういを抱きしめる。


 二人の周りを柔らかな光が包み込み外界げかいから隔離される。


柊雷しゅうらい様、ここは?」


繭玉まゆだまだ。結界を張った。誰にも邪魔はさせない。

 今はお前と二人だけだ。風威ふうい、お前を愛している」


 柊雷しゅうらい風威ふういに愛の言葉を紡ぐ。


 風威ふういの瞳に柊雷しゅうらいが映し出され二人は繋がった。

 暖かな光の中、風威ふうい柊雷しゅうらい体内なかで歓喜の波にのまれる。

 そして繭玉まゆだまの中に柊雷しゅうらいだけが残された。




 満月の光が優しく降り注ぐ王宮の中庭に、柊雷しゅうらいはたたずんでいた。


 静かに茗雷めいらい桂雷けいらいが近寄り、そっと柊雷しゅうらいを抱きしめる。

 三つ子はお互いに共鳴きょうめいし合う。

 痛みも悲しみも喜びも三人で分かち合う。


 今、柊雷しゅうらいの悲しみはほかの二人の悲しみでもあった。



風威ふういった。初めて出会った時から俺は欲しかった。

 俺のものだと思ったんだ」


 柊雷しゅうらいが涙を流しながら話した。



「でも風威ふういしゅう体内なかにいる。しゅうと共に生きるよ」


 茗雷めいらい柊雷しゅうらいの頭を撫でながら答える。


「お互い一目ぼれだったんだよね?しゅうちゃん、大丈夫だよ。

 風威ふういは風だから、いつもしゅうちゃんのそばにいるよ。

 しゅうちゃんは風威ふういの魂を救ってあげたんだよ」


 桂雷けいらいがギュッと柊雷しゅうらいを抱きしめた。






 王宮の窓から天昇てんしょうが三人を見つめている。


「どうして柊雷しゅうらい様はせいの短いものを選んだのでしょう?」


 側仕そばづかえの月読つきよみがポソリと言った。



「それは違う。しゅうが選んだ訳ではない。

 せいの短いものはその命を必死に生きようともがく。


 しゅうはその瞬間のせいの輝きを敏感に感じとっている。

 それはあの子たちにとってはエモノと同じだ。


 しゅうは無意識にそのエモノの匂いを嗅ぎ分けている。

 それに竜は優しい生き物だからな。

 弱いものに惹かれてもおかしくはない。


 あの子たちの寿命はまだまだ長い。

 これからも、このような事は起こるだろうよ。

 その度に失う辛さを知るだろう。


 だが、自分にとって本当に大切な相手を見極める力はある。

 あの子たちは乗り越えるその強さも持っている」



 三つ子を幼い時から育てている天昇てんしょうにとって、

 三人は大切な子供たちになっていた。


 天昇てんしょうはこの歳になって親の気持ちを知ることになるとはと、

 歯がゆい思いを感じていた。


「シオンにやられたな」


 天昇てんしょうは少し悔しかった。







「あの… 柊雷しゅうらい様。風威ふういさんをべたんですか?」


 久実くみが泣きべそをかきながら柊雷しゅうらいに訴えてきた。


 満月の夜の翌朝、風威ふういの部屋はもぬけの殻で、その痕跡すら見当たらなかった。


 久実くみは竜が人(魔性)をべるという噂は聞いていた。

 柊雷しゅうらい風威ふういを欲しがっていることも勿論、知っていた。


 だから、敢えて聞いてみたのである。


った。それがどうした?」


 柊雷しゅうらいは無表情で答えた。


「ど、どうしてですか⁉」


 久実くみが泣き声になる。



風威ふういはもう姿さえ保つことが出来ていなかった。

 本来なら十年前に死んでいたはずだからな。だからった。

 俺の体内なか風威ふういは生きている。ここに居る」


 柊雷しゅうらいの言葉に久実くみがハッとして柊雷しゅうらいを見た。


『ああ、柊雷しゅうらい様が泣いている』


 二人の間に優しい風が吹いた。




             *




柊雷しゅうらい様、またこんなところでサボって!早く訓練に参加してください!」


 外庭の隅で昼寝をしていた柊雷しゅうらいを見つけて、久実くみが駆け寄ってくる。


「何でお前が呼びにくるわけ?」


 鬱陶しそうに柊雷しゅうらいが睨む。


「仕方ないでしょ? ボク、今組む相手いないし、教官の命令だし。

 ほら早くしてください」


 久実くみは相当探したのだろう。随分と息が上がっていた。


 のろりと柊雷しゅうらいが起き上がる。

 風威ふういがいない今となっては訓練に参加する理由もない。

 しかも訓練せずとも柊雷しゅうらいは強い。


 だが、こうして久実くみが探しに来る度に一緒に訓練をすることになった。



久実くみ柊雷しゅうらい様、見つかったんだ。大丈夫?」


 隊の仲間である美怜みれいが声をかけてきた。

 かたわらには青玉せいぎょく黄玉おうぎょく紅玉こうぎょくの三人もいる。

 四人は仲がよく、いつも一緒に行動していた。


 美怜みれい以外は同じさとの出身で四人とも人間だ。

 しかし、剣術に関しては部隊の中でも上位で強い。

 四人はいつも久実くみ風威ふういのことを気にかけてくれていた。

 風威ふういがいなくなってからは特に久実くみのことを気にかけ、

 何かにつけて声をかけてくれていた。


「大丈夫だよ。柊雷しゅうらい様、ちゃんと言えば聞いてくれるから」


 久実くみは苦笑いしながら答える。



「何かあったら言ってね?できることは手伝うから」


 美怜みれいは一瞬、女性かと思わせるような整った顔立ちで、

 久実くみに笑いかけた。


 剣術も決して上手くなく、力も弱い魔性の久実くみにとって四人は頼れる存在だった。



久実くみはかわいいから柊雷しゅうらい様に軽く扱われるんだろうな」


 ガタイのいい青玉せいぎょくがからかってくる。


青玉せいぎょく、ダメだよ?」


 小柄で人懐っこい顔の黄玉おうぎょくがたしなめる。


「本当のことだろ?」


 派手な見た目の紅玉こうぎょくが追い打ちをかけてくる。


「みんな、ありがとう」


 久実くみが笑顔で答えた。




 柊雷しゅうらいは訓練に参加するが、そのほとんどは組手だ。実戦形式で戦う。

 竜の力は封印し自分の腕だけの勝負に柊雷しゅうらいは楽しくて仕様がないらしい。

 それ以外の訓練には興味を示さなかった。


 本来の竜の力と元々備わっていたのでだろう闘争本能に加え、その身体能力は高く太刀筋もいい。

 体力もバカが付くほどあるから、相手をしている隊員たちはいつも立ち上げれないほど打ちのめされた。


 その柊雷しゅうらいに対抗できるのが美怜みれい青玉せいぎょく黄玉おうぎょく紅玉こうぎょくの四人だった。


「さて、今日も最後まで残ったのはお前ら四人か。誰から来る?」


 柊雷しゅうらいが嬉しそうに叫ぶ。


「では、私から」


 青玉せいぎょくが一歩前へ出る。


 結局、いつもこの四人対柊雷よにんたいしゅうらいで打ち合いが続くことになる。



 しかし、柊雷しゅうらいは楽しんでいた。

 竜の力を封印しているとはいえ、自分と互角に戦える相手がいることに喜びさえ感じていた。


 対する四人も柊雷しゅうらいと手合わせする度に自分たちの腕が上がっていることを自覚していた。

 そして、いつしかこの琥珀の竜に対し敬愛の念を抱き、この竜を守りたいと思うようになっていた。






 ある日、城壁の一部が崩れていると連絡があり、

 久実くみたちの隊が警備に召集された。

 西側の一般棟に続く城の中央近く、割と人の出入りの多い場所で、城壁の一部が崩れかけていた。

 隊員たちは規制をかけることにした。


 柊雷しゅうらいも時間を持て余していたため一緒にくっついてきていた。


久実くみ、気をつけろよ? お前、どんくさいから」


 柊雷しゅうらいが少し離れた所から久実くみをからかう。


柊雷しゅうらい様、何しに来たんですか? もう…」


 久実くみからため息がれる。




 近くで城に出入りする職人の子供たちが遊んでいた。

 久実は危ないからと違う場所へ移動するように促した。


 その時、子供たちが遊んでいた毬が跳ねて城壁の方へ転がった。

 慌てて久実くみが毬を取りに行こうとしたとき、久実くみの足元がぐらついた。

 と、思った瞬間、地面の一部が崩れて久実くみが飲み込まれた。


「うわー⁉」


久実くみ⁉」


 柊雷しゅうらいが血相を変えて駆けてくる。


『間に合え‼』


 そう柊雷しゅうらいが念じたとき、真っ逆さまに落ちていく久実くみを追って琥珀こはくの竜も落ちていった。


『ぶつかる‼』


 久実くみが瞼をギュッと閉じた瞬間、ガクンという衝撃が久実くみの体に伝わった。

 と同時に、物凄い気配が久実くみの体を駆け抜けていった。

 恐怖なのかおそれなのか、ただ体中がガクガクと震えてしまうような感覚。



 久実くみは琥珀の竜の爪に鷲掴みにされていた。

 竜は城壁の上、安全な場所にそっと久実くみを降ろした。

 久実くみは目を見張っていた。


 目の前にいるのは綺麗な琥珀色をした立派な飛竜だった。

 大きな翼は光に反射してキラキラと輝いていた。

 二つの瞳はあかく光っている。


 久実くみは美しいと思うと同時に、その圧倒される気配に押しつぶされそうにもなっていた。

 全身のふるえが止まらず声が出ない。顔は引きつって恐怖の色が出ていた。



 琥珀の竜は姿を変え、柊雷しゅうらいがそこに立っていた。

 柊雷しゅうらい久実くみを見て何も言わなかった。

 久実くみの恐怖の感情を読み取っていた。

 柊雷しゅうらいはそのまま黙って立ち去ってしまった。





 あれ以来、柊雷しゅうらい久実くみけるようになっていた。              久実くみは何か言いたそうにするが柊雷しゅうらいに近づくことが

 出来ないでいた。

 しかし、何とか世話係は続けていた。


 ある日、久実くみが意を決したように柊雷しゅうらいに近づいていった。


「あ、あ、あの、柊雷しゅうらい様…」


 柊雷しゅうらいがムスッと久実くみを睨む。


久実くみ。お前、俺が怖いんだろ?無理して俺の世話をやかなくていいぜ?」


 久実くみは少し飛び跳ねるように体を硬直させる。

 しかし、柊雷しゅうらいの服の裾をグッと掴んで訴えてきた。



「ち、違います。あの時は驚いてしまって、柊雷しゅうらい様に助けていただいたのにお礼も言えなくて…。

 こっ、怖かったけど、でも、でも、柊雷しゅうらい様、

 ボクのこと嫌いにならないでください! ご、ごめんなさい!」


 久実くみの声は話しながら涙声となり最後は号泣に変わっていた。


 服の裾を掴まれたまま、柊雷しゅうらいは呆然と泣きじゃくっている久実くみを見ていた。

 自分のためにこれ程泣いてくれる他人を初めて見たからだ。


 しばらくして、久実くみは裾を握りしめたまま寝てしまった。

 顔は涙でグチャグチャになっていた。


 指導教官が柊雷しゅうらいに声をかけてきた。


「ここ最近、柊雷しゅうらい様のことで眠れていなかったようです。

 食事もほとんど摂れていませんでした。

 あなたに話すことができて安心したのでしょう。このまま部屋に運ばせます」


「いや、俺が預かってもいいか?起きたらメシ食わせて夜までには部屋に送るから」


 思わず柊雷しゅうらいの口から出ていた。


「よろしいのですか? では、お願いします」


 指導教官は深々と頭を下げた。


 柊雷しゅうらい久実くみを抱きかかえて王宮に戻っていった。

 残された青玉せいぎょくたちが心配そうに見送っていた。


「なあ、竜てうんだろ?風威ふういみたいにわれるのかな…?」


 一同に何とも言えない沈黙が流れた。





 カチャカチャという金属音と人の話し声が聞こえ久実くみは目を覚ました。


「…えっ、ここ…?」


「目が覚めたか?」


 耳元で柊雷しゅうらいの声が聞こえ、久実くみは我に返り飛び起きた。


「ど、どこですか、ここ⁉」


 見渡すと、そこには柊雷しゅうらいをはじめ茗雷めいらい桂雷けいらいが食事を楽しんでいた。


「チビッ子、しゅうちゃんに愛の告白したんだって? 生意気~」


 桂雷けいらいがからかう。


けいちゃん、いじわる言わないの」


 茗雷めいらいがたしなめる。


久実くみ、腹減っただろ? これ、おまえの分だからえ」


 柊雷しゅうらいが食事をすすめてきた。


「あの、ボクは柊雷しゅうらい様に何を言って…」


 久実くみは記憶をたどりながらだんだんと赤面していった。

 自分が大胆な発言をしたことを思い出していた。今度は顔が青ざめていく。



久実くみ。お前のこと嫌ってないから。

 あの時、咄嗟に力の加減ができなくて、モロ、俺の気配をお前に流してしまった。 

 怖がらせてゴメン」


 柊雷しゅうらい久実くみから少し目をらしながら話した。


「日頃からちゃんと訓練しないから、こんなことになるんだよ? しゅう


 茗雷めいらいが苦言を呈す。


「分かっている。今回のことで反省した。

 ちゃんと力をコントロールできるように訓練するよ。

 同じ過ちはしたくないからな」


 珍しく柊雷しゅうらいが殊勝に答えた。


柊雷しゅうらい様。改めてお礼を言わせてください。

 助けてくださってありがとうございました。

 そして、これからも柊雷しゅうらい様のお世話をさせてください」


 久実くみ柊雷しゅうらいの目をじっと見つめながら話した。

 その瞳にはうっすらと涙が浮かび、顔には柔らかな笑顔があった。


「…よろしくな」


 柊雷しゅうらいは照れくさそうに返事をした。





 食後、久実くみを一般棟へ送る途中で、柊雷しゅうらいは幼い頃から世話になっている石工いしくの棟梁のジルに声をかけられた。


柊雷しゅうらい様。泣き寝したボウズをっちまったって本当ですか?」


 ジルはニヤニヤしている。


「はあ?」


 柊雷しゅうらいは何のことか分かっていない。



「いや~城中、噂でもちきりですよ?

 柊雷しゅうらい様が、泣きながら告白したボウズをお持ち帰りしたって。

 で、そのままっちまったって」


 ジルがその体の大きさに比例して豪快に笑った。


「誰だ? そんなデマ流したヤツ」


 柊雷しゅうらいの顔が引きつる。


ってない。ほれ、これだ」


 柊雷しゅうらいは横にいる久実くみを指した。



「おや、柊雷しゅうらい様。好みが変わりましたか?

 痩せてあまり旨そうではないですな」


 ジルはまじまじと久実くみを見下ろす。



 久実くみは二人の会話についていけてなかった。


「そうだ、柊雷しゅうらい様。ちょっと待っていてください。

 良いものが手に入ったんですよ。田舎から、ほれ、ザクロです。

 柊雷しゅうらい様、お好きでしょ?

 茗雷めいらい様たちの分もありますから持っていってください」


 ジルが真っ赤に割れたザクロを柊雷しゅうらいに手渡した。


「へえ、久々だ。ありがとう」


 柊雷しゅうらいは嬉しそうにザクロを受け取った。




 久実くみの部屋の少し手前に人影が見えた。

 指導教官がそこに立っていた。


「本当に部屋まで送ってくださったのですね?

 柊雷しゅうらい様、ありがとうございます」


 指導教官がクスリと笑う。



「俺、信用ないんだな。お前たちだろ? こいつったって噂流したの」


 柊雷しゅうらいは呆れたようにため息をついた。


「まさか。ただ見たままを各々が解釈したまでのことでは?」


 指導教官はさらりと受け流す。



「ま、いいや。久実くみ、これ、やる」


 柊雷しゅうらいは先ほどのザクロを一つ久実くみに手渡した。


「え、でも、これ茗雷めいらい様たちの分では?」


 久実くみは慌てた。



「ジルのやつ、ちゃんとお前の分もくれている」


 柊雷しゅうらいは残ったザクロを久実くみに見せた。


「それ、南の国の実でザクロって言うんだ。旨いぜ。

 どっかの国では人間の肉の味だって言われているらしい」


 柊雷しゅうらいはいたずらっぽく笑った。


「ありがとうございます」


 久実くみは嬉しそうにはにかんだ。

 その顔を見て柊雷しゅうらいは素直に嬉しいと思った。




 部屋に一人残され、久実くみは一粒ザクロの実を口に含んだ。


「ザクロって言うんだ。甘酸っぱい。美味しい。柊雷しゅうらい様…」


 久実くみの胸にポワンと温かいものが芽生えたような気がした。






 柊雷しゅうらいは成長し天昇てんしょうめいで前線に出るようになった。

 そのかたわらにはあの四人がいつも仕えていた。


 四人は柊雷しゅうらいに対し、たてとなるため側仕えを申し出ていた。

 柊雷しゅうらいは自分の強さを自覚していたから、最初は必要ないと断っていたが、四人が勝手に柊雷しゅうらいそばにつくようになり、いつの間にかそれが当たり前になっていた。


 実際、柊雷しゅうらいも竜の力を使うことはなく、前線で思う存分戦うことができた。


 天昇てんしょうから不必要な犠牲は出したくないと、基本的に竜の力を使うことを許されてはいなかった。

 四人はそれぞれの持ち味を発揮し柊雷しゅうらいの功績に助力していた。




 久実くみは適正検査で不合格となり城内の警備隊に配属されていたが、普段は柊雷しゅうらいの身の回りの世話係を続けていた。

 柊雷しゅうらいの希望でもあった。


 柊雷しゅうらい久実くみを怖がらせたくないと、日頃から自分の気配けはい久実くみの前では完全に消していた。

 柊雷しゅうらいなりの久実くみへの気遣いだった。





久実くみ。お前、最近顔色悪くないか?」


 柊雷しゅうらいが朝の支度中に久実くみに声をかけた。


「え? 大丈夫ですよ。ちょっと夏バテかもしれませんけど」


 久実くみが答える。柊雷しゅうらいは納得したのか、そのまま出かけて行った。




 久実くみは自分の中で起こっていることを自覚していた。

 先日、医者に診てもらって現実となった。




 『柊雷しゅうらい様には知られたくない。

 知られれば柊雷しゅうらい様のことだ、仕事を辞めさせ療養させようとするに違いない。

 それは嫌だ。柊雷しゅうらい様のそばを離れたくない』




 久実くみは最後まで柊雷しゅうらいそばに居たいと願っていた。

 久実くみはできるだけ食事に気をつけ栄養のあるものを選んだ。

 しかし、それは自分のためではなかった。


 竜は人をべる。風威ふういべられたように、自分も柊雷しゅうらいにいずれべてもらいたくて、出来るだけ自分の血肉がうまくなるようにとの思いからだった。




「ねえ、チビッ子。ちょっと手伝って」


 桂雷けいらい久実くみを呼んだ。

 桂雷けいらいは何かにつけて久実くみを都合よく使っていた。

 久実くみも慣れっこになっていた。


「はい、桂雷けいらい様。今日は何ですか?」


「あのね、」


 桂雷けいらい久実くみの頭をポンポンと叩く。

 その瞬間、桂雷けいらいの動きが止まった。


「…チビッ子。お前、死ぬの?」


 桂雷けいらいの突然の言葉に久実くみはドキッとし、狼狽える。


「な、何を言って…」


「ふう~ん、しゅうちゃんはお前に触るとき力を消しているから気が付いていないんだ」


 桂雷けいらいはすべてかったかのように話してくる。


桂雷けいらい様、お願いです。柊雷しゅうらい様には言わないでください。お願いします」


 久実くみは泣きそうな声で桂雷けいらいに懇願する。


「別に、お前がいいなら、いいけど…」


 桂雷けいらい久実くみの考えを見透かしているようだった。






 天昇てんしょうの城はとてつもなく大きい。

 王宮のある東側の建物は人の出入りは厳しく制限されているが、逆の西側は普段は開放されていて沢山の人々や魔性が行きかっていた。


 旅のキャラバン隊も出入りして賑やかだ。

 常に行われている城の改修工事の石工いしくたちもここから出入りしていた。

 ちょっとした町のような活気があった。


 城の警備隊は持ち回りで各所の警備を担当していた。

 西側城門の内外や人々が集う広場などもその一つだ。


 久実くみたちの警備隊も二人一組で巡回していた。

 城門でもチェックはあるが基本的に日中は誰でも出入りできるようになっていた。

 この大陸のために城を開放し活性化させたいという天昇てんしょうの思いからだった。


 久実くみたちが日用品などの売買をしている区域を巡っていたときだ。

 奥の方で人の叫び声が聞こえた。


 駆けつけると二人の男たちが店主を襲い金品を奪おうとしていた。

 久実くみたちは警笛を鳴らして暴漢に向かっていった。


 男の一人が逃げようとして近くにいた親子に刃を振りかざした。

 咄嗟に久実くみが間に割り込んだ。



 その時、鈍い音がし、ヌルリとした生温かいものが久実くみの手をつたった。

 久実くみの頭の奥でドクンと鼓動が打つ音が聞こえ、キーンと耳鳴りがする。     久実くみは腹を刺されていた。

 久実くみはゆっくりと膝から崩れ落ちた。


 一瞬の静寂のあと周囲から悲鳴が聞こえ、喧騒が広がった。


 男たちは一目散に逃げだした。

 仲間たちが久実くみに駆け寄ってくる。



 騒ぎに気が付いた柊雷しゅうらい久実くみの元に駆け付けた。


久実くみ⁉ 動かすな! 傷を塞ぐ!」


 柊雷しゅうらいが叫ぶ。

 竜に治癒の力はない。天昇てんしょうクラスの上級魔性が持つ力だ。

 しかし、自分の身を守るため、一時的に処置を施し痛みを緩和するぐらいの力なら持っていた。


 柊雷しゅうらいは一時的に止血しようと試みたが全く止まる気配がない。

 それどころか、どんどん血が溢れてくる。


「どういうことだ⁉ これは… 久実くみ、お前どこか悪いのか? おかしい!」


 柊雷しゅうらいが焦る。



「病気だよ。人間特有のものらしい。

 久実くみの母親も同じ病気で死んだって。助からない」


けい⁉ 何だって⁉ お前、知っていた?」


 柊雷しゅうらいが目を見張る。


「チビッ子に黙っていてほしいって懇願こんがんされた」


 桂雷けいらいは少しし目がちで話した。


「そんな、久実くみ久実くみ!死ぬな!」


 柊雷しゅうらい久実くみにすがる。


 茗雷めいらいが近づき久実くみの傷口に手を当てた。


けい、力を貸して。一時的に痛みを取ることはできる」


 桂雷けいらい茗雷めいらいに従い久実くみに緩和の力を注ぐ。


しゅう久実くみを連れておいき」


 茗雷めいらい柊雷しゅうらいを促す。

 柊雷しゅうらいは言われるまま久実くみと共に消えた。






「ここは…?」


 久実くみ柊雷しゅうらいに尋ねる。


「城の近くにある天昇てんしょうの小屋だ。幼い頃、よく三人で来ていた。

 ここには誰も来ない。お前と二人きりだ、久実くみ


 柊雷しゅうらいは答える。


久実くみ、お前の願いは何だ? 今なら聞いてやれる」


 柊雷しゅうらいは早口にまくし立てる。もう時間がない。

 久実くみの終わりが近づいていることをひしひしと感じていた。



柊雷しゅうらい様。ボクは何の力もなくて、あなたを守りたくても出来なかった。

 でもボクはあなたにべてもらいたい。

 美味しくないと思うけどボクはあなたにべられたい。

 転生なんてしなくていい。あなたの傍であなたと共に在りたい。だめですか?」



 久実くみは声を振り絞る。



「ダメなものか。久実くみ、俺だけを見ていろ。俺だけを感じていろ。

 お前は俺にとって大切な存在だ。ずっと俺の傍に居ろ。いいな、命令だ」



 柊雷しゅうらい久実くみを愛おしそうに抱きしめる。



「ああ、柊雷しゅうらい様。温かいですね。とても…ボクは今、一番幸せです。

 あなたに会えて、あなたと共に過ごすことができて…

 柊雷しゅうらい様…好きです。愛しています。ずっと…」



 久実くみがすーっと一つ息をする。



 柊雷しゅうらいの腕の中、キラキラと光が舞い、柊雷しゅうらい体内なかに溶けていく。


 久実くみ柊雷しゅうらいの血肉となり魂が柊雷しゅうらい体内なかに残された。




 柊雷しゅうらいは喪失感と久実くみを自分のものにできた喜びの狭間でむせび泣いた。

 せいの短いもの、弱いものの一瞬の輝きに敏感で、無意識に求めてしまう竜のさがに、柊雷しゅうらいは苦しいほどの絶望感に打ちのめされた。






 久実くみった夜、茗雷めいらい柊雷しゅうらいに声をかけてきた。


しゅう、ちょっと一緒に来て」


 柊雷しゅうらいはムスッとしたまま黙ってついて行く。

 そこは一般棟の隊員たちが寝起きしている区域で久実くみの部屋もそこにあった。


 久実くみが居た部屋の前に桂雷けいらいが立っていた。



 柊雷しゅうらいは思わず桂雷けいらいを睨んだ。


「何?」


 柊雷しゅうらいが低い声で問う。


しゅうちゃん。これ、見て」


 桂雷けいらい柊雷しゅうらいを部屋の中に促す。

 そこはベッドと小さな机が一つあるだけの簡素な小さな部屋だった。


 しかし、月明かりの中、その中央の窓に近いところに、この小さな部屋には似つかわしくないような大きな鉢に150センチ程の木が植わっていた。


「この木は?」


 柊雷しゅうらいが目を見張る。



「ザクロだよ。チビッ子がここで育てていたみたい。

 ちゃんと光が当たるように鉢を動かした跡もある」


 桂雷けいらいが言った。



「あの時のザクロを?」


 柊雷しゅうらいが絶句する。


「よっぽど嬉しかったのかな?大切に育てていたみたいだね」


 茗雷めいらいが言う。



 柊雷しゅうらいの瞳から涙が溢れた。


「この木、中庭に植えてもいいかな?」


 柊雷しゅうらい茗雷めいらいに向かって尋ねる。


「いいよ。天昇てんしょうには僕から言っておくから」


 茗雷めいらいが優しく答えた。





 月明かりの中、中庭のザクロの木の前で柊雷しゅうらいが泣いている。



 茗雷めいらい桂雷けいらいが静かに柊雷しゅうらいを抱きしめ包み込む。



 時に反発することがあっても喜びも悲しみも痛みも、この世に生み出される前から三人で一つ。


 柊雷しゅうらいの悲しみはほかの二人の悲しみでもあった。

 お互いのことは手に取るようにかっている。



 二人が柊雷しゅうらいの心をそっと癒した。




fin


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